久しぶりの身体
「どこかに入って少し休みましょうか。というよりそれほど疲れているルーミアさんの姿を見るのは久しぶりですが……大丈夫です?」
「はい……大丈夫です。ですが、休ませてもらえるのは嬉しいです」
「すみません、柄にもなくはしゃぎすぎましたね」
ルーミアが珍しく肩で息をしている姿を見て、リリスは振り回してしまった件を反省した。
着せ替え人形。たかが服を着るだけと思われがちだが、着せられている側は結構疲れるものだ。
それをリリスが満足するまで何着、何十着と繰り返していた。
そのことに関しては申し訳なかったと思うリリスだったが、それが少しだけ引っかかっていた。
「あの……ルーミアさん、実は体調悪かったりします?」
「え? いや、そんなことありませんよ。私、白魔導師ですよ? そう簡単に体調は崩しませんって」
ルーミアがこれしきの事で疲弊するなんてあるだろうか。そう考えたときにやはり変だと感じたリリスはルーミアの体調不良を疑うが、彼女はそれをきっぱりと否定した。今となっては見る影もなくなってしまったが本職は白魔導師。己の体調管理くらい造作もない。
「ですが……なんか変ですよ? 正直に話してください」
「……ちょっと身体が重たいだけですから気にしないでください」
それでもどこかおかしいルーミアをさらに問い詰めると、渋々といった様子で声を捻りだした。どこか沈んだ表情で身体が重たいと白状したルーミアにリリスは目を丸くする。
「身体が重たい……? まさかルーミアさん、食べすぎで太ったんですか?」
「太ってません!」
体調は悪くない。でも身体は重たい。
そこから導き出されるのはシンプルな体重の増加。
そういったデリケートな話を女性に振るのは厳禁なのだろうが、リリスはお構いなしでストレートに尋ねる。
もちろんルーミアは食い気味に否定した。
確かに食べることが好きなルーミアだが、取り入れたカロリーをそのままにしておくことはない。
毎日の冒険者活動、物理アタッカースタイルがそのカロリーを燃やすのに一役買っている。
戦場を駆けまわり、殴る蹴るのために身体全体を大きく使う。それだけでルーミアの肢体は健康的に引き締まっていて、ましてやお腹がたるんでいるなんてことは決してない。
「あの、身体が重いってそういうことじゃなくてですね……今日は久しぶりに身体強化を使ってないんですよ」
「……? それがどうかしたんですか?」
「平たく言ってしまえば、今の私は普通の女の子ってことです」
「……ルーミアさんが普通の女の子? 何ですか、寝言ですか?」
「寝てません」
ルーミアは自身の疲弊の原因を正直に白状した。
しかし、それが上手く伝わらず信じてもらえない。
リリスはルーミアが何か戯言を垂らしているくらいの、極めて雑な受け止め方をした。
とはいえ信じられなくとも事実は事実。
ルーミアの身体能力は素の能力ではなく、魔法によって底上げされた力。
当然魔法がなければルーミアとて一般の少女だ。
そんな素の能力自体はそれほど高くないルーミアだが、日常から成人男性と同等かそれ以上の身体能力を持ち得るのは、常時行使されている身体強化による恩恵だ。
戦闘時以外でも常に一段階目の身体強化を身体に張り巡らせ、自身を強く保っている。
だが、今この瞬間ルーミアの身体は身体強化の恩恵を一切受けていない。つまり彼女の申告した通り、普通の女の子の状態であるということだ。
「身体強化がないと感覚が狂うんです。いつもだったら軽々持てるものがちゃんと力を入れないと持ち上がらなかったり、少し走るだけで息があがってしまったり……身体が重たいというのも強化されていない私の身体を動かすのに重さを感じてしまうという意味です」
「……だったら使えばいいじゃないですか」
「まあ、使っていないのにはいくつか理由があるんですけど、一番はリリスさんと一緒だからですかね」
「私ですか?」
「はい。せっかくリリスさんと楽しいお出かけをしているのに、私の何気ない行動で痛い思いをさせてしまったら嫌じゃないですか。手を繋ぐのだって実は少し緊張してたんですよ?」
正真正銘女の子のリリスと身体能力お化けのルーミアでは起こり得る事象。
腕を引くという何気ない行為が怪我をさせる原因になる可能性も否めない。手を繋いでいる際にうっかり力を込めてしまうなんてことがあったら目も当てられないだろう。
そんな残酷な力の差をなくすために、ルーミアは自身の身体能力を普通の少女まで落としていたのだ。
「そんな……ルーミアさんならその力の制御だって余裕でしょうし、別にそんな気を遣わなくてもいいのに……」
「いいんです。それに悪いことばかりじゃないですよ? 今ならリリスさんの手を思いっきり握っても、リリスさんに思いっきり抱き着いても壊してしまう心配ないですから」
「…………ばーか」
「あ、照れてますね。かわいいですっ」
そんな下らないことのためにわざわざ自慢の身体能力を捨てて大変な思いをしてまで今日という日を過ごすなんて馬鹿げている。リリスは内心でルーミアに呆れながらもそれとは裏腹に自身を慮っての行動に悶えていた。
嬉しさやら恥ずかしさやらで顔が熱くなるのを感じ、ルーミアから顔を背ける。
そんなリリスの貴重なシーンを見逃さなかったルーミアは、ニヤニヤしながら彼女の朱に染まる横顔を堪能していた。