メステレ!
バー『凛ノ音』のマスターは四十代前半の男性で、名前を 佐原士郎という。
髪をオールバックにし、クラシックなグレーのスリーピーススーツを着こなしている。
タイトな黒いシャツに、スリムフィットしたベストが、いかにもバーテンのマスターって感じだ。
店内には薄暗い間接照明しかなく、光の強さも込みでデザインされているのがよくわかる。
カウンターの奥には壁棚があり、所狭しと様々な洋酒が並べられている。
地震が起きたら、全部落ちてくるんじゃないかと心配してしまう。
「そうですね…… 物撮りするには少し暗いので、照明機材を使いたいのですが……機材を持ち込むとけっこう場所をとりますし……そうなると、開店前に済ませておいた方がいいですよね」
マユさんが、店内に視線を泳がせながら言う。
物撮りとは、商品(物)撮影のことだ。
ここでは、紹介するカクテルの撮影を指しているのだろう。
物撮りやメニューなどのイメージ撮影は、自然光や室内光だけではうまく撮れない。
どれもきちんとした照明機材を組んで、撮影をする。
そして照明機材は、とても場所をとる。
ライトにスタンド、アンブレラにレフ板、あとめっちゃ重くて大っきいジェネレーター。
あっという間に、カウンターまわりを占拠してしまうはずだ。
そうなると物撮りは、お客さんが入る前に終わらせないとダメだろう。
「あぁ〜でも、少しくらい開店時間を過ぎても、大丈夫ですよ。今日は、十九時に予約のお客様だけなんで」
「十九時なら間に合いそうですね。少なくとも、物撮りは終わっているはずです。じゃあ外観の撮影をしている間に、中でカクテルの撮影準備をしていきますね」
「店内の撮影はその時に?」
「そうですね、物撮りのカクテルと……その……私がお客様役でここに座って、佐原さんとカウンター越しで談笑してる感じのイメージで……」
「おぉ〜なるほど。それで、そんな格好なんだ。とても綺麗で、素敵だね」
「いや、そんな……お恥ずかしい」
おお、マユさんがメス照れしてる。
しかし流石は、イケおじバーテンダー。
あくまでさりげなく、さらりとキザな台詞を言ってのける。
キザに感じないところが、すごい。
「すみません、お忙しいところに、取材まで入れてしまって」
「いや、こちらこそ。本当はお店を、閉めるはずだったんだけどね。どうしても、お得意様が今日じゃなきゃ駄目だと言ってきたんだ。まいるね」
佐原さんが申し訳なさそうに、左手で後頭部を掻く。
スケジュール的に取材の予定の方が早かったはずだし、よほど我儘なお客なんだろう。
心中お察ししますといった感じで、微妙な笑顔を見せるマユさん。
「ユリ、浅田さんに連絡してもらえる? 早めに来てもらえるかって」
「はーい。了解でーす」
少し予定が狂ってしまったけど、浅田さんならきっとなんとかしてくれる。
カメラマンは、現場での対応力がとても高い。
私はそう思いながら、浅田さんに連絡をするのだった。




