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殺戮メイド

 その後、メイド服を着た少女が暴れ散らかしているという話は冒険者ギルドで仕事をしているリリスの耳にも届いていた。

 冒険者達の世間話で魔物を笑顔でしばきまわすメイドの話が上がった時は容易にその様子を想像できた。休憩時間に外に出てみてもルーミアと思わしきメイドの話はそこかしこから聞こえてきた。


 少なくない注目を集めていただけあって一躍有名人。元々二つ名も出回り始めていて名も知れているルーミアだったがその名をさらに知らしめることになる。


(ま、一人で目立つ分には好きにしてもらって構いません。私を巻き込まないのなら何をしてもらってもいいですけど……はぁ、どうせ巻き込まれますよね)


 リリスはカウンターに肘をつき、項垂れたように大きな溜息をこぼした。

 ルーミアが何かしでかす分にはもう驚きはしない。これまで彼女と時間を共にして、一番近くで見守ってきた者としてリリスはそう断言できる。

 だが、リリスは近付きすぎてしまった。ルーミアとの距離を詰めすぎてしまった。その結果としてルーミアが何かしでかすのにきっとリリスは振り回されることになる。


 ルーミアは制御できる存在ではない。

 リリスとてそれは理解している。かといって離れるつもりもない。もっと言えばルーミアが彼女を手放さない。

 だが、諦め、受け入れ程々に付き合っていくしかないリリスは――――どこか満更でもない表情を浮かべていた。


 リリスがコロコロと表情を転がしていると、バンッと勢いよく入口の扉が開かれた。それと共に騒がしい空気がなりを潜め静まり返る。一瞬の静寂が場を支配し、注目を総集めにしている。

 リリスは顔を上げてそちらに目を向けることはしなかった。それでも、彼女の帰還だと分かって背筋を正した。


「おかえりなさい。やっぱりその格好目立ってますね」


「ただいまですー。そうですか? ふつーだと思いますけど」


「それが普通だったら暴れ散らかすメイドの噂は何なんでしょうね?」


「それ、私の事ですか?」


「ルーミアさん以外に誰がいるんですか。でも、よかったですね。また新しい異名が誕生しそうですよ」


「えー、何か嫌な予感がします」


 ルーミアは奇行こそ目立つが、その整った容姿と可愛らしい姿から男性女性共に一定の人気がある。

 そんな彼女が珍しい格好で派手に暴れて話題にならない訳がない。

 当の本人は自分の事について無頓着が過ぎるためか初耳といった様子でリリスの話に耳を傾けているが、異名の話になって何かを察したのか露骨に嫌そうな顔をし始めた。


「まぁ? もしかしたらすごく素敵なものかもしれないので一応聞いておきましょうか」


「殺戮メイドです」


「……あー、ちょっと風の音が煩くてよく聞こえませんでした。もう一度言ってもらってもいいですか?」


「ここ屋内ですよ。もっとマシな言い訳してください」


「……分かってました。どうせそんなことだろうと思ってましたよ」


 リリスの答え合わせに一瞬石のように固まったルーミア。ぎこちない動きでわざとらしく聞こえないふりをして現実逃避を試みるも、時間稼ぎにもならなかった。


「お気に召さなかったですか?」


「うーん、まあ嫌いではないですけどー。いつもメイド服を着てる訳ではないのでその呼び方が定着するのは困りますね……」


「あ、そっちなんですね。殺戮の方がは甘んじて受け入れるということでしょうか?」


「そっちは……まぁ、いいでしょう。暴力とか悪魔とかよりはマシな気がします」


(いや、むしろ酷いのでは?)


 ルーミアが身に纏っている特徴的なメイド服。それはあくまでも服としての特徴であって、ルーミアの特徴ではない。

 ルーミアもいつもメイド服を纏う訳ではない。だからこそ、その呼ばれ方は気に入っても受け入れられなかった。


 そんなメイドという単語に連なる『殺戮』という表現は撤回しなくていのかとリリスは目を細めた。

 ルーミアは少し悩んだ素振りを見せ、これまでのものと比べる。その上で幾分かはマシと判断したのかそれ以上は何も言わなかった。


 ルーミアの独特な感性を疑問に思いながらも、リリスは喉まででかかった本音を何とか心の中で押し留め、呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ……じゃあいっそのことメイドさんに転職します? そうすれば殺戮もメイドも間違いでは無くなるので全部解決ですよ」


「そうしたらリリスさんのところに永久就職ですよ。それでもいいですか?」


「クビです!」


「酷い! せめていったん雇ってください!」


「雇うと同時にクビです!」


 まだ雇われてすらいないのにあまりにも早いクビ宣告を受けルーミアはかわいらしく頬を膨らませた。

 リリスも自分で提案しておいて酷い言いようだと自覚はあったが、彼女を専属メイドとして雇用する未来はどうにも想像できない。

 そんな冗談の応酬が行われ、一瞬静寂に包まれる。

 数秒後、二人は顔を見合せて、堪えていた笑いを吹き出すのだった。

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