アクシデント
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リリスの反応から何かを察したルーミアは落ち着いてその詳細をリリスに尋ねる。
顔を若干顰めたリリスは、観測に基づく予想をルーミアに告げた。
「あれは何ですか?」
「レッドバイソンの群れでしょうか……? この時期に群れるのは珍しいですが……何にせよこのままだと馬車の進行方向に入ってこちらに向かってきそうです」
「レッドバイソン……? あぁ、あれですか」
「ルーミアさんが依頼を受けたことは確かなかったですよね? それとも依頼外で倒したとかですか?」
リリスが目を細めて正体を推測した。
それに対してルーミアは何かを思い出したかのような反応を示す。
ルーミアが受けた依頼を管理して把握しているリリスは彼女の反応を意外に思う。
とはいえ、ルーミアの行動範囲は広く依頼外で魔物を倒すことも少なくない。リリスのあずかり知らぬところで相対している可能性も十分ある。そう考えて一人納得しかけていたリリスだったが、ルーミアの返答は想定とは異なるものだった。
「あ、私は倒した事ないですよ。前のパーティにいた時にそういえばそんな魔物と戦った覚えがあるってだけです」
「あー、なるほど。そういう事ですか」
「ふふん、今の私なら余裕でしばき倒せますね。あ、せっかくなのでリリスさんが倒してみますか?」
「何がせっかくなのでですか。そんな名案みたいに言わないでください。普通に無理ですよ」
「えー、私をおんぶすれば強化と軽量化と回復をいつでも受け放題ですよ? お得ですよ?」
「どういう状況ですか、それ……」
かつてはパーティの後方で仲間達の勇姿を見守る事しかできなかったルーミアだが、今の彼女ならば群れであろうと楽に倒すことができるだろう。
そんな魔物相手ではテンションも上がらないルーミアだったが、いい事を思いついたと言わんばかりに手を打った。
それはルーミアがサポートに回り、リリスが戦うという突拍子もない思い付き。
当然リリスはものすごい勢いで首を横に振った。ルーミアの訳の分からない理屈に納得できる余地もなく、ただひたすらに困惑する。しかし、ルーミアも簡単には引き下がらない。リリスの話を碌に聞かず、押し売りのようにアピールポイントを自慢げに並べていく。
リリスはルーミアの語る光景を頭に思い浮かべた。
非戦闘員が戦闘員を背負って戦うなんて非常識を純粋な笑顔で提案してくる少女には怒りを通り越して呆れてしまう。常識的に考えてあり得ない。しかし、冗談でもなんでもなく、本気で提案しているというのがルーミアという少女の常識が欠如した様を物語っている。
そんなバカバカしいやり取りを行っているうちにいつの間にか馬車はスピードを緩めていて、御者からの呼びかけが入った。
「すみません! 前方にレッドバイソンの集団を確認しました。このままこちらに向かってくる恐れがあるので、方向転換して距離をとり、やり過ごすのを待つのがいいかと……」
護衛の冒険者などを雇っているならばいざ知らず、逃げの一手しかないこの状況。
今から来た道を逆戻りして距離をとればやり過ごせる。御者はお金をもらって客を乗せている以上、客の安全のためにそうするしかない。
だが、そんな呼び掛けを受けても、ルーミアとリリスに焦る様子は一切見られない。
この状況も単なるアクシデント。しかしそれは、不慮の事故であっても危機ではない。
客の安全を考慮して思考巡らせる御者をよそに、危機感をまるで感じさせない会話が二人の間を行き来する。
「ほら、早く行ってきてください。レッドバイソンくらい楽勝なんですよね?」
「えー、本当にいいんですか? リリスさんも一緒に行きません?」
「行きません! 私を戦場に駆り出そうとするのやめてください」
「ちぇっ、分かりましたよ。それじゃ、ちゃちゃっとしばいてきますか〜」
「あ、馬車は止めないのでしばいたら追い付いて来てくださいね」
「はいはーい」
そう言ってリリスは御者とコンタクトを取り始める。
戦闘前とは思えない緩い会話の後、乗客席の扉から白い影が飛び出していった。