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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

汚上品な脳筋令嬢、姫になり理想の王子様と出会うため貴族学園で無自覚に最強(物理)の力を振るう~下級貴族だと他の貴族たちにバカにされるので姫の拳で分からせますわぁ~!~

作者: 三氏ゴロウ

少女の転機は、一度だけ父親と共に王都に出稼ぎに来ていた時だ。


「ほわぁぁ……」


 彼女の目は、数十メートル先のある光景に釘付けになっていた。


「ねぇブライ、ブライ!!」

「んぁ? どうしたクレア?」


 少女の名はクレア。

 彼女は興奮気味に父の名を呼んだ。


「アレ、アレなに!?」


 クレアは指をさして、その光景を示す。


「あぁ、アレは王子と姫をたたえるパレードだな。うるせぇったりゃありゃしねぇ」


 凄まじい歓声と心地よい楽器の音色。舞い散る花びら。

 それらに迎えられながら、煌びやかな服をまとう王子と姫は馬車の上から市民に向け手を振っていた。


「王子と姫……ってなに!?」

「えぇっと、まぁ簡単に言えばこの国で一番偉い奴みたいな感じだな。男の方を王子、女の方を姫って言うんだ」

「へぇぇ……」


 クレアは彼らをマジマジと見つめる。


 あの人たち、すっごいキラキラしてる。それに、二人共幸せそう。


 初めて見た自分にとって未知の存在。

 だがクレアは、どうしようもなく心惹かれた。


 そして彼女は、本能のおもむくままに呟いた。


「クレア、姫になりたい。キラキラになって、王子と馬車に乗りたい!!」

「……は?」


 突然過ぎるクレアの発言。ブライは「なにを言ってるんだコイツ」と言った目で彼女を見る。


「ブライ、どうやったらクレア姫になれる!?」

「……いや、無理だぞ」


 希望と期待に満ちた目で聞いてくるクレアを、ブライは一蹴した。

 

「無理じゃない!! なる、クレア姫になるの!!」


 無慈悲な父の宣告にめげることなく、クレアはその場で地団太じだんだを踏む。


「なれねぇって」 

「なる!!」

「ねれねぇ」

「なるの!!」


 ブライの言葉に一切引き下がること無く、凄まじい頑固さを持つ娘は真っすぐな瞳で父を見詰め返した。

 それに対し、どこか複雑そうな表情を見せるブライ。だがすぐに持ち直し、先ほどよりも声を大きくして言った。


「だからならねぇって!! いいか? ああいうのはなぁ王族とか貴族とか、そーいう身分の高い奴らがなるって決まってんの! 田舎でっせぇ道具屋アイテムショップ経営してるのが父親のお前は絶対なれないの!!」

「……」


 どうしようもない現実を突きつけるブライ。クレアは思わず押し黙る。

 ――だが、


「……なれる、もん」


 当然の如く、彼女は諦めない。


「なるもん!! クレア、姫になるもん!! 絶対……絶対なるもん!!」


 涙を流しながらも、揺れることの無い固い意志。

 それをの当たりにし、ブライは大きく溜息を吐いた。


 ったく……本当に()()()そっくりだな。

 これ以上は何言ってもムダか。

 さて、どうしたもんかねぇ……。


 頭を掻きながら考えを巡らせるブライ。


 ん、待てよ……。

 これは、逆に上手く利用できるんじゃないか?


 しかし、難航すると思っていたその思考は、あっさりとこたえを得た。


「はぁ……分かったよクレア。お前の姫になりたいって気持ち、しっかり伝わったぜ」

「ふぇ?」

「だからお前が最高で最強の姫になれるよう、この俺が全力で手伝ってやる!!」

「ホ、ホント!?」

「あぁホントだ!!」


 ブライはしゃがみ、クレアと目線を合わせる。


「実はこれまで言ってなかったがな、父さんお前が生まれる前までは王族の護衛とかしてたんだよ。だから姫になるために必要なことは全部分かってる!!」

「ホント!?」

「あぁホントだ!!」


 ブライはクレアの手をガシリと握る。


「だが姫になるための道のりは険しいぞ。付いてこれるか?」

「うん!! クレア頑張る!! 死ぬ気で付いてく!!」

「良い返事だ!! じゃあずは俺の呼び方から直さないとな」

「呼び方?」

「あぁ、お前いつも俺のことブライって名前で呼んでるだろ。けど姫ってのはお上品だからな、俺のことは名前じゃなくて『お父様』って呼ばないとダメだ」

「分かったお父様!!」

「よ~しいい子だ。今この瞬間、お前は姫への一歩目を踏み出した!」

「ありがとうブ……じゃないお父様!! クレア頑張って最高で最強の姫になるから!!」


 ピョンピョンと飛び跳ね、眩しい笑顔を放つクレア。


 そんな彼女を見ながら、父ブライは内心でほくそ笑む。


 はは、予想通り乗って来た。

 クレアはおてんぱ娘だからな。俺の言うことなんざ聞きゃしねぇ。

 ここは姫様になるための特訓とか言って、店の手伝いとか色々仕込ませてもらうぜ。


「ん、どしたのお父様?」

「ん~ん、なんでもないぞ~。ただこれからが楽しみだなぁと思ってなぁ」

「?」


 要領を得ないブライの言葉に、クレアは首を傾げた。


 これがクレアがよわい五歳にして、姫をこころざした日の出来事。

 そしてこの日から、あっとう間に十年の時が経過した。



「お喰らいなさい!! はあぁぁぁぁぁ!!!」


 ドゴォォォォォォォォン!!


 森の奥地で、爆音が鳴り響く。


『ギャァァァァァァァァ!!??』


 次いで、獰猛な魔物の断末魔がとどろいた。


「ふぅ……」


 敗北した魔物は体長二十メートルの超巨体。

 名を『グレゴラスベアー(♂)』。

 その強さから『森の覇者』と恐れられた。


 そんな化け物を単独で撃破した()()は倒れた巨体の上に立ち、拳を上空へと掲げる。

 ……そして、


「よっしゃあぁぁぁぁ!! やったりましたわぁぁぁぁぁ!!」


 奇天烈な口調でそう叫んだのだった。



『くっ……やるな。まさか、この俺が……お前のような、小娘に……』


 グレゴラスベアーは知能が高い。

 人語を理解し、人語を話すことができる。


 これまて敗北したことが無かった彼は、信じられないものを見るような目でクレアを見た。


「小娘じゃありません! わたくしは最高にして最強の姫を目指す麗しの乙女!! 名をクレアと申しますわぁ!!」

「……」


 何だ、こいつは……。


 自身の腹の上で高らかに名乗るクレアに、グレゴラスベアーは首を傾げる。

 

「さぁ、こちらの自己紹介は終わりました。貴方のお名前を聞かせてもらえますかしら可愛い熊さん?」

『名前……? そんなものは無い』

「まぁ! でしたら私が貴方に名前をあげましょう! えーと、熊ですから……はっ! ベア次郎!! 貴方の名前はベア次郎ですわ!」

『……』


 その名を聞いた瞬間、グレゴラスベアー……否、ベア次郎は圧倒的なダサさを感じ取る。


 そして同時に、なんで『太郎』じゃなくて『次郎』なんだとも思った。


 しかし、それらは些末なこと。


『分かった。今日から俺は『ベア次郎』。そう名乗らせてもらう』


 敗者であるベア次郎はクレアからの命名を受け入れた。 


「ふふ、私の高貴な命名ネーミングを気に入っていただけたようでなによりですわ。では改めて、先ほどは手荒な真似をしてしまい申しワケございません」


 そう言って、クレアはペコリと頭を下げる。


「ブッとばすつもりは無かったんですの。貴方が突然襲いかかってきたものですから応戦してしまっただけで……。なので許してくださいまし」

『……』


 その割には随分とノリノリだったな、と思ったベア次郎だが、それは喉の奥へと引っ込めた。


『あ、あぁ。そうだったのか。こっちも早とりだった。すまない。ここに来る奴らはどいつもこいつも名誉と褒賞欲しさに俺の命を狙う者ばかりだからな。では、一体何の用だ?」

「実はお願いがあって来たんですの。ここで採れるハチミツ……え~と名前はなんだったかしら……そう! 『スーパーロイヤルハニー』ですわ! ソレを頂戴できませんこと?」

『なんだ、そんなことか。別に構わんが……』

「本当ですか!? ありがとうございますわ!!」

『気にするな。俺は敗者。言う事を聞くのは当然。しかし、わざわざあんなものを採るために来たのか?』

「えぇ!」


 気持ち良いくらいハッキリとクレアは肯定する。


『正直、他の蜜よりは質は良いだろうがそれだけだぞ。わざわざ俺に襲われる危険を冒してまで採りに来る物ではないと思うが……』

「そんなことありませんわ!!」


 再び、クレアは強く肯定する。


「ふふ、どうやらベア次郎は知らないようですわね。ハチミツの秘密を……」

『秘密だと? アレにそんなものが……?』


 衝撃の事実。

 普段から常食している蜜に一体どんな秘密があるのか、ベア次郎はゴクリと喉を鳴らす。


 そんな彼を見て、クレアは得意げに言い放った。


「耳をかっぽじって良くお聞きなさい! ハチミツには、圧倒的美容効果があるんですの!!」

『……なにを言ってるんだお前は』


 率直な感想を、ベア次郎は呟いた。


おのが美を追い求める……それは将来姫になる者の責務!! ここにあるハチミツで最高の化粧水を作り、私のプニプニ肌とサラサラ髪に更なる磨きを掛けるんですわ! 私の王子に相応しい方の心を射止いとめるんですの!!」


 ファサァと髪の毛をなびかせ、ドヤ顔をかますクレア。

 今まで見たことの無い種別タイプの人間に、『森の覇者』とまで呼ばれたベア次郎の目は思わず点になる。


 だが同時に、彼は予感した。

 自分の腹の上に立つこの少女が、将来何か大きなことを成し遂げると。



 セジュニア王国辺境地の名も無き村。

 そこにある道具屋アイテムショップは今日も閑古鳥かんこどりが鳴いている。


 開店してから既に昼を回り、夕方へ差し掛かっているが、未だに来客人数はゼロ。

 

「ふぁぁ……」


 クレアの父であり、店主であるブライは大きな欠伸をしながら、ソファの上で横になっていた。


 ――カランカラン。


 と、そこに店への入店を示す鈴の音が響く。

 ブライは本日のお客第一号を迎えるべく、ゆっくりとソファから身体を起こした。


「へーい、らっしゃいやせー」


 眠そうにまなここすりながら気怠けだるそうな声を発し、彼は店の入り口の方を見る。

 ――だが、


「やぁ、久しぶりブライ。まさかこんな、地図にも載ってない辺鄙へんぴな場所にいるなんてね」

「……」


 そこに立っていた人物を見て、朧気おぼろげだった彼の意識は、一瞬にして覚醒した。


「……誰だてめぇ」

「はは、他人のフリなんて無駄だ。俺のように美しい男を忘れるなんて有り得ないからね」

「……相変わらず気に食わねぇな。ノーマン」


 ちっ、と舌打ちをしたブライは観念するように呟いた。


「それは君も同じだ。相変わらず口が悪い」

「うるせぇ。にしても、よくここが分かったな」

「大変だったよ。仕事をこなしながら、秘密裏に独自でコソコソと……おかげでかなり時間が掛かってしまった。国の情報網を駆使すればもう少し早く見つけられたかもしれないが、それは足が付いてしまうからね」

「そりゃあご苦労なこった」

 

 ソファにふんぞり返りながら、ブライは心にも思っていないことを口にする。


 そんな彼を見ながら、ノーマンは目を細めた。


「さぁ、それじゃあ早速本題だブライ。君に力を貸して欲しい」

「断る」

「はは、取り付く島もないな。君の片手間の捜索とはいえ、それに約十年費やした俺の『熱』が伝わらなかったのかい?」

「最高に気持ち悪いってことは伝わったぜ」

「酷い言われようだ。せめて内容を聞いてくれ。お前と俺の仲じゃないか」

「聞きたくねぇ。どうせ()()絡みだろ。俺はもう国のいざこざには関わらねぇ……そう決めてんだ」


 物憂げな表情で、そう呟くブライ。

 それを見たノーマンは、息を吐く。


「お前の事情は理解しているつもりだ。不躾ぶしつけな願いなのも分かっている。だが、それでも……力を貸してくれないか。お前も知ってとおり、この国は腐敗している。国のトップである王族は己の利益と保身しか頭にないような連中ばかり、貴族も同じだ。だからこの国の膿を取り除き、社会を変革させるために、きたる王選で俺たち革命派は新たな王を立てる。既に候補は何人か用意している。お前にはその護衛をしてもらいたいんだ」


 先程までの少しふざけたトーンでは無く、至って真面目な口調でノーマンは言った。


「おいおい、相変わらずてめぇの都合を押し付けようとんのに躊躇ちゅうちょがねぇな。何度も言わせるな。くどいぞ」


 が、ブライの意思は変わらない。


「……そうか。なら、仕方ない」


 そう言って、ノーマンは構える。


「はんっ、る気かよ。お前が俺に一度も勝ったことがないの、忘れたか?」

「それは昔の話だろ。見れば分かる。今のお前は昔に比べ弱い。まともに鍛錬をしていない証拠だ。仮に勝てないとしても、王都まで連れてく程度に無力化することならできるさ」

「はっ、言うじゃねぇか。この俺が、随分ナメられたモンだなぁ?」


 不快そうに笑い、ブライは立ち上がる。


「表出ろ。その挑発乗ってやる。俺が勝ったら、二度とここに近づくな」

「なら俺が勝てば、俺に協力してもらう。それでいいな?」

「構わねぇよ。どうせ負けねぇからな」

「その減らず口、すぐに叩き潰してやろう」


 バチバチと飛び交う視線の火花。

 一触即発、外に出る前に決戦の火蓋ひぶたは切られそうだった。


 ーーその時である。


わたくし帰還ですわぁぁ!!」


 元気ハツラツな少女の声が店内に響いた。


『……』


 少女の登場に固まる男たち。

 だがすぐに、ブライは口を開いた。


「……おかえりクレア。二週間ぶりだな」

「ただいまですわお父様!! お父様の言ったたとおり『スーパーロイヤルハニー』ありましたわよ! これで最高の化粧水を……って誰ですのその方は?」


 父に挨拶を済ましたクレアは、初めて見る男に目をパチクリさせる。


「……」


 そんなクレアに対し、一瞬無言になるノーマン。


 彼の頭は、混乱していた。


 クレア……つまりこの子はブライの娘だ。

 だが今、そんなことは重要じゃない。

『スーパーロイヤルハニー』……この子はそう言った。


 アレは討伐難易度Sクラス、文字通り最強の一角である魔獣『グレゴラスベアー』の住む大樹からしか採取できないモノだ。

 

 おまけに、騎士団の報告によれば奴は自身の住処から移動しない。


 ーーつまり、あの蜜を手に入れるには、奴を倒さなくてはならない。

 

 ゾワリ、とノーマンの背中に悪寒が走る。

 だがすぐに、彼はクレアに笑顔を向けた。


「やぁ、久しぶりだねクレアちゃん」

「久しぶり? 何言ってやがりますの? 私と貴方は初対面ですわ」

「はは、そう言うのも無理もないか。クレアちゃんと会ったのはまだ赤ん坊の時だからね」

「うん?」


 クレアは首を傾げる。


「俺の名前はノーマン。ノーマン・ストレイフ。ブライの古い友人さ」

「まぁお父様の!? ということはもしや、王都の方ですの!?」

「ん、あぁそうだけど?」


 ノーマンがそう答えると、クレアは表情を輝かせた。


「まぁまぁまぁ!! でしたら大歓迎ですわ!!」

「良く分からないけど、そう言ってくれて嬉しいよ」


 瞬く間にクレアとの距離を縮めるノーマン。

 その様子を見て、ブライは口を開く。 

 

「おいクレア、このクソ客はお帰りだ。つまみ出せ」

「何を言ってるんですのお父様。ノーマンさんはお父様の友人なのでしょう? でしたら今日は泊まってもらいましょう。わたくし色々とお話を聞きたいですわ!!」

「ダメだ。さっさとソイツを……」

「いやぁ、そんな風に言ってくれるなんて光栄だなぁ! それじゃあお言葉に甘えて今日は泊まらせてもらうよ!」


 ブライに割り込むように、ノーマンは口を挟んだ。


「是非!! では早速、腕によりを掛けて夕食を作りますわね!」

「クレアァァァァァ!!」


 ブライの制止も虚しく、クレアはキッチンへと姿を消してしまった。


「ったくアイツは……」


 姫になるための修行と称して色々と仕込まれたクレアだが、ああやって自分がしたいと思ったことに真っ直ぐなのは変わらない。


 ブライは額に手を当てた。


「なるほど。アレは苦労するね。お父さん」


 そう言って、ノーマンはポンとブライの肩に手を置いた。


「うるせぇ」


 即座に、ブライは力なくその手を振り払う。


 愛娘が放つ天真爛漫てんしんらんまんな気に当てられた彼は、ノーマンと戦う気が完全に失せていた。

 そんな彼を横目に、ノーマンは呟く。


「……決めたよ。お前の勧誘は諦める。クレアちゃんを見てすっかり毒気が抜けてしまった」

「……そうか」

「だがまぁ、とりあえずクレアちゃんの言葉に甘えて泊まっていっていいかい? 今日はもう疲れてしまった」

「はぁ……仕方ねぇな。クレアに下手なこと話すんじゃねぇぞ」

「分かってるさ。今日はくだらない昔話をさかなに飲み交わそうじゃないか。丁度、いい酒もあることだしね」


 ノーマンはそう言って、何処どこからともなくびんに入った酒を取り出した。



「へぇ、お父様とノーマンさんは同じ学校に通っていたんですのね!」

「あぁ。二人合わせて【馬鹿ウマシカコンビ】なんて言われてたよ。まぁ実際の所、ブライが学校創立以来の問題児でね。その尻拭いをしていたらいつの間にかセットで呼ばれるようになってたんだ」

「捏造するんじゃねぇ。俺はお前が起こした騒動に巻き込まれてただけだ」


 辺りが暗くなり、夕食の時間。

 クレアはブライとノーマンの昔話を興味深そうに聞いていた。


 ブライとノーマンに関しては大分酒が入っており、相当にテンションが上がっていた。


「はは、そんなことないだろ? お前が学長の銅像を壊した時のことを忘れたのか?」

「そーいうお前は宿舎にいた動物を全部外に逃がしただろうが」


 ああ言えばこう言う、一歩も退かぬ男二人のなすり付け合い。

 

 なるほど、これがいわゆる『喧嘩するほど仲が良い』ですわね!

 

 クレアはそれを暖かい目で見ていた。

 だがすぐに、彼女は自身の目的を思い出す。


「あ、そうですわノーマンさん! 私あなたに聞きたいことがあるんでした!」

「聞きたいこと? あぁ、そういえばさっき言ってたね」

「はい!」


 クレアは大きく首を縦に振る。


「なにを聞きたいのかな? 俺に答えられることなら答えるよ」


 ブライと意思疎通をはかるように目配せをしたノーマンはそう言った。


「私が聞きたいのはズバリ!! 魔王の居場所についてですわ!!」

「は……?」


 ノーマンは、目をパチクリさせる。


「え、えーと。それは、何でまた……?」

「そんなの決まってるじゃありませんの! 姫になるためですわ!!」

「……」


 クレアの発言に、理解不能に陥るノーマン。


「あー、ノーマン。ちょっと来い」


 するとブライが立ち上がり、ノーマンにそう言った。

 


「どういうことだブライ。クレアちゃんに何を吹き込んだ?」

「今聞いただろ。アイツ、姫様になりたいんだよ。けどンなモンどう頑張ったって無理だから適当に理由を付けて誤魔化してんだ」

「おいおい、にしてももっとマシな言い訳があっただろ。魔王はもうお前が……」

「あぁ。だからアイツは絶対にこの課題を絶対に突破クリアできない。上手い良い訳だろ?」

「お前なぁ……」


 ブライの言葉に、ノーマンは呆れる。


「てわけだ。クレアになにを聞かれてもそれっぽく誤魔化せ。薄っぺらい嘘は得意だろ」

「物を頼む態度じゃないな」

「二人共ー? どしたんですのー?」

「っと、いつまでもここに居たら怪しまれる。戻るぞ」

「全く……」


 こうして、男二人は密談を終えクレアの元へと戻った。


 

「ごめんごめんクレアちゃん。ちょっと別件で話があってね。それで、魔王がどこにいるか……だっけ?」

「はい!」


 期待に満ちた眼差しを向けるクレア。

 チラリと、ノーマンはブライの方を見る。

 彼は気まずそうにグラスに入った酒を口にしながら、ノーマンに目で訴えた。


「正直に言うと、俺も正確な場所は分からない」

「え、そうなんですの……?」

「あぁ。ごめんね」

「い、いえ謝る必要なんてありませんわ。王都の方なら知ってると思っただけですので……」

 

 そう口にするクレアだったが、その表情は明らかにしょぼくれていた。


「はは! まぁまぁ、そんな気を落とすなクレア!」


 酒を片手に、ブライはポンポンとクレアの頭を叩く。


「魔王なんざその内会えるさ。さぁ、とりあえす今日はもっと楽しい話題にしようぜ」

「……そ、そうですわね! くよくしない、それも姫たる者の努めですわ!」


 気を取り直すように、クレアは顔を上げた。


「流石俺の娘だ。分かってるな。それじゃあノーマン、今日は夜が明けるまで腹がよじきれる話を頼む」

「随分な無茶振りだな。だがまぁ、いいだろう。クレアちゃんを楽しませるためだ。人肌脱ごうじゃないか」


 ブライの誘いに乗るように、ノーマンはグラスに手を付けた。


 

「ぐがぁ……がぁぁ……」

「全くお父様ったら、自分が一番最初に寝ているじゃありませんの」


 深夜、机に突っ伏して寝るブライをかついだクレアは、彼をソファへと寝かせた。


「ふぅ……久しぶりに飲み過ぎたな。ブライと飲むといつもこれだ」

「どうぞ。お水ですわ」

「あぁ、ありがとうクレアちゃん」


 クレアから差し出された水を、ノーマンは一気に半分程度飲んだ。


「それにしてもノーマンさんのお話はどれも面白かったですわ。色々な経験をしていますのね」

「まぁずっと王都にいるからね。話の種は尽きないよ」


 そう言いながらコップを机に置くノーマン。

 次いで、彼は言った。


「さて、と。それじゃあ本題だ。クレアちゃん」

「本題? なにを言ってますの?」


 先ほどまでとは雰囲気が明らかに変わったノーマンに対し、クレアは首を傾げる。

 

「ます質問させてほしい。君はさっき、魔王を探してると言った。探して……どうするつもりなんだい?」


 恐る恐る、何かを確かめるように、ノーマンは問う。

 そして、クレアは答えた。


「そんなのブッ倒すに決まってるじゃありませんの。そして私が次の姫だと認めてもらうんですわ」

「……」


 ノーマンは目を細め、再度問う。


「君に魔王が倒せるのかい?」

「お父様は今の私なら頑張ればなんとかなると言ってましたわ!」

「……」


 口に手を当てるノーマン。

 彼は成長した今日クレアを一目見た時から、ブライに悟られぬよう、彼女に興味の矛先を向けていた。


 父であるブライのクレアに対する評価。

 そしてクレアが姫になりたがっているという確固たる事実。

 

「……はは」


 それらの要因から導き出された結論に、ノーマンは笑った。

 クレアというパズルのピースが、ノーマンの脳内にパチリと音を立て、はまる。

 

 これまでの様子を見る限り、クレアちゃんは単純で純粋だ。なら……。


 ノーマンの中に、ある一つの選択肢が浮かび上がった。

 それはあまりにも未知数で、だがとてつもなく魅力的なモノ。

 故に、ノーマンがその選択肢を取らない理由は皆無であった。


「クレアちゃん。君に話さないといけないことがある」

「話さないといけないこと?」

「うん。その前にまずは……」


 ノーマンは指で印を結ぶ。

 するとたちまち彼とクレアを囲むように小さな結界が構築された。


「ごめんね。驚いて大声を出す可能性があるから念のため結界を張らせてもらった。これで大丈夫」

「ふふ、なにを言っていますの? 私は高貴で優雅な乙女、夜中に大声を出すなどという迷惑な真似はいたしませんわ」


 クレアはそう得意げに鼻を鳴らす。


「はは、そうだね」


 そう言って笑うノーマン。だが懸念しているのは全く別の事項である。


 ノーマン自作の睡眠薬(0.1mgで大型魔獣を昏倒させる)が入った酒を数十杯飲ませてようやく眠ったブライ。

 大きな音で目が覚める……その可能性は十分にあった。


「それじゃあ話を始めよう。まずはじめに、君は思い違いをしている」

「思い違い?」

「あぁ。君は魔王を倒せば姫になれると言ったが、それは違う。魔王を倒した所で、姫にはなれない」

「……」


 ノーマンの言葉に、クレアは固まった。

 だがそれは数秒。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」


 彼女は思いっきり驚愕に満ちた叫び声を上げる。


 ふぅ、やはり結界を張っておいて正解だっだな。


 ノーマンは安堵した。


「ど、どどどどどどどーいうことですの!? だ、だってお父様が魔王を倒さないと姫として認められないと……!」


 さて、どうするか。

 素直にブライが嘘を言っていたと告げてもいいけど、ここはアイツの株が落ちないようにしてやるか。


 方針を定めたノーマンは口を開く。


「ブライが言ったのは例え話だよ。それくらいの強さがなければ姫として相応しくないって意味だろう」

「そ、そんなぁ……そ、それじゃあ私はどうすれば、どうすれば姫になれますのぉぉぉぉ!?」


 姫になるべく、強さと美しさを追求し続けてきたクレア。

 厳しい修行を乗り越え、姫としての力量を十分に高めたと自負する彼女は、あとは魔王を倒せば姫になれるとすっかり思い込んでいた。


 だがそこに放り込まれた根底を破壊するノーマンの爆弾発言。

 混乱したクレアは頭を抱える。


 そんな彼女を見ながら、ブライは言った。


「安心してほしいクレアちゃん。姫になる方法はちゃんと存在する」

「ホントですの!?」

「あぁ、本当だ。だがそのためには、俺と王都に来てもらう必要がある」

「王、都……」


 ポツリと、その単語を呟くクレア。

 昔一度だけ、父と共に行ったことがある煌きに溢れた場所。

 クレアの胸が、ドクンと高鳴る。


「どうする? 一緒に行くかい?」


 ノーマンからの問い。それに対しクレアは……。


「行きますわ! 王都に行って、私は姫になります!」


 堂々とした振る舞いで、そう言った。

 その返答に、今度は隠すことなく柔和な笑みをノーマンは浮かべる。


「よし、それじゃあ早速行こうか」

「え、今からですの?」

「あぁ。善は急げだ」


 ノーマンはそう言うと立ち上がった。


「待ってくださいまし。その前にお父様へご挨拶をしたいですわ。朝に出発ではダメですの?」

「……」


 やはりクレアちゃんは相当ブライに懐いてるな。

 さて、と……どうしたものか。


 ここまでのクレアという少女を分析し、脳を回転させるノーマン。

 コンマ数秒後、彼の脳は解を弾き出した。


「クレアちゃん、よく考えるんだ。いきなり姫になってブライの前に登場……その方がビックリするし喜ぶと思わないかい?」

「……」


 この瞬間、クレアの脳内シュミレーションが開始した。


『お父様!』

『おいクレア! お前なにも言わないで今までどこに行ってたんだ! 心配したんだぞ!』

『ふふふ、申し訳ありません。ですが聞いてください。私、姫になりましたの!』

『な、なんだってぇぇぇぇぇ!? すごいじゃないか! お前は自慢の娘だぁ!!」

『これからはクレア姫と呼んでくださいまし!』

『よっ、クレア姫! 世界一ぃ!』

『おーほっほっほっほっ!』


 ――シュミレーション終了。


「最強の提案ですわノーマンさん! お父様がブチ上がること間違いなしですわ!」

「そう言ってくれると思ってたよクレアちゃん」


 いや~、本当に単純チョロいなこの子。この先が心配になるよ。


 ノーマンは内心でそう思った。


「さ、そうと決まれば行こうか」

「えぇ!」


 力強く返事をするクレア。ノーマンはパチンと指を鳴らした。

 瞬間、彼らの足元に暗い穴が空く。そして吸い込まれるように二人は穴へと落下した。


「おわっ!? なんですのこれ!?」


 落下後、クレアは目を見開きキョロキョロと辺りを見回す。

 無理もない。家の中にいたのに、突然外へ瞬間移動したのだから。


「俺の固有魔法、【転移ワープ】さ。そして今落ちた穴は転移門ワープゲート

「固有、魔法? 転移? わーぷげー、と?」


 新出単語の数々に、クレアの頭から煙が上がる。


「ははは、いきなり言っても難しいか。簡単に言えば一瞬で別の地点へ移動できるってことさ。とは言っても色々と制限があるから乱発できないけどね。まぁそれでも大幅な時間短縮だよ。クレアちゃんの村から王都までは休みなく馬で走って二ヶ月弱、それが俺の魔法に掛かれば大体三日で済むからね」

「ほぇ~、すっげぇですわね」


 引き続きあまりよく分かっていないクレアはバカ面で口を開けていた。


「はは、そうだろうそうだろう! こう見えても王都じゃかなり名の知れた魔法の使い手なんだよ」


 そんな彼女を横目に、ノーマンは得意げに鼻を鳴らす。


「さぁ、それじゃあ先を急ごう。姫になる具体的な方法は、王都に着いてから説明する」


 彼の言葉に従うように、再度出現した転移門。

 こうしてクレアはノーマンによる手助けにより、圧倒的時間短縮で王都へと向かった。



「んぅ……ってぇ」


 鳥のさえずりと、窓から差し込む光によって、ブライは目を覚ます。


「うぇ……気持ちワリィ。飲み過ぎたな……」


 そう呟いた彼はよろよろとソファから立ち上がり、おぼつかない足取りで水を取りに向かう。


「ん……?」


 そこでブライは違和感を覚える。家の中の、人気の無さに。


「おい、クレア?」


 愛娘の名を呼びながら、家の中を散策するブライ。

 だが彼女はいない。


「ノーマン?」


 次いで呼ぶのは友人の名。

 だが反応は無い。

 

 なんだ……二人で外に出掛けてるのか? いや、それにしてはなにか妙だ。


 そう思いながら、ブライは数時間前まで食事をしていた机の近くに立つ。


「ん……?」


 直後、彼は感じた。その場に残る魔力の痕跡を。

 

 雪山で足跡が付くように、触れた物体に指紋が残るように、魔法を行使するとその場に魔力の跡が残る。

 机の近くには、微かな魔力の痕跡が残っていた。


「……」


 家の中にいないクレアとノーマン。そして残っていた微かな魔力の痕跡。

 この二つの事実から導き出される結論は、一つしかない。


「ノォォォォォォォマァァァァァァァァン!!!!」


 愛娘が悪友にそそのかされ、王都へ向かったことを理解したブライは村中に響き渡る声で叫んだ。



 三日後、王都へと到着したクレアとノーマン。

 ノーマンに案内され、クレアが足を運んだのは大きな屋敷だった。


「はい、とりあえずここが今日からクレアちゃんが住む家だよ」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ブライと住んでいた家とは大きさも豪華さも明らかに違う家に、クレアはキラキラと目を輝かせる。


「すっげぇですわぁ!! こんなデカいお家に私が住んでいいんですの!?」

「もちろん。俺の邸宅の一つで申し訳ないけどね」

「そんなことありませんわ!! こんなお家に住めるなんて、もう姫になった気分ですわ!! ありがとうございますノーマンさん!」

「はは、そんなに喜んでくれるなんて嬉しいよ。それじゃ、中に入ろうか」

「はい!」

 

 重厚な扉を開け、ノーマンとクレアは屋敷の中へ入った。


「ほわぁぁ……」


 高い天井、屋敷中を照らすシャンデリア。煌びやかな装飾品の数々。

 屋敷の外観に見劣りすることの無い内部の豪華さに、クレアは言葉が出ないようだった。


「使用人はまた後日派遣する。とりあえず夕食にしよう」


 言いながら、ノーマンは慣れた足取りでキッチンへと向かう。


「適当にそこら辺に座ってて」

「は、はい!!」


 ノーマンに言われるがまま、そこにあった椅子に座るクレア。

 キョロキョロと辺りを見回す彼女は、さながら異世界に迷い込んだ少女である。


 そして約十分後、ノーマンが料理を持って来た。


「お待たせ。口に合うといいんだけど」


 机に置かれたのはパスタ。簡単に短時間で作れる料理としては最適解と言えるだろう。


「ほわぁ~、美味しそうですわ! ノーマンさん料理もできるんですのね!」

「一人暮らしで無駄にり性だから、その賜物たまものかな。それじゃあ食べようか。いただきます」

「いただきますわ!」


 挨拶をし、料理にありつくクレア。

 パスタを口に含んだ瞬間、彼女は目を見開いた。


 こ、これは……!! ノーマンさん、わたくしよりも料理がお上手……!? 姫になる者として負けられませんわ!!


『姫たる者、美味しい料理を作らなければならない』


 ブライが料理当番をさせるために吹き込んだ嘘を完全に信じ込み、料理の腕の研鑽けんさんを積んでいたクレア。

 彼女は己の料理の腕をさらに向上させることを心に誓った。


 ーー約二十分後。


「さて、それじゃあいよいよお待ちかね。これからのことについて説明させてもらうよ」


 夕食後、洗い物を終えたノーマンはそうクレアの正面の椅子に座り、そう言った。


「クレアちゃん、近いうちこの国では新しい国のトップを決めるための『王選』が開かれる。姫になりたいのなら、君はそれに出なければならない」

「おう、せん……。よく分かりませんが、それに出れば姫になれるんですのね!!」

「『王選』で勝ち残ればね。けどまぁ、現状それは難しいと言わざるを得ない」

「どうしてですの?」

「今この国のトップ、すなわち王族として君臨している『ヴァーミリオン家』。彼らはこのセジュニア国が生まれてから今の今まで、数百年にわたってこの国を支配している。長年にわたる支配によって築き上げた盤石すぎる地盤と、有力者たちとのパイプは強力だ。これまで幾度となく『王選』が行われてきたが、その王位が外部の家に移ったことはかつて一度も無い」


 つらつらと、純然たる事実を述べていくノーマン。


「けど、悲観しなくていい。『王選』に勝つために、俺たちは準備を進めてきた。地盤固めと有力者たちとのパイプはこっちに任せてくれ。クレアちゃんにしてもらいたいのは、君自身に『箔』を付けてもらうことだ」

「はく?」

「君が姫になる価値のある人間だと示すって意味さ。いくら周りを固めても、『王選』に参加する本人にソレが無ければ平民や他貴族の賛同は得られないからね。だからクレアちゃん……」


 一拍置き、彼はクレアの目を見据える。

 そして、言った。


「君にはこれから、学校に通ってもらう」

「がっこう?」


 クレアにとって、それは全く聞き馴染みの無い言葉であった。



 クレアが王都に到着してから五日後。


「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 巨大な石造の建物を目にした彼女は感嘆の声を上げた。

 静謐せいひつな、まるで美術品のような雰囲気を漂わせるソレは、ノーマンの邸宅とはまた違った感動をクレアに与えた。


「さぁ着いたよクレアちゃん。ここが今日から君が通う学舎まなびやだ」


 ――【王立セレスティア学園】

 

 受験資格は貴族としての爵位か、騎士の称号を持つ家の子供のみ。

 加えて難関な試験を突破しなければならないこの学園は、正真正銘の『超』がつくエリート校だった。


 今日はその入学式。

 学園の制服に身を包んだクレアは、万感の思いだった。


 が、ここで一つ疑問が生じる。


 なぜ王都に来たばかりのクレアが入学できたのか。

 それはノーマンが裏で手を回したからである。


 いやぁ~、クレアちゃんに爵位を与えて裏口入学までさせるなんて……たった数日で実行できる自分の手腕が恐ろしいよ。


 ノーマンは内心で自画自賛していた。

 

「ノーマンさん、ノーマンさん!」

「ん?」


 と、そこで元気ハツラツな少女の声が、ノーマンを自己陶酔から現実へと引き戻す。


「何から何までありがとうございます!! 私、絶対姫になりますわ!!」

「……」


 一切の曇り無き、あまりにも純粋無垢なまなこ。ノーマンは一瞬、その瞳に吸い込まれそうになる感覚に襲われた。


「おい、ふざけるなよ!! この僕に口答えする気か!!」


 その時だった。

 校門のすぐ近くで、そんな怒号がクレアとノーマンの耳に届く。

 二人が目をやると、そこには人だかりができており、その中央では激高したプライドの高そうな金髪の男が気の弱そうな黒髪の男を罵倒していた。


「ここは選ばれし者のみが通うことが許される神聖な学舎まなびやだ!! 貴様のような者が来るようなところではないんだよ!!」

「な、なにを言ってるんですか。ぼ、僕は試験に合格してここに……!」

「『男爵』風情が『侯爵』である僕に口答えするな!!」

「っ……」


 黒髪の男は金髪の男の言葉に押し黙る。


「ふんっ! 僕たちに仕えることが目的の騎士はともかく、貴様のような下級貴族の入学はこの学園の看板に泥を塗るに等しい! 身の程をわきまえろこのゴミがっ!!」

「そうだぞ! 男爵の分際でデコイ様に逆らうな!」

「さっさとこの学園から出ていけ!!」


 金髪の男、デコイとその取り巻きたちはまくし立てるように黒髪の男に暴言を浴びせる。


「……」


 だが、肩を震わせる彼の目は死んでいない。むしろ、確かな覚悟の光をともしていた。


「それは、できません。僕の家はもう……後が無い。ここで家名を上げるしか、ないんです!!」


 セレスティア学園の大きな特徴の一つとして、学内で優秀な成績や成果を残した者には、その功績に応じて家の爵位を上げるというものがある。

 これは生徒の「質」向上と、他者との競争意識を芽生えさせるため、国により制定されたものだ。


 度重なる不幸により爵位を取り上げられそうになっていた黒髪の男は、この制度に一縷いちるの望みを賭け、難関な受験を突破し入学を果たしたのである。


「だからなんだと言うんだ! 貴様の事情など知ったことか! 爵位の低い者は高い者に絶対服従!! それが貴族社会の総則ルールなんだよ!!」


 だが、その切実な思いはデコイには全く響かなかった。

 むしろ更に口答えをしてきた下級貴族に対し、更なる怒りと不快感を抱く。


「ふん、理解できないのなら仕方が無い。どうやら、実力を行使するしかないみたいだなぁ……!!」


 下卑た笑みを浮かべ、デコイは腕を上げる。

 

 その様子を遠目に見たノーマンは「はぁ」と溜息を吐く。


「全く、やっぱりああいうのは毎年いるんだな。とりあえず無視して学園に入ろう……ってクレアちゃん?」


 一秒前まで間違いなく隣にいたはずのクレアがいない。

 何処ドコにいったのかと辺りを見回すノーマン。そして彼は、彼女を見つけた。


「なにしようとしてるんですの?」

「は……?」


 クレアちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!??


 いつの間にかデコイの間に立ち、振り上げられた彼の腕を掴んでいたクレアを見て、ノーマンは内心で叫んだ。


「な、なんだお前は……!?」


 唐突に現れたクレアに、デコイは目を見開く。


「クレアと申しますわ! それで、なにをしようとしてるんですの?」

「なにって、見れば分かるだろ! ソイツに制裁を加えようとしていたんだよ!」

「見た所、この方が制裁を加えられるようなことをしたとは思えないですわ」


 クレアはデコイの言葉を堂々とした態度で否定した。

 

「貴様……!!」


 なんだ、この女は!! この僕に対して一切臆する素振りを見せない!! ま、まさか僕と同じ爵位を……!?


 そう思い、デコイはクレアの腕の紋章エンブレムに目をやる。

 セレスティア学園の制服の腕部には紋章が付けられており、爵位によって紋章が違う。

 つまり、紋章を見ればその者の爵位が分かるのである。


 爵位は低い順にそれぞれ

 準男爵、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵。

 

 クレアの爵位は……。


「……は? 『準男爵』?」


 貴族の中で、最も低いモノだった。


「はは、ははははははは!! おい、おいおいおい。よりによって貴族の最底辺じゃないか!! ソイツよりも下の身分の分際で、僕の腕を掴んだのか!?」


 デコイの言葉に、周囲がザワつく。

 無理もない。貴族の最底辺である準男爵が侯爵貴族へ楯突たてつくなど、前代未聞だったからだ。


「準男爵って嘘でしょ……?」

「死にたいのかあの女……!?」


 口々にそう呟く貴族たち。だがクレアは一切気にすることなく、真っ直ぐにデコイに目を向けていた。


「侯爵である僕に楯突くとは……この失態は高くつくぞ女。だがまぁ、そうだなぁ……」


 ジロリ、デコイはやらしい目で舐め回すようにクレアを見た。


 クレアは非常に顔立ちが整っている。

 黙っていれば美人とは、彼女のためにあるような言葉だ。


 デコイは、そんなクレアの美貌に目を付けた。


「僕の女になるなら、不問にしてやってもいいぞ?」

「お断りしますわ!」


 が、そんな彼の誘いをクレアは即座に拒否した。

 

「なっ……!?」


 拒否されるとは微塵も思っていなかったのだろう。デコイは驚愕の表情を見せる。


「は、はは……聞き間違いかな?」

「聞き間違いではないですわ! 姫になる者として、将来的には理想の王子様と巡り合いたいとは思っていますが、少なくともそれは貴方のような人ではありませんわ!」

「……」


 クレアの言葉に、デコイは絶句。

 そしてそれは周囲の貴族たちもだった。


「き、貴様ァァァァァァ!!!」


 遂に感情が臨界点を突破したのか、顔を真っ赤にして激昂するデコイ。

 

「この僕の誘いを断るだと!? ふざけるな!! 下級貴族は上級貴族に絶対服従!! それが貴族の矜持ノブレス・オブ・リージュだろう!! それを貴様ぁ……絶対に許さないぞ!!」

「の、のぶれす……? なに言ってやがりますの? もう少し分かる言葉で話してくださいまし」

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 意図せず放たれる、クレアの火に油を注ぐに等しい発言。

 冷静さを失ったデコイは遂に、()()行使に出ようとする。


 ――その時だった。


「はい。そこまで」

「っ!? 貴方は……!!」


 そう言って二人の間に現れたノーマンに、デコイは冷静さを取り戻した。


「お、おい。あの方は『公爵』貴族、ノーマン・ストレイフ様だ!」

「ほ、本当だ! その頭脳と手腕でこれまで数々の偉業を成し遂げた文字通りの天才!」

「一体どうしてここに!? ノーマン様には御子息や御息女はいなかったはず!」


 周囲の貴族たちのざわめきはこれまで以上に苛烈ヒートアップした。


「ノ、ノーマン様!? い、一体どうして!?」

「どうしてって、俺がこの子の保護者だからだよ」

「なっ……!? ノーマン様が保護者!? そ、そんな……!! 貴方は独身、婚姻関係の女性はいないはず…‥!!」

「あぁ、その通りだ。この子と俺に血縁関係は無い。けど、それでも俺はこの子を見守る責任がある。この子に爵位を与えた者としての責任がね」

『っ!?』


 ノーマンの言葉に、デコイを含むその場の全員が目を見開いた。


「ま、まさか!? ノーマン様が爵位をお与えになったというの……!?」

「信じられん……!!」


『公爵』貴族であるノーマンには、ある権限が与えられている。

 それは爵位を持たない平民に、最高で『子爵』までの爵位を与えること。


 クレアはノーマンから『準男爵』の爵位を与えられたことで正式な貴族となり、貴族社会へと足を踏み入れたのである。


「こ、この女に爵位を……!? は、はは……冗談が過ぎますノーマン様!! 一体なにを考えているのですか……!!」

「冗談? 俺は本気だよ? クレアちゃんには爵位を与えるだけの『価値』と『意味』がある。それだけの話だ」


 そう言いながら、ノーマンは脳みそを回転させていた。


 はぁ、全くクレアちゃんめ。気に入らないことに首を突っ込むのは父親譲りだな。

 本当はじっくりと進めていきたかったんだが、仕方が無い。

 ここまできたら、()()()にデビューしてもらおうか。


「はは、とは言ってもやはり納得できないだろう。そこで、どうだろうデコイ君? クレアちゃんが貴族に相応しいかどうか、決闘で決めるのは?」

「っ!?」


 ――『決闘』。

 貴族同士での意見の対立等が生じた場合、武力による勝敗をもってその是非を決定する。

 セレスティア学園の制度の一つである。


「決闘は双方の同意があれば可能だ。クレアちゃんはどうだい?」

「よく分かりませんが、姫になるために立ち塞がる壁は全てブチ壊しますわ!」

「だそうだ。デコイ君」

「……」


 視線を向けるノーマンにデコイは……。


「はははははは!!」


 大いに笑った。


「ノーマン様!! 流石にそれはこの女を買いかぶり過ぎています!! しょせん元は普通タダの平民。この僕が負けるはずありません!!」

「じゃあ、決闘に合意するってことでいいね?」

「もちろんです!!」


 デコイは力強く首肯する。

 対し、ノーマンはニッコリと笑った。


「それはよかった! それじゃあ入学式までまだ一時間くらいあるし、二十分後に『第三闘技場』で始めよう。それじゃあ俺は手配しておくから二人は先に向かっておいてね」


 そう言ってノーマンは準備を始めるため、【転移】で颯爽と姿を消した。


「ふん! この僕に楯突いたこと、後悔するんだな!」

「ふふ、望むところですわ!」

「貴様、どこまでも……っ」


 威勢の良いクレアの返事に、デコイは不快そうに眉をひそめると、きびつを返し彼は闘技場へと足を向けた。

 デコイの取り巻きたちもそれに続く。


 ふふふ!! まさか早速姫になるための試練に挑めるなんて!! ツイてますわわたくし!!


 色々と勘違いをしているクレアは歓喜する。

 そして……。


「……」


 どうなってんのぉぉぉぉぉぉぉぉ!?


 完全に蚊帳かやの外になっていた黒髪の少年は、内心でそう叫んだ。

 

 いやいやいや待って!! なにこの超展開!? 僕完全に置いてけぼりなんだけどぉ!?

 ってダメだ! そんなことより早く止めないと……!!


「あ、あの……! えーと……クレアさん!」

「はい?」


 黒髪の少年の呼び声に対し、クレアはくるりと振り返る。


「え、えぇと……そのぉ……」


 う、うぅ。普段女の子に話し掛ける機会なんてないから緊張する……! し、しかもこの子凄い美人だし……!


「貴方、お名前は?」

「え……?」


 ドギマギする黒髪の少年に対し、名前を問うクレア。

 それに対し一瞬戸惑いながらも、少年は口を開く。


「ぼ、僕はユーゴ、シュヴァルツ男爵家の長男です。さ、さっきは助けてくださり、ありがとうございます……!」


 ユーゴ、黒髪の少年はそう名乗ると、頭を下げた。

 

「ユーゴさん、良い名前ですわね! さっきのことなら礼には及びません! 姫を目指す者として当然のことをしたまでですわ!」

「ひ、姫……?」


 エッヘン、と胸を張るクレアにユーゴは首を傾げる。


「それでは失礼しますわ! わたくしこれから先ほどの方と『決闘』とやらをいたしますの」

「っ!? そ、そうだ! そのことなんだけど!!」

「ん? なんですの?」


 さっさと行ってしまいそうなクレアに、ユーゴは慌てて声を掛けた。


「クレアさん。い、今からでもまだ間に合う。決闘は辞退するべきだ……!」

「あら、どうしてですの?」

「ど、どうしてって……相手は『侯爵』貴族のデコイ様だよ!? 『準男爵』のクレアさんが勝てる相手じゃない!! へ、下手したら大怪我じゃ済まないよ!!」


 ユーゴは必死にクレアに説明する。

 そこにあるのは純粋にクレアの身を案じる心、それだけだ。

 しかし……。


「なるほど!」

「よ、良かった。分かってくれたんだね」

「はい! 私、俄然がぜん燃えてきましたわ!」

「アレェ!?」


 明後日の方向に舵を切るクレアに、ユーゴは素っ頓狂な声を上げた。 


「ちょ、話聞いてました!? なんで余計やる気になってるんですか!?」

「へ? そんなの決まってるじゃありませんの」


 そう言って、クレアは拳にてのひらを当てる。


「壁は高ければ高いほど、ブチ壊しがいがあるってもんですわ! ですので、見ててくださいユーゴさん。貴方の思いも一緒にこの拳に乗せて、ブチかましてきます!」

「……」


 瞬間、ユーゴは理解した。

 この脳筋令嬢を止めるのは、自分には不可能であると。


 ならば、せめて……。


 意を決し、ユーゴはクレアと目を合わせる。


「……分かりました。けど、一つだけ約束してほしいです」

「あら、なんですの?」

「……危険だって思ったら、すぐに降参してください。僕のことを庇ってくれた貴方になにかあったら、すごく悲しいですから……!!」


 クレアの手を掴み、懇願するように呟くユーゴ。 


「わ、分かりましたわ。なので手を放してくださいまし」


 対し、少しばかり面食らった様子のクレアはユーゴにそう言った。


「あ、あぁごめん! つい……!」


 うわぁ……!! 思わずやっちゃったぁ……!! どうしよう、気持ち悪がられたかなぁ……!!


 内心で自分の行動に激しい後悔を覚えるユーゴ。


 そんな彼を横目に、クレアは思う。


 ま、まさかあんな風に殿方に心配されるなんて初めてですわ。少しドキドキしてしまいました。


 彼女は自分の頬が少しだけ紅くなるのを感じた。



【王立セレスティア学園】第三闘技場


 観客席には、学年問わず多くの学園の生徒がいた。


「おいおい、入学早々決闘って本当かよ?」

「えぇ。しかも相手は侯爵貴族のデコイ・グラシアスと無名の準男爵令嬢らしいわよ」

「デコイの方が勝つに決まってるじゃないか。あまりにも無謀すぎる……!」

「ま、下級貴族が無様に負ける様を見るのも一興では?」

「ははは、たしかにそうだな!」

「……」


 クレアさん……。


 そう口々に呟く貴族や騎士。

 彼らの言葉を聞きながら、ユーゴは闘技場中央のスタジアムへと視線を向けた。


「魔法・武器の使用は共に可能。どちらかが戦闘不能になるか負けを認めれば終了。それでいいかな?」

 

 スタジアムに立つノーマンは、審判としてその場に立ち、ルールの確認を行う。


「いいのですか? 魔法の使用を無制限……彼女がどうなっても知りませんよ?」

「こういうのは制限付けたら意味ないよ。クレアちゃんもそれでいいよね?」

「問題ナッシングですわ!」

「……」


 元気よく答えるクレアに、デコイは苛立ちの表情を見せる。

 そんな彼を横目に捉えながら、ノーマンは口を開いた。


「それじゃあ形式上、簡単に口上を述べさせてもらうよ。これより、【王立セレスティア学園】の制度に基づき、新入生同士の厳粛にして神聖なる『決闘』を執り行う」


 両者を一瞥いちべつするノーマン。そして、


「それでは、始め」


 開始のゴングは鳴らされた。


「いくぞ!! 圧倒的な力の差を見せてやる!! そして僕に楯突いたこと、懺悔するが良い!!」


 最初に仕掛けたのはデコイだ。


「重力魔法、【過負荷オーバーフロー】!!」


 ズシィィィィィィィィィィン!!


 彼がそう叫んだ瞬間、クレアは上から凄まじい()()が受ける。その衝撃によって土煙が発生し、周囲の者たちはクレアを視認することができなくなった。


「どうだ、これが僕の魔法!! 対象は動くこともできず、圧死する!! さぁ、命が惜しくばこれまでの僕に対する愚行を謝罪し、これからの一生を僕に捧げると誓うんだなぁ!! はははははは!!」


 デコイは笑う。

 そんな彼を見ながら、ノーマンは顎に手を当てた。


 あれがグラシアス家に伝わる『固有魔法』か。


 ――固有魔法。

 それはノーマンの『転移魔法』のように、血筋によって代々伝わる相伝の魔法。

 貴族の家は大抵これを有しており、爵位が高ければ高いほど強力な固有魔法を持っていることが多い。


 デコイ君は使い手として三流以下だが、それでもあの威力。

 さすが侯爵貴族の固有魔法といったところか。

 ……さて、どうするクレアちゃん? まさか、これで終わりじゃないだろう?


 目を細めながらノーマンは土煙に目をやる。


 徐々に晴れる土煙、周囲は再びクレアのことを視認できるようになった。

 そこには……。


「んもう! いきなりなにするんですの!! ビックリしましたわ!」


 モ〇ラ叩きゲームのように頭だけ地面から出ているクレアが、不満そうに口を尖らせていた。

 

『……』


 デコイと観客席の者たちは、その光景に思わず唖然とする。

 更に次の瞬間、彼らはもっと目を疑う光景を目にした。


「よっこいせと」


 クレアは大して苦労する様子もなく地面から体を脱出させ、立ち上がったのだ。


「お、おい……!! なんだよあの女!?」

「デコイ様の重力魔法を受けてるはずなのに、なんで……!?」


 決壊したダムから水が漏れ出るように、観客席の貴族たちは口々に困惑と驚愕交じりの言葉を口にする。

 だがもちろん、この場で最も困惑し、驚愕しているのは他でもない……。


「は、は……?」


 魔法の発動者であるデコイ自身であった。

 

 な、なんだ……? なにが、どうなっているんだ……?

 僕は間違いなく重力魔法をあの女に発動した。そして、それは今も作動している……!!

 ……なのに、なのになぜ、奴は平然と立ち上がっているんだ!?

 

 目の前で起こる理解不能の現象、気付けばデコイは全身から汗が噴き出していた。

 これまで見たことの無い未知の存在、デコイは無意識に「恐怖」した。


 上から岩を乗せられてるみたいですわね。ビックリして思わず反応が遅れてちまいましたわ。


 呑気にそんなことを思うクレア。


「ふ、ふざけるなよぉ!! なら、もっと威力を上げてやる……!! くらえぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ズゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!


 デコイは叫び、さらに十倍の重力を彼女に掛ける。

 が、今度のクレアは地面に体がめり込まなかった。


 うん、意識して力を入れてれば沈むことはありませんわね。さすがわたくし!!


「っ!? なんだぁ……なんだなんだなんだなんだなんだ!! なんなんだよお前ぇぇぇぇぇぇぇ!!?? 僕の魔法は最強だ!! それなのにぃぃぃぃ!!」

「最強? こんなものお父様の姫修行に比べれば大したことないですわ」


 その昔、『王都最強の騎士』と呼ばれたブライ。その娘であるクレアは、父譲りの強靭な肉体を持ち合わせていた。


 加え、ブライから課せられた訓練の数々を乗り越えた彼女の肉体と身体能力には更なる磨きが掛かり、もはや人間を超越していると言っても過言ではない。


 デコイの重力魔法など、全く脅威ではないのだ。


「ぐぅ!? は、はぁ……はぁ……!!」


 はは、デコイ君の限界がきたか。ま、当然の結果だね。


 息を切らし、膝に手を付くデコイを見て、ノーマンは思った。


 強力な魔法を発動させるには、相応の技術と資質が要求される。

 

 今放てる最高出力で重力魔法を発動したデコイ、その持続時間は十秒ともたなかった。

 無論、通常であればその十秒で相手を戦闘不能に追いやれる。

 ……だが、


「ん? 急に身体が軽くなりましたわ」


 当然クレアはその限りではない。


「は、はぁ……!! はぁ……!! そ、そんな……!! う、嘘だ……!! こんなこと有り得ない……!! 有り、得ないぃ……!!」


 死にそうに息を吐きながら、デコイはそんな声を上げる。


「ほ、本当にどうなってるんだよ……?」

「ど、どんな魔法を使ったのあの子!?」

「まさか強力な『固有魔法』を持っているのか!?」

「きっとそうよ! そうでなければデコイ様の重力魔法に耐えられるわけがないもの!」


 観客席の者たちは口々にそう呟く。それらはデコイの耳にも入った。


 そ、そうだ……固有魔法!! あの女は固有魔法を使ったんだ!!

 俺の魔法が効かなかったことを見ると、恐らく魔法を打ち消すとかそういう類のもの……!!

 そうだ、そうに違いない!! でなければ俺の魔法を受けて平気なわけがない……!!


 先ほどの状況を整理し、デコイはそう思考した。

 

 ははっ、なら問題ない。奴の固有魔法が魔法を打ち消す類のものならば、直接物理攻撃を加えればいい。

 侯爵貴族の僕は、当然武芸にも心得がある。

 固有魔法を無効化されようが、勝つのは僕だ……!!


 内心で、デコイは自身の勝利を確信する。そんな彼の思惑を察する気配も無く、クレアは言った。

 

「もういいんですの? それじゃあ、今度は私の番ですわね! とくとご覧あそばせ、私のとっておきの魔法を!」


 ドンッ!!


 彼女は足で強く地面を踏みしめた。

 瞬間、空気が揺れクレアを中心に渦巻き始める。


 は? とっておきだと? 貴様のとっておきは先ほどの魔法だろう。一体なにを言っている?


 クレアの不可解な発言、相対するデコイは訝し気な目を向ける。

 コンマ数秒後、クレアの肉体が魔力のオーラに包まれた。


「これが私の魔法とっておき、【身体強化】ですわぁ!」

『……』


 得意げに言い放つクレアに、デコイと観衆は唖然とする。

 そんな彼らに対し、クレアは首を傾げる。


「おかしいですわね。皆さんもっと驚くと思ったのですが」


 いや、ある意味みんな驚いてるよクレアちゃん。


 そんな彼女を見ながら、ノーマンは思う。


 ――強化魔法

 身体能力や五感、物質の強度などを上昇させる。

『固有魔法』のように特定の者しか使えないということもなく、魔法を扱える者であれば最初に覚える超基礎魔法だ。

 当然、この学園の生徒はほぼ全員が使える。


 そんな魔法をさも得意げに披露するクレアに対し、周囲は言葉が出なかったのだ。


「貴様、どこまで僕を愚弄すれば気が済むんだ……!?」


 そして、その沈黙を破ったのはデコイだった。

 

「愚弄などしていませんわ。これが私のとっておきです」

「ふざけるな!! そんなタダの強化魔法がとっておきなわけがないだろう!! お前のとっておきはさっき僕の重力魔法を打ち消した固有魔法だろう!!」

「こ、固有魔法? なんですのそれ。私が使えるのは強化魔法(これ)だけですわ」

「……」


 クレアが本気で言っているのが伝わったのだろう。

 じゃあさっきのはなんだったんだ、そう思わずにはいられないデコイは、顎が外れそうになるほど大きな口を開け驚愕した。

 

 くく……なるほどね。クレアちゃん……最高に面白いじゃないか、君。


 そんな中、ノーマンは周囲に悟られないよう笑いを漏らしていた。

 彼女の強化魔法が、普通のレベルではないことを理解したからである。


「さぁ、かましますわよ! 【淑女闘法しゅくじょとうほう】!」


 言いながら、クレアは構える。


 ダンッ!! 


 その直後、彼女が地面を蹴ると、その姿はデコイの視界から消失した。

 

「消えた!? ど、どこへ……!?」


 目を動かし、クレアの場所をさぐろうとするデコイ。

 しかし、彼がその行動に移るよりも早く……。


「ここですわ!」

「なっ!?」


 クレアは彼のすぐ目の前に姿をあらわした。


 一瞬で僕との距離を詰めた……!?

 バカな、どうなってる!?


 理解不能に陥るデコイ。

 だが、現実は無常である。


「さぁ、お喰らいなさい!!」


 クレアの()は、止まることを知らない。


「【乙女の聖拳突きヴァルキリー・ドライブ】!!」

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 生存本能か、反射的行動か。

 咄嗟に身体強化と魔力のオーラで防御態勢を取ったデコイ。

 しかし、


 ドゴォォォォォォォォォォォン!!


「ごっふぉぉぉぉぉぉぉぉう!!??」


 そんなものをいとも容易く貫通し、淑女クレアの拳はデコイの腹部を直撃した。


 ドカァァァァァァァァァァァン!!


 勢いよくぶっ飛ばされたデコイ。

 彼の身体はスタジアムを超え、壁にめり込んだ。


「あがぁ……が、ぁぁ……」


 白目を剥き、声にもならない声を発するデコイ。

 決闘の勝者は、誰がどう見ても一目瞭然であった。


「う、嘘でしょ!? あのノーマン様が負けるなんて……!」

「一体どうなってるんだ!!」


 激しい動揺が客席に走る。


 あら、なんか拍子抜けでしたわね。ユーゴさんが言っていたのと大分違いましたわ。

 ま、でも勝ちは勝ちですわね! 早速姫になるための壁を一つブチ破ってやりましたわ!!


 一瞬相手(デコイ)の弱さに戸惑ったクレアだが、そう切り替え自らを誇る。


 はは、すごいな。全く……ブライ、君は娘をとんだ怪物に育てたね。


 得意げな表情のクレアを見ながら、ノーマンはそう思わずにはいられなかった。


 魔法の効力や威力を上げる最も単純な方法は、『多くの魔力を使用すること』だ。

 そうすればどんな弱い魔法も強力な魔法に化ける。

 

 クレアの父、ブライが行った魔力に関する修業はたった二つ。

 一つ目は強化魔法の修行。

 そしてもう一つは、『体内の魔力量を増やすための修行』である。

 

 魔力量をもっとも手っ取り早く上昇させる方法……それはとにかく限界まで体内の魔力を使い切ること。

 そうすることで体内の魔力総量は限界を超え、増えていく。特に幼少期の五歳から十二歳は爆発的に増える。


 が、多くの者たちはこの方法を採用することができない。

 理由は単純で、肉体が耐えられないからである。


 激しい魔力の消費は幼少期の子供が行えば下手をすれば死ぬ行為。

 仮に肉体が耐え抜いたとしても、肉体が再び魔力を扱える程度まで回復するのには一週間前後掛かり、非効率的だ。

 また、特に幼少期は枯渇するまで魔力を消費すると肉体への後遺症を残す懸念もある。


 故に、この訓練方法は理想論。

 ――しかし、その理想の体現者が現れた。


 父親(ブライ)譲りの強靭な肉体を持つクレアは、幼少期でありながら限界までの体内の魔力消費に耐え続けたのである。

 これにより現在のクレアは、高い魔力量を持つ貴族と比較しても……約5000倍の魔力量を有すまでに至る。


 強靭で超人的な肉体と身体能力。 

 圧倒的過ぎる魔力量。

 加え、ブライが『姫たる者、可憐で優雅に戦わなければならない』と嘘を吹き込んで覚えさせた、全く可憐でも優雅でも無い、彼が娘のために考案した徒手格闘術……

【淑女闘法】。

 

 これが、クレアの戦闘スタイルだ。


「回復班、デコイ君を医務室へ」


 決着を見届けた審判役のノーマンがそう言うと、回復魔法が使える者たちで構成された医療グループがデコイの元へ駆け寄り、彼を運んでいった。


 それを見届けたノーマンは、高らかに宣言する。


「勝者、『準男爵令嬢』クレア!!」

「やりましたわぁ!!」


 ガッツポーズで天に向かい拳を上げるクレア。

 ――だが、


『……』


 が、客席の者たちはクレアに称賛の声も拍手も送らない。それどころか、


「ふ、ふざけるな!!」

「なにかのイカサマだ!!」

「そうよ!! でなければノーマンが負けるなんておかしいわ!!」


 クレアの勝利にイチャモンを付ける者たちまでいる。

 彼らは主に、古くからの『貴族主義』に縛られた人間。

 下流貴族は上流貴族よりも圧倒的に劣っていると決めつけ、上流貴族が絶対の存在であると思い込んでいる彼らは、最低爵位のクレアが侯爵貴族であるデコイを下したという事実を受け入れられないのである。


 上級貴族はクレアの勝利に不平不満を漏らし、下級貴族はそんな状況を気まずそうに黙って見ている。

 それが今の現状であった。


 ま、そうなるか。


 クレアが勝者となった時点でこうなることは避けられぬ事態だと、ノーマンは予期していた。

 ――だが同時に、こうも思っていた。


 パチパチパチパチパチ。


 ()()()()()()()()


 数名の貴族たちからの拍手。それは間違いなく、クレアを称賛するもの。

 彼らは古の凝り固まった『貴族主義』に囚われることなく、クレアの強さを認めるだけの器と気概を持っていた。


 そして、その中には……。


「こ、こんな……こんなことが……」


 クレアが助けた、ユーゴの姿もあった。


 彼は感動の涙を流しながら、手が腫れるほどの強さで拍手をしていた


 家名を上げるため、一縷の望みを託しセレスティア学園へと入学したユーゴ。

 だがその心の奥底には、彼自身も自覚していない劣等感と、どうせ無理だという諦めがあった。


 前述したように、たしかに王立セレスティア学園は優秀な成績や成果を残せば爵位が上がる。

 だがこの制度が制定されて以降……爵位を上げることに成功したのは上級貴族のみ。ユーゴのような下級貴族で、爵位を上げた者は未だかつて存在しない。


 上流貴族とは身分も、才能も権力も財力も、固有魔法の性能も、なに一つ彼らに勝てないという潜在意識。

 それは気付かぬうちに彼の身体に鎖のように巻きついていた。


 だが今、目の前で起こった非常識で非現実的な出来事が、覆せるわけがないと思っていたその価値観()を破壊した。

 

 ーー準男爵貴族が、侯爵貴族に決闘で勝利する。


 クレアは、希望という名の光の道を示したのだ。


 すごい……すごいよクレアさん!!


 血がたぎり、心臓が脈打ち、かつてないほどの高揚感がユーゴの身体を満たす。

 そして次の瞬間、彼は思った。


 僕も、君みたいになりたい……!!

 真っすぐで、堂々と自分の道を歩き、目の前の壁をどんどんブチ壊すような……そんな人に、僕も……!!


「クレアさん!!」


 気付けば、彼は彼女の名を呼んでいた。


「ん? あぁユーゴさん!! 私、やりましたわよぉ! しっかり貴方の分までブチかましてやりましたわぁ!」


 振り返り、客席にいるユーゴに向かい、クレアは純真無垢な笑顔で手を振った。


 はっ!? 思わず声を掛けちゃった……ど、どうしよう。皆見てるし……!!


 注目の的であるクレアに手を振られたユーゴ。

 大量の視線が、彼を刺す。


 引っ込み思案で、コミュニケーションが苦手な彼にとって、それは地獄。

 だがそれでも、次の瞬間彼の口は無意識に動いていた。


 正真正銘、嘘偽りの無い自分の思いを、伝えるために。


「か、カッコ良かったでぇぇぇぇす!!」

「……」


 目を瞑り、大声で叫ぶユーゴ。

 そんな彼を見て、クレアは言う。


「ふふ、ありがとうございますわ! けど、どうせなら可憐で優雅と言ってほしかったですわね! その方が姫っぽいので!」


 王立セレスティア学園、第500代目の入学生たちを迎える記念すべき今日この日。

 入学史上最も破天荒で型破りな少女は、こうして苛烈なデビューを果たした。


 のちに学園の常識をブチ壊していく彼女のことを……学園の生徒はこう呼んだ。


 ――『汚上品な脳筋令嬢』、と。


 そして、そんな彼女の決闘の勝利に拍手を送った少数の貴族たち……。


「ははっ、いいなぁあの女。退屈な学園生活になると思ったが、良い暇つぶしになりそうだぜ」


 ある者は良いおもちゃを見つけたように目を輝かせ、


「固有魔法を使っていない……つまり、あれは純粋な肉体と強化魔法の合わせ技。最高、最高だ……!! 是非、この俺がこの手で研究したい…‥!!」


 ある者は研究対象として、湧き上がる熱をたぎらせ、


「んふふ~、おもしろい子だな~。僕、久しぶりにビビッてきちゃった」


 ある者は好奇心旺盛な目を向け、


「み、見つけた……。あの子だ、あの子ならきっと俺を危険から守ってくれる……。あの子の所に永久就職しよう……!! どうしよう、足を舐めて忠誠を誓えば夫にしてくれるかな……」


 ある者は色々とおかしなことを呟く。


 四者四様、様々な感情を抱く貴族たち。

 クレアは彼らから様々なアプローチを受けることになるのだが、それはまた別のお話。

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[良い点] こういう単純明快なのがおもしろい!長編の構想があれば期待してます。でも仲間に男はいらんです。
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