ラヴィ!
「んんーおいしー。この瞬間に、一週間にわたる労働からの解放を実感できるのよねー」
「昨日の仕事終わりじゃなく、今日のクロワッサンがですか?」
「私の休日の朝は、いつもここからスタートなの。さぁって、なぁにしよっかなー♪」
そしてまた鼻歌を歌いながら、スマホを操作し始める。
曲はさっきと同じで、新進気鋭のボカロP『ブルームーン』が作った『ラヴィ・ラヴィット』だ。
私の大好きな『 雷火』さんの、歌い手デビュー曲でもある。
この曲は一般的にそこまで有名じゃないけれど、とてもいい曲だと思う。
「ラヴィ〜♪ ラヴィ〜♪ あぁ、あなたが望むならあぁ〜ラヴィ〜♪」
めっちゃ普通に、サビを歌っちゃってる。
鼻歌でサビだけ歌っちゃうやつ、あるある。
私もよくある。
というか、やっぱりうまい。
歌い声も似てるなぁ。
泣きのところとか、ガナリの入れ方とか。
「がっ!」
突如、歌が止む。
声に出して歌っていたことに、気づいたらしい。
「ぎゃぁぁ……聞いてた?」
「そりゃまぁ、目の前でこんだけ歌われたら」
「ひぃぃぃ、忘れろ、すぐに忘れて!」
「キスとセットで、忘れませんけど?」
「やめぇろぅぅ」
「それ、どちらかと言えば、いきなりキスされた私のセリフなんですけど?」
悶絶しながら、頭を掻きむしるマユさん。
いやだから、私のグルングルンした気持ちの方をフォローしてほしい。
「いいですか、マユさん。いえ、マユ先輩」
「なによ。先輩とか言われたら、仕事を思い出すから嫌なんだけど」
「あのですね、私と先輩が出会ったのは二日前で、私は先輩の家に二連泊してるんです」
「うん? そうだね」
「二日とも記憶がなく、朝起きたら裸だったんです」
「うん、そうだね」
「しかもさっき、キスされました」
「うん、したね」
なぜ、不思議そうに私を見ているのだ、この人は。
あまりに真っ直ぐすぎて、こっちが目をそらしてしまう。
「つまりマユさんは、そういう、その……」
「いや、私……前にも言ったけど彼氏いるし。いちおーだけど」
「じゃあ、なんであんなことするんですか!」
「あぁ〜私、女同士でもキスくらいはできるよ?」
「ますます、意味が分かんないし。あと、いまだに寝ている間の説明がないし」
今度は私が頭を抱えこむ。
本当に何をしてしまったのか、それだけでも知りたい。
「あぁ〜でも、会って二日だけど、ユリちゃんのこと……私、好きよ?」
「まーたしれっと、そういうこと言うし」
「こういうのは直感だからねぇ、私はぁ。気に入ったしぃ取られたくないからぁ、マーキングしたの」
「取られるも何も、二日前からフリーになりましたけどね!」
「じゃあ、問題ないじゃん?」
「大いにあります。私はそういうの、ないんで!」
「そういうのって?」
私はそこで、うぐっと言葉を飲み込んだ。
また、あの目だ。
悪戯っぽく揶揄う、悪魔の泣きぼくろ。
でも、どうしてだろう。
この時の私は、不思議と彼にフラれた事とか、どうでもよくなっていた。




