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【完結済】あなたが、ユリを望むなら。  作者: Ni:
あなたが、ユリを望むなら。1
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プリーズ!

 マユさんは私の手を取り、小走りで引っ張り続けていた。

 まるで、結婚式場に飛び込んできて花嫁を連れ去る、ドラマのような展開だ。


「あはははっ、ははっ!」


 思わず、私が吹き出す。

 あまりに痛快で、現実離れした体験の連続に、笑いが止まらないのだ。


「な、なに?」

「いや、可笑しくって……マユさん、どこに逃げるんですか?」

「そうだね。このまま駅に向かうより、ちょっと時間ずらしたいかも。個室っぽいところで長時間となると、カラオケかな」


 説明をしながら、マユさんが左手でスマホを取り出して音声検索をかける。

 ほどなく近くのカラオケ店が検索されると、そのうちの一つに目星をつけて向かい始めた。


「ねー、マユさん。手なんか繋いでたら、会社の人に見られますって」

「あ、うん。そうだよね」


 マユさんは慌てて手を離し、ポケットに突っ込んでしまう。

 そして早足で、私の前を先行する。

 そもそも、さっきのキスを誰かに見られてたら、それで終わりなわけだけど。


「受付してくるから、待ってて」


 カラオケ店に着くと、マユさんがやはり急いだ様子で受付にいった。

 まぁ〜、宗谷が追いかけてくるとは思えないけど。

 宗谷はちょっと自己中な世間知らずの男の子って感じだし、基本ヘタレだ。

 ああもハッキリ言われたら、あきらめるしかないだろう。


「よし、行こう」


 またしても、私の手を引っ張るマユさん。

 急ぐあまり、さっき言ったことを忘れているのだろうか。

 部屋に入ると、マユさんはようやく安心したのか、大きく息を吐き、L字型のソファに倒れ込んでしまった。


「大丈夫ですって。あいつ、追ってなんか来ないですよ」

「いや、そーかもだけどさー。ちょっと怖いじゃん。私とんでもないことしちゃったし」

「その認識はあるんですねー」


 存外、私のほうが落ち着いているようだ。

 自分の荷物をテーブルに置き、マユさんの荷物も隣に並べる。

 そしてソファに座り、お尻を向けて倒れているマユさんに声をかける。


「マユさん、パンツ見えてますよ?」

「今さら、それ気にする?」

「まぁ……もう、どえらいキスもされましたねー」


 うっと唸り、無言になるマユさん。

 わりと勢いでやってしまったのだろうか。

 ちょっと自責の念みたいなのが、あるのかもしれない。


「あざーっす」


 マイクにエコーをかけて、ボソッと言ってみる。


「うう……ごめんなさい。怒ってる?」

「今さら、それ気にします? 前にもありましたけど感想は、あざーっす、ですよ。別に怒ってないですよ?」

「でも、仮にも好きだった男の前であんなことして、さすがに酷すぎるかなって」

「マユさんって思い切りはいいのに、後になって後悔するタイプなんですね」

「それ、よく言われる……」


 落ち込んでいる。

 なんだろ、これ。

 面白い。


「じゃあ〜ひとつ、お願いを聞いてもらってもいいですか?」

「う……うん。なんでも聞く」

「ん〜っと……じゃぁ〜歌ってください。私の大好きな歌」


 マユさんの体が、ピクリと反応する。

 ふふふ、この機会を逃す手はない。


「私が知ってる歌なら、いいけど……」

「大丈夫ですよ。前に鼻歌で歌ってたし」


 マユさんがなんだっけ、と顔を向けてくる。


「ブルームーンの『ラヴィ・ラヴィット』です。私の大好きな『雷火(ライカ)』さんバージョンで」


 私がそうリクエストすると、マユさんは顔を真っ青にして固まってしまった。

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