フィールド・エンカウント!
その日、仕事が終わった私は駅ビルにある雑貨屋へと向かっていた。
今日はマユさんも早く上がれそうだったので、待ち合わせをしていたのである。
「旅行みたいとか言ったら、怒られるんだろうなぁ」
私の頭の中は、早くも出張のことで埋め尽くされていた。
取材については見ているだけなので、勉強とはいえ気楽なものだ。
マユさんのテキパキした仕事っぷりを間近で見ながら、カメラマンたちのプロフェッショナルな仕事っぷりも見学できる。
それだけで、まだ入社三ヶ月の私には楽しい。
宿泊はビジネスホテルでも、きっと楽しかったと思う。
今回はちょっとしたご褒美でもあるのと、ちょうど京都にある旅館の仕事が来ていたため、そこに泊まることになったようだ。
仕事の流れとしては旅館で宣材撮影をし、夕方はバーの取材に行き、そこから旅館に戻って宿泊という流れである。
ちゃんと仕事に結びつけるあたり、抜かりがない。
同じ部屋……っていうのだけは、ちょっとアレだけど……
あれからマユさんの部屋には、行っていない。
そこはそれ、友達の部屋に行くのとは少し意味合いが違うのだ。
少なくとも私にとってマユさんは、そういった特別な意識をもった相手になっていた。
ちなみにマユさんの方はというと、距離感の近い女友達といった感じだ。
特に進展もないというか、キスされたのもあの一回だけだし、たまに手を繋ぐ程度である。
もしかしたら、本当に女同士でのそういうのが、ない人なのかもしれない。
だとしたら、あのキスは混乱する私をみて、楽しむためだけにやったのかも?
いや……マユさんなら、やりかねない。
今度はこっちから何かして、困らせてみようかなとか、考えていた時だった。
「ユリ!」
突然、後ろから呼び止められた。
もちろんマユさん……じゃない、男の人の声だ。
「ユリ、やっと見つけた」
男が安堵の表情を浮かべて、駆け寄ってくる。
「何度も、連絡したんだ」
今にも泣き出しそうな顔で近寄り、私の腕を掴む。
「別れ話になる前に勤め先は聞いてたから、ここに来たら、いつかは会えるかもって思って」
男は何かを懇願するような目で、私を見つめてくる。
なんだ、この男。
いや、前彼の宗谷だけど。
別れ話ってなんだ。
一方的に、私をふったくせに。
「なぁ、一回でいいんだ。ちゃんと、話し合おう」
ちゃんとってなんだ。
面倒臭い展開だとしか思えない。
「今さら、なにを?」
「いや、あれは俺が悪かった!」
そうだよ。
悪いよ、アンタが。
こっちはアンタを嫌いになる前に、一方的にフラれたんだよ。
それで会いにくるとか、反則でしょ。
「とにかく、どこか話せるところで……」
「嫌だよ。今さら復縁とかないし」
「これで最後でも、いいから」
むぅ。
まぁ、これで最後なら、いいか。
白黒つけてやろう……もうついているはずだけど。
「わかった。でも部屋には行かない。その辺のカフェで」
それでいいと頷く宗谷。
その後ろには、ちょうど待ち合わせにやってきたマユさんが、首を傾げながら怪訝な表情で、私たち二人の様子を窺っていた。




