毒竜は不死身?
「何あれ……? こわっ」
ルーミアは端的に己の心境を吐露した。
突如姿を現した生物。
二つの頭をうねらせる見るからに凶悪そうな魔物。
知識としてではあるが恐らく間違っていないだろう。
「もしかして、毒竜……? 何でこんなところに……?」
こんなところでお目にかかれる魔物ではないはず。どうして、と混乱が押し寄せる頭。ルーミアは数度頭を横に振り、大きく息を吐いた。
(頭は二つ……強いやつならもっと頭が多いはずだし。多いのだと十を超えるってどっかで見た気がする……。毒の質も強いけどそこまででもない。今、倒すのが一番……!)
何故こんなところにこんな化け物がいるのかはいったん置いておいて、思考を移行させる。
まずはその強さ。まだ顔を見せただけで何か攻撃をされたわけでもないが、ヒュドラの強さは頭の数が関係している。成長して大きく力を付けるほど頭の数が増えていく。そして本体の強さが増せば増すほど、体表などから分泌される毒の強さも比例して増す。
ルーミアの浄化や抗・毒で抗うことができ、汎用の浄化機構である程度効力を削ぎ落すことができる程度の毒と考えたら、実は見た目ほどの脅威はないのかもしれない。
だが、それは今だから言える話。
今でこそこの源泉はまだ水の比率が高いが、こうしてヒュドラが住み着いているだけで直に源泉は毒沼へと早変わりだ。
そうなってしまえばこのヒュドラは自身の住みやすく快適な環境下でさらに成長するだろう。
つまり、ヒュドラにとってルーミアは自身のお家造りを邪魔する敵。せっかく濃度を高めていた毒液を浄化で綺麗にしようとする敵だ。だからこうして怒りをあらわにしながら潜めていた頭を出し、襲い掛からんとしている。
「身体強化――――三重」
ルーミアに噛み付こうと迫る片方の頭を跳んで躱す。
すかさず、もう片方の頭が迫りくるが、ルーミアは蹴りで迎撃した。
「うわ、なんかぬめぬめする……」
蹴り込んだ足にねっとりとした感触が残る。
ルーミアは顔を顰めながらもしっかりと足を振り抜いた。
飛び散るこの体液こそが源泉を汚染している問題の中核というのがよく分かる。早いところ処理してしまった方がいいという考えがより一層強くなる。
だが、それ以上に生理的に受けつけないというルーミアの個人的な感情が強いだろうか。
ルーミアも冒険者以前に一人の女の子だ。
べとべと、ぬめぬめといった粘液を纏うモノを何度も殴ったり蹴ったりするのはどうにもメンタルが削られる。
故に短期決戦。
どうしても触れないといけないのならば、せめて触れる回数を最小限に抑えたいという切実な願い。
嫌なものは嫌。無理なものは無理。
そんな身も蓋もない思いがルーミアが普段設けているリミッターをいともたやすくぶち抜いた。
「一発……は無理だから二発で終わらせましょう。身体強化――――――――八重」
魔力消費量度外視。安定度外視。瞬間最大出力。
目の前に佇む敵を討ち滅ぼすための力をその身に宿して、ルーミアは鋭い視線をヒュドラに向けた。
飛び掛かろうと構えたところでまたしてもヒュドラが牙を剥きながら迫りくる。
身に宿す強化は本来なら諸刃の剣。それをヒュドラへの嫌悪感と気合で強引に維持しているため、身体を少し動かすのにも繊細な制御が求められる。
そのため、わざわざ近寄ってきてくれるのはルーミアにとって都合がよかった。
「はあああああああっっ! 黒戦斧ッ!」
轟音が鳴り響いた。
ルーミアの咆哮と共に放たれた跳び回転踵落としは、ヒュドラの首を刎ね飛ばした。そのままもう片方の首に目を向け、ドンッと地面を抉る力強い踏み込みで宙に躍り出た。
「もういっちょ! 黒戦斧ッ!」
残る頭への一撃。
その黒の一閃は容赦なくその首を断ち切った。
宣言通り、要したのは二発。
「ふぅ……見た目はあれでしたが、そんなに強くなかったですね。気持ち悪かったのでつい八重を解禁してしまいましたが……やりすぎだったかもしれないです。ま、とにかくあれを引っ張り出してから水の浄化を……っ?」
軽やかに着地して安堵の息を吐いたルーミアだったが、異変に目を疑った。
水を浄化するためにはまずは汚染の原因を取り除かなければならない。
気は進まないが倒したヒュドラを水から引き上げる作業をしなければならない……そう思いヒュドラの首に目を向けると何かが変だ。
「は? 嘘でしょ」
ルーミアは思わず低い声を漏らした。
頭を刎ねたはずの首が蠢いている。その切り口がもぞもぞと盛り上がり、先程刎ねた頭が出来上がったではないか。
「え、えっ? 再生するの? それ初耳なんだけど……? え、どうしよ……」
力でねじ伏せることで思ったよりも簡単に討伐でき若干拍子抜けしていたルーミアだったが、そううまくいく事もなく。
もう片方の首の再生も完了し、再び二つの頭がルーミアを睨みつけて唸っていた。