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試験は突然に

 冒険者ギルドには戦闘訓練をすることができる訓練室がある。

 冒険者同士での模擬戦や、初心者冒険者への戦闘指導、的を用意しての魔法訓練などで様々な使い方ができる部屋だがルーミアは足を踏み入れたことがない。


 基本的に白魔導師が訓練室に用があるということはない。

 そんなルーミアがそこに行くように告げられた。

 事前に何も言われていなければ分からなかったかもしれないが、ルーミアは今後Aランク昇格試験が行われると知っていた。


 きっとそれだ。むしろそれしかない。

 自分が無縁の場所に呼ばれたことの心当たりは十分すぎるほどにあったルーミアは意気揚々とその扉を叩いた。


「失礼しまーす……って誰もいない?」


 呼ばれた訓練室には誰もおらずシンと静まり返っている。

 辺りを見渡してルーミアは初めて入るその部屋に興味津々といった様子で目を輝かせた。


「へぇ……ここが訓練室ですか。思ったよりも広いですね」


 訓練室は縦にも横にもそれなりに広い。

 魔法訓練で射程距離を測ったり、命中精度を確かめるために遠くに設置した的を狙って撃つということができるように、それなりの広さが確保できるように設計されているのだろう。


「あっ、これは訓練用のカカシですか。ちょっとしばいてみてもいいですかね……? ちょっとくらい触ってみてもいいですよね」


 ルーミアが訓練室の端に立てられていた攻撃を充てる訓練に用いられるカカシを見つけて近付いた。

 使用許可を取ろうにも誰もいない。だが、自分も冒険者だし多少用具に触れたところでお咎めはないだろうと正当化し、ルーミアはきょろきょろと周囲を確認してからおもむろにそれを蹴った。


「うーん、こういう動かないので練習するのもありっちゃありですが、どうせなら依頼の一環で魔物とかしばいた方が効率は良さそうですね……」


 戦闘スタイルをがらりと変えたばかりの頃ならばいざ知らず、今となってはすっかり物理攻撃スタイルにも慣れてしまったルーミア。剣術のような難しい技などもなく、体術なども関係ないただシンプルに殴る蹴るの暴力。向上した身体能力を駆使して思うがままに暴れるだけでいい。

 技の試し打ちなども実戦で行えるためここを利用することは少ないかもしれないなとしみじみと感じていると足音と訓練室の扉を開く音がした。


「ルーミアさん、お待たせしました……ってどうしたんですか?」


「リリスさんっ? いえ、別にどうもしてませんよっ? 勝手に備品を殴ったり蹴ったりなんてしてませんからねっ」


「いや……それもう言っちゃってるじゃないですか。使用許可は出ているので中の物は使ってもらって結構ですが、無意味な破壊はダメですよ」


「あはは、そんなことしませんよ…………多分」


「心配になってきますね。まあ、いいです。気付いているかもしれませんが今日ここに来てもらったのはAランク昇格試験です。心の準備はできてますか?」


「もちろんです」


 聞かれるまでもない。

 様々な方面で準備は万端にしたつもりだ。

 ルーミアは自信満々に答えた。


「いい返事だな」


 凛と透き通るような声が響く。

 入り口を見るともう一人、ルーミアよりやや年上と思われる綺麗な女性が立っていた。

 彼女はつかつかとルーミアとリリスの方に近付く。ルーミアの前で足を止めると見定めるように美しくも鋭い視線を向けた。


(うわ、綺麗な人。背も高くてスタイルもいいって……羨ましい)


 小柄なルーミアを見下ろせるだけの背の高さ。女のルーミアから見ても美しいと断言できる彼女は小さく整った口を開いた。


「君のAランク昇格試験の試験官を担当することになった、Sランクのアンジェリカだ。よろしく頼む」


「Bランクのルーミアです。こちらこそよろしくお願いします」


 ルーミアはアンジェリカと名乗る女性が差し出した手を握ろうとする。

 その時、彼女――――アンジェリカの手が一瞬微かに光を放った。


(っ? 壊呪ブレイクスペルッ)


 半ば反射的に魔法を打ち消す魔法を行使したルーミア。

 握った手は確かに魔法を打ち消すような感覚が残っている。

 訳も分からずアンジェリカの顔を見上げると、彼女は感心したように口の端を上げた。


「ほう、まさかこの距離で防ぐか……。やるな、ルーミア」


「え? えっ?」


「ここで私の不意打ちに何かしらの対応ができないようでは問答無用で減点していたが、まさか警戒する素振りも見せずに私の手を握って、その上で防ぐとは思わなかった」


「減点……? ってことは正解?」


「ああ、そうだ。まさかこれから試験が行われると分かって、心の準備もできていると言った奴が、油断しているはずないからな。不甲斐ない姿を見せたら減点、場合によっては即不合格にするつもりだったが……君とはもう少しだけ長い付き合いになりそうだ」


(…………えっ、危なっ)


 反射的に対処できたからよかったもののそうでなければ減点、下手したらここで不合格もあり得た。アンジェリカの口ぶりは冗談などではなく、本気でやると物語っていた。

 だが、ひとまず最初の関門は突破した。

 ルーミアは唐突な試験の始まりに少しだけ冷や汗が流れるのを感じたのだった。

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