ハロー!
「本日からこちらの部署でお世話になります、望月 夕璃と申します。1日も早く仕事を覚えて、皆様のお役に立てるように努力してまいります。至らない点も多々あるかと存じますが、ご指導のほどお願い申し上げます」
深々と頭を下げる。
間に合った。
ほんとに、ギリギリで間に合った。
なんとか無事に入社式を終え、配属部署での挨拶までこれた。
あのまま寝ていたらと思うと、生きた心地がしない。
「みんなも色々教えてあげてね。そうそう、第三デザインは女性が多い部署だから、下の名前で呼び合うことが多いのよ。名字が変わることも多いしね。というわけでよろしくね、夕璃さん」
「はい、お願いします。フランクな職場で、早く馴染めそうです」
ここまで色々と説明してくれたのは、伊神課長という四十代の女性だった。
今も優しく微笑んでくれていて、すごく印象が良い。
ドラマとかでよく見る、いかにもな“お局様”ではないようだ。
今のところ、だけど。
「じゃあ、夕璃さんには……あれ? 教育係はどこ行ったの?」
「少し遅れるそーでーす」
「あら、遅刻なんて珍しい。しかも、よりにもよってこんな日に……ごめんなさいね、夕璃さん」
「い、いえいえ」
こんな日に遅刻しそうになっただけに、ものすごく恥ずかしい。
しかも『朝チュン✕見知らぬ女性』という、斜め上すぎる理由で。
こちらこそ、ごめんなさいという気持ちになってしまう。
「じゃあ彼女が来るまでは、自分の席で資料でも見て待っててね」
伊神課長が首を少し傾け、素敵な笑顔を見せてくれた。
やはり感じの良い人だ。
きっと営業とかも、得意なんだろうな。
「夕璃さーん。名札に載せる写真とかって、もう撮った〜?」
話しかけてきたのは、一年先輩の 葵 千弥さんだ。
ナチュラルボブがよく似合う可愛らしい先輩で、何なら年下に見えるくらいだ。
「はい、ここにくる前に撮ってもらえました」
「オッケー。じゃあ〜先輩が出社した時に、事務の人に渡されて持ってきてくれるかな〜」
千弥さんはそう言って、鼻歌をうたいながら席に戻って行った。
先輩というのは、さっき話に出てきた私の教育係のことだろう。
その人も優しければいいんだけど……と、渡された資料に目を落とす。
資料は取引先に対する挨拶や、電話での応対方法などが載ったマニュアルのようだった。
しばらく真剣に読み込んでいると……
「おはようございます」
少し離れたところから、女性の声がした。
「すみません、遅れました」
「あ、せんぱーい。名札もらえましたー?」
「おはよう、葵さん。さっき貰えたわ。新人さんのよね、これ」
「そうでーす。ちなみに、先輩の隣の席でーす」
「うん、ありがとう」
大人で聡明そうな声、どこか艶っぽくもある。
綺麗な人なんだろうな、とか妄想していると……
「おはようございます。遅れてごめんなさいね」
彼女は後ろから名札を私の手元に置くと、そのまま耳元に唇を近づけてきた。
そして、囁くようにして言葉を続けた。
「でも一緒に寝ておいて、起こしてくれないなんて、ちょっと酷いんじゃない?」
「ひぁ!」
驚いて顔を向けると、そこには……
「ハロー、夕璃ちゃん。こんな偶然ってあるのね。私は 最上 真由美。マユって呼んでね」
彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべながら、ウインクをひとつ返すのだ。