備えあれば憂いなし
美味しくない魔力ポーションを毒扱いして解毒の魔法を使用し、魔力を無駄遣いしたルーミアは決意した。
「絶対魔力結晶にします。緊急時にこんなおいしくないもの飲んでられません」
パーティによって異なる場合もあるが、基本的に回復をポーションで補うパーティにはポット・ローテーションというものが存在する。
戦闘中にやむを得ず回復が必要となってしまった際に交代でポーションの服用を行うことだ。
簡潔に言ってしまえば、ポーションを使用する時間を仲間に稼いでもらうというものだ。しかし、ソロの場合はその限りではない。
ルーミアしかりソロの冒険者が戦闘中にポーションを服用しなければならないのなら、一瞬の隙をついてサクッと手早く飲む必要がある。
しかし、そんな急ぎの場面でこの美味しくない液体を素早く飲み込むのは至難だ。ただ、不味いだけならば我慢して流し込むのだが、この魔力ポーションはあまりにもルーミアの嫌いな味だった。
ルーミアは自身が緊急時にその魔力ポーションを口に含んだ場面を想像した。だが、まるで喉を通る様を思い描けない。何ならすべて吐き出してしまっている。
どれだけすごい効果を携えた薬も、吸収できなければ意味がない。
受け付けないというのはそれほど致命的だった。
「ノルンさんはすごいです。よくこれを飲めますね」
「魔力切れたらやむなし」
「私、これを飲む日が来ないように魔力管理には一層気を付けようと思います……!」
ルーミアは緊急時にどうするかではなく、そもそも緊急事態を作らないように思考をシフトした。今まで魔法行使は何も考えずにかなり大雑把に発動させていて魔力効率が悪いものも多かった。
莫大な魔力量に甘えて怠っていた魔力管理を今後気を付けようと考えを改める。すべては美味しくない魔力ポーションに頼らなくてもいいように。
「それはそれとして魔力結晶もいくつか持っておきましょうか。えーと、どこで取り扱っているんでしょう?」
「それなら俺達の行こうとしてる店で取り扱ってると思いますよ」
「わー、早く行きましょ!」
これまでそういった回復アイテムに頼ることがなかったルーミアは当然それらを取り扱うお店とも無縁。ユーティリスにいるのはルーミアの方が長いはずなのに、最近やってきたばかりのアッシュ達に案内を受ける始末。特に気にしていないルーミアとは対照的にアッシュ達は目を見合わせて頷いた。それが何を意味するのかはすぐに明らかになった。
◇◇
「あっ、あなたはあの時の!」
「どうも、その節は大変お世話になりました。あの時は助けてくださり本当にありがとうございます」
アッシュ達の案内の元やってきた小さな店で出迎えてくれたのは以前救出した商人の女性だった。ルーミアには内緒でここまで連れてくるというサプライズを目論んでいたアッシュはしたり顔を浮かべる。そこで初めてわざと黙っていたことに気付いたルーミアはしてやられたと頬を掻いた。
「遅くなりましたが改めて。私はサティア。しがない商人です。あなたに助けられたおかげで今こうしてここで店を開くことができています。本当にありがとうございます、通りすがりの白魔導師さん?」
「ルーミアです。あの時は偶然でしたけど間に合ってよかったです」
サティアの名乗りにルーミアも返す。
お礼を言われて少し気恥ずかしくもあるが、こうして彼女の日常を紡ぐことができたことをルーミアは嬉しく思いはにかんだ。
「サティアさん、ルーミアさん魔力結晶が欲しいって。確か置いてあったよね?」
「ええ、あるわよ」
「やった! 買います!」
「ルーミアさんにはお安くしておくわ」
「あ、俺達には?」
「あなたたちは通常価格です。銅貨一枚たりともまけません」
「ちぇっ、ケチだなー」
そんな店主と常連客を思わせるやり取りを小耳にはさみながらルーミアは魔力結晶を手に取る。これでもかというほど手に取る。それは何が何でも魔力ポーションだけは要らないという強い意志の表れだった。
「ん……これは、スクロール? あー、魔法か」
ルーミアが見つけたのは魔法が込められた巻物。魔力を消費して込められた魔法を発動できる、魔法を使えない者でも魔法を使えるアイテム……なのだが、その山を見下ろすルーミアはどこか諦めのような表情を浮かべている。
「ルーミアさん、何か気になるものでも?」
「あ、いえ……感知系の魔法が使えたら便利なんだろうなって思っただけです」
「魔力感知や生命探知などのスクロールならあると思いますが……もしよろしければ差し上げましょうか? ルーミアさんは命の恩人ですので……さすがに魔力結晶をただでお譲りするのは大赤字になってしまうのでお気持ち程度の値引きですが、スクロールなら……」
「いえ、多分使えないから大丈夫です」
サティアはルーミアが望むのならいくつかの魔法スクロールを無償で提供することを申し出た。ルーミアには命を救われた恩がある。魔力結晶ほどの代物は無理でもスクロール程度なら差し出せる。そう思って声をかけたが、ルーミアは首を横に振った。
ルーミアは悟っていた。
そんな便利なアイテムを自分は使用できず、本来の効果も発揮できない不良品に早変わりさせてしまうことを。
魔力結晶が魔法行使の魔力消費を肩代わりするものならば、魔法スクロールは魔法行使における発動までに行われる過程を肩代わりするもの。だが、魔法発動における大部分を代替したとしても結局のところ魔法を発動するのはルーミア自身だ。
込められた魔力量や魔法の制御などは発動者依存なため、当然射程距離も依存される。
ルーミアは分かっていた。
魔力感知の魔法は広範囲の魔力反応を感知する優れた索敵魔法。しかし、ルーミアが使用すれば自身の魔力反応のみを示す意味のないものに成り下がることを理解していた。
「久しぶりに自分の欠陥が恨めしいというか情けないというか……。ま、気にしてもしかたないですけどね」
別に同情を誘いたいわけでもない。
事情を知らないサティアやアッシュ達からすればルーミアが何の話をしているのか分からないだろう。だが、それでいい。それでもルーミアは一人で戦えるだけの力を有しているのだ。
「サティアさんこれ全部でいくらですか?」
「魔力結晶をこんなに……。実はルーミアさん、いいとこのお嬢さんだったり?」
「今まで使わなかったのが貯まってるだけですよ」
かなりの量の魔力結晶の購入だが一切の躊躇がない。
多少の出費には動じない財力という点では間違っていないが、それはルーミアの出費が極端に少なかったからだ。
本来なら乗り合いの馬車などを利用して赴く場所にもルーミアは平気で走って向かったし、白魔導師の本領である回復魔法のおかげで必要としない薬系のアイテムが多かった。
通常の冒険者ならば必須アイテムと言われる物資を必要としてこなかったルーミアの主な出費は食費と宿代くらいだろう。そういったこともあり依頼を重ねていくうちにルーミアの所持金はそれなりに増えていたのである。
「お買い上げありがとうございます。しばらくはここで店を出してますので今後ともどうか御贔屓に……!」
「こちらこそ安くしてくれてありがとうございます。絶対にまた来ますね!」
「アッシュさん達もいつでも貢ぎに……いえ、顔を出してくださいね」
「それもう全部言っちゃってるから! そんなん言われなくてもまた貢ぎに来ますよーだ」
商魂たくましいサティアとこれからもいい客としてお金を落としてくれそうな将来有望な冒険者パーティ。
ルーミアはクスクスと笑いながら自分もまた貢ぎに来ようと心の中で思うのだった。