Chap.5
一瞬の暗闇の後、由はロバートの書斎に飛び出した。
暗闇——世界と世界の間の空間——を通過する時、というか通過した直後、つまり暗闇から身体が抜け出す時、ふうっとスローモーションになるような感覚がある。それを利用して体勢を整え、正義の味方参上スタイルで片膝を立て格好良く着地する。
身体を伸ばし立ち上がった由は、辺りを見回しながら数歩進み、胸深く息を吸い込んだ。
ああ、この匂い!
古い本と埃とインクの匂い。ロバートの書斎の匂いだ。
本を読むこともさることながら、本そのもの——特に古い本——を心から愛している由は、文字通り古本に囲まれたこの部屋の雰囲気が大好きで、ジャンがまだ学校から帰っていない時などには、よくここでロバートと時間を過ごしたものだった。
天井まで届く、壁のほとんどを覆っているぎゅうぎゅうに本の詰まった本棚。北向きの大きな窓からは、薄紫の野生のラベンダーが咲き乱れる広い草地が見え、窓際の大きな机は、相変わらず本や書類でごった返している。
窓の反対側の薄暗い隅で物音がし、小さなライティングデスクに積み上げられた本の山の後ろから、眼鏡を片手に背高のっぽの影が立ち上がった。
「由…、由かい?」
胸がいっぱいで何も言えず、由はただ頷いた。ロバートは長い脚で飛ぶように部屋を横切ってくると、由を抱きしめた。由は思わず泣き出しそうになり、目をぎゅっとつぶってロバートにしがみついた。
ハグのあと、ロバートは由の両肩に手を置いて少し屈み、涙に濡れた目で由をしげしげと見つめ、微笑んだ。
「ああ、由…。大きくなったなあ。たった一年で…」
その時、背後の壁に低めにかけてある扉の絵から——同じ扉の絵だけれど、敷かれているのは深い苔緑色の絨毯で、扉はこちら側に向かってわずかに開かれており、ドアノブと鍵穴の位置がもう一つの絵とは反対になっている——結花がふわっと飛び出してきた。片手に由のスニーカーを持っている。
「これ。こっちに置いといたのはもう小さくなっちゃってるかもと思って」
「ああ、そっか…。さんきゅ」
「Don't mention it.」
スニーカーを履いていると、今度は雅代が絵から飛び出してきた。スマートに着地する。
「ロバート、エレインは?」
「仕事部屋だ。呼んでくるよ。二階で話そう」
「ああ、いいの。私が行くわ」
雅代は靴を履いて足早に部屋を出ていった。
ロバートは眼鏡をグレイのシャツの胸ポケットに入れると、深い茶色の目で物問いたげに由をじっと見つめた。由はロバートに訊かれる前に急いで自分から答えた。
「僕は大丈夫だよ。記憶もきちんと戻ってるし、気分も悪くない。そっちはどう?仕事はうまくいってる?」
ロバートは魔法専門書の古本屋を営んでいる。魔法世界では古い専門書は重要なものだ。相当の知識がなくては自分の店など持てないのだといつか雅代が話していた。博学なロバートの店には、主に研究者や学者が、事前に予約をしてやってくる。
「うまくいってるよ。ありがとう。この頃はマレナロからの注文もずいぶん増えてね…」
そこへ、どかどかという足音がしたかと思うと、エレインがドアを蹴飛ばさんばかりにして飛び込んできた。
「まあ!由!!」
力強い腕にがっしとばかりに抱きしめられて、由は一瞬息が止まりそうになり、目を白黒させた。
「ああ、由!ほんとに由なのね!よく見せて…まあ、すっかり大人びて!また会えるなんて夢のようだわ!」
日に焼けた艶やかな頬を涙で濡らしながら、エレインは何度も何度も由を抱きしめ、キスの雨を降らせた。由は少し照れくさかったけれど、同時にとても嬉しく思い、エレインにまとわりつく薬草の快い香りを深々と吸い込んだ。
その懐かしい香りは、あの北の部屋の大きな戸棚を思い出させた。
——誰にも内緒だよ。
戸棚の前で、悪戯っぽく微笑んで振り返ったジャンの囁きが聞こえたような気がして、由は思わず口を開いていた。
「やっぱりジャンは生きてたんだね」
由の背中に回されていたエレインの手がぴくりと震えた。
五人は二階の小さな部屋のテーブルを囲んで座った。窓のない部屋で、例の大きな戸棚のある北の部屋の続き部屋に当たる。むき出しの木の床の上に、うっすらと蔦の彫刻のほどこしてある黒ずんだ古風な丸テーブルと椅子が六つあるきりの殺風景な部屋だ。
由は物珍しげに部屋を見回した。エレインの貯蔵戸棚に行く時に何度も通ったことああるはずなのだが、部屋というよりも廊下の延長のような空間で、全くといっていいほど目をとめたことがなかったため、初めての場所のような気がした。
念のためね、と言いながらエレインが廊下に続くドアと戸棚の部屋に続くドア——両方とも、外側からは開けられない——を閉めたので、窓のない部屋は驚くほど暗くなった。テーブルの上にある古風な大きなランプが、小さな部屋の壁を淡いオレンジ色に照らす。たいして大きくない丸テーブルを五人で囲んで座ると、まさに密談の舞台だ。
「さて」
由の左側に座っているロバートが大きく息をつき、テーブルの上で両手を組み合わせ、他の四人を見回した。
「簡単に話そう。といっても、たいして話すこともないんだが」
そう言うと、白い封筒をテーブルの上に置いた。
「この手紙が、昨日の夕方の便で来たんだよ」
由は震える指先で封筒を取り上げた。
そこにはこの家の住所とロバートの名前が黒いインクで印刷されていた。表にも裏にも差出人の名前はなく、ただ封のところに、ジャンがよく実験ノートなどに書いていたように、ぶっきらぼうなJという字が書いてあった。
「開けていい?」
「もちろん」
封筒は上の方をきれいに——おそらくはペーパーナイフで——切られていた。指を入れて、中の紙をつまみ出す。たった一枚の、二つ折りになっている白くて薄い便箋を開くと、たったこれだけのことが印刷されてあった。
「あの石を送って下さい。 ジャン」
「『あの石』と言われて思い当たるものは一つしかないんだ。ジャンの母方の家族に伝わる、まあいわば家宝でね。ジャンが十六歳になったら受け継ぐことになっていて、エレインが保管していたんだよ。あの事故の後、思い出すこともなかったんだけれど、この手紙が来たもので急いでその石の入った箱を取り出してみたら、中身がすり替わっていた」
「ちょっと見せて」
雅代が由の手から便箋を取ったけれど、由は気が付かなかった。
石。
ジャンの母方の家族に伝わる。
エレインが保管していた。
頭の奥の方がじわりとして、少しずつ水が染み出すように記憶が戻ってくる。
あの石だ。ジャンがエレインの戸棚の奥で見つけたといっていたあの石に違いない。
「『あの石を送って下さい』ね…」
由の隣で結花がつぶやくと、エレインが低い声で言った。
「ジャンはあの石のことは知らなかったはずなのよ。あの子の十六歳の誕生日まで知らせないことになっていたんだもの」
そして問いかけるように由を見つめた。由は無言で目を上げ、ランプの灯りが映っているエレインの深い灰色の目をじっと見返した。
エレインはため息をついた。
「知ってたのね」
由は頷いた。
「あの夜に、ジャンからその話を聴いたんだ」
「何か覚えていたら話してくれないか」
ロバートが静かに言った。由は眉を寄せて気持ちを集中した。ジャンはなんと言っていたっけ…。
「あの夜の実験のために、エレインの戸棚で何かを…マクィンの樹脂だったかな、探していた時に、奥の方で小さな箱を見つけたって言ってた。開けてみたら、メモと、翡翠でできたみたいな玉が入っていて、表面には古代文字みたいなものが彫ってあったって。それから…えーと…」
——今見せるよ。
ジャンの声が記憶の中で聞こえた。そうだ!由は弾かれたように顔を上げた。
「あの小屋に持っていって隠したって言ってた!そうだった!あの小屋は?今もあるよね?」
「小屋に隠しただって?」
ロバートはため息と共に椅子の背にもたれ込んで首を振った。
「じゃあ、もう無くなったと思った方がいいな。あの小屋には鍵もかけてないし、誰だって入れるし…」
「床の下に隠し場所があるんだ」
ロバートがバネ仕掛けの人形のように身体を起こす。
「…それは気づかなかったな。どのあたり?」
「入って右の隅」
「見てくるよ」
ロバートが立ち上がる。雅代が片手を上げて制する。
「ちょっと待って。由ちゃん、石は確かにそこにあるのね?」
由は口籠った。
「…僕は見てないんだ。ジャンが見せてくれようとしたところで薬が出来上がったもんで、それっきり石のことなんてすっかり忘れて…。思い出してたら、ずっと前に話してたんだけど。ごめんなさい。大事なものなのに」
「由が謝ることはないよ」
ロバートが微笑んで由の肩を叩いた。
「石を持ち出したのはジャンなんだからね。とにかく行ってくる。すぐ戻るよ」
ロバートが急ぎ足で出て行ったあと、由は部屋の薄暗さのせいか少しぼうっとなった頭でつぶやいた。
「石を送れって…一体どこに送れっていうんだろう」
「ここでしょ」
結花が便箋の裏を示した。
下の方に、なにやらアルファベットを連ねた住所らしきものが印刷されてある。その最後のところだけは由にもわかった。
「フランス?」
「そう。南の方にあるP市のすぐ近くの村」
エレインが言って、雅代が驚いたように眉を上げた。
「P市?『扉』のある?」
「そうよ。カッサとつながってる、ね」
エレインが意味ありげに言い、雅代がふうむと唸った。結花と由の頭の上にクエスチョンマークが灯る。それが見えたのか見えなかったのか、エレインが結花に頷いてみせる。
「ジョアンナよ。カッサに住んでるのよ」
「ああ…」
結花が納得したような声をあげ、由は眉間に皺を寄せた。
ジョアンナ?どこかで聞いたような名前だ。雅代が由に向かって説明する。
「ジョアンナっていうのは、ジャンの伯母さんなの。ジャンのお母さんのお姉さんね」
ああ、あの人か。由は頷いた。よく覚えている。
「カッサを最優等で卒業した人でしょ」
エレインが驚いた声を上げた。
「どうしてそんなこと知ってるの⁈」
咎めるような口調に、由はおずおずと言った。
「…ジャンが言ってたから」
「まあ!」
腕組みをして荒い鼻息をつくと、エレインは唸った。
「ロバートね。おしゃべりなんだから」
「そのジョアンナって人がなんなの?」
「昔からあの石を狙ってるのよ。その手紙はあの人が送ってきたんじゃないかと私は思うの」
エレインが勢い込んで言い、結花がうーんと眉を寄せた。
「カッサを最優等で卒業するような頭のいい人が、そんなすぐ見破られそうなことする?自分が行きやすい場所だって簡単に相手にわかってしまう住所をわざわざ使って?」
「…ロバートと同じこと言うのね」
面白くなさそうな顔をしたエレインに、雅代が宥めるような笑顔を向ける。
「私も同意見だわ。ジョアンナだって決めてしまうのはちょっと無理があると思う。他に石のことを知ってる人はいないの?」
「そりゃいるわよ。ジャンの母方の——アリッサの親戚たちとかね。でも、石に執着心を持ってるのはジョアンナだけよ。だって元々自分が受け継ぐべきものだったんだもの」
「えっ、ジョアンナが受け継ぐべきものだったの?そこんとこは初耳!」
結花が身を乗り出し、エレインが苦い顔をする。口が滑ったらしい。
「まあ…そうなのよ。私も詳しいことは知らないわ。アリッサが話してくれたことだけしか。あの石は、アリッサの一族の女性が代々受け継いでいくものなんですって。長女はジョアンナよ。だから元々はジョアンナが受け継ぐはずだったんだけど、ジョアンナがカッサ魔法大学に入学して留守にしている間に、アリッサが…なんていうか、本人の言葉を借りれば『ママにおねだりして私がもらっちゃったの』ということだったらしいわ」
「ええー。それはちょっとひどい」
結花が声を上げると、エレインは急いで亡き親友の弁護に乗り出した。
「理由はそれだけじゃないのよ。ジョアンナはお母さんと仲が悪かったの。そりゃあ母親だって、仲の悪い娘よりは仲のいい可愛い娘に家宝を伝えたいと思うのが自然だわ。アリッサは魔法を持ってなかったし、だからお母さんとしてはアリッサが劣等感を持たないように大切に…」
由は驚いて目を丸くした。
「魔法を持ってない?」
「そうよ」
何をそんなに驚くのだとこちらも目を丸くしたエレインが答える。
「そんなことあるの?だってジャンは魔法を持ってるのに」
「あるわよ、もちろん。まあアリッサの一族ではかなり珍しいことだったみたいで、アリッサが魔法を持ってないことがわかった時はちょっとした騒ぎになったそうだけど」
「魔法を持ってないってどうやってわかるの?」
結花が右手の人差し指をピッと立てて説明する。
「まずは生まれた時の血液検査で。でもその後変わることもある。確定するのは三歳の時の血液検査で、よね?」
エレインと雅代が、そうその通り、と頷く。
「へえー…」
由は嘆息した。ちっとも知らなかった。
「とにかく、」エレインが続ける。 「お母さんはアリッサをとても大切にしていたの。それに親子だって性格の合う合わないはあるわ。お母さんのお気に入りはジョアンナじゃなくアリッサだったのよ。だから家だってアリッサに譲られたんだし…」
「うわー、更にひどい。ジョアンナに同情しちゃうな、私。石ぐらいあげたら?正当な継承者じゃないの」
結花が言うとエレインの眉が吊り上がった。
「冗談じゃないわ。何言ってるの!アリッサたちのお葬式の後のこと、話したでしょ!」
「ああ、まあ、あれはね…」
「何があったの?っていうか、なんで僕だけ何も知らないわけ?」
口を尖らせて言うと、結花が笑った。
「だって由はいっつもジャンと一緒にどっか行っちゃってたじゃない。私たちのおしゃべりには加わらないで」
まあ、そりゃそうか…。由はひとり頷いた。そういえば、聞いたことがある。女子の方が男子よりも親戚の噂話だの家族の歴史だのを断然よく知ってる、って。
女の人はおしゃべり好きだもんね、なんて言うのは百害あって一利なしなので口はつぐんでおく。
「アリッサたちが船の事故で亡くなったのは知ってるでしょ」
結花の問いに頷く。
「うん、それくらいは」
「その時、ジャンも最初行方不明ってなってたのは知ってる?」
「ううん」
結花は、では、というように一息つくと話し始めた。
「事故は火曜日の午前中に起きたの。嵐とまではいかないけれど、天候が悪くて波も高かった。ウェリスからルソに向かう高速船と、ルソからウェリスに向かう高速船が接触。ジャンたちの乗った船が沈んだ。その日のうちにユアンとアリッサの遺体は見つかったけれど、ジャンと弟のフェリの遺体は次の日になっても見つからなかった。ジャンはそのとき二歳になったばかり、フェリはまだ一歳にもなってなかったから、生存の可能性はないとみなされて、木曜日に四人のお葬式が行われた。そうしたら、土曜日の早朝、誰かがこの家に来て、ドアベルを押して、車で逃げるように去っていった。見にいってみたら、ジャンが眠そうに目をこすりながら立っていた」
エレインが震えるようなため息をついて指先で涙を拭った。結花がナレーションを続ける。
「ジャンの小さなリュックには匿名の手紙が入っていた。事故の時、ジャンたちと同じ船に乗っていたある夫婦からで、事故の時彼ら自身も海に投げ出され、近くで溺れかかっていたジャンを助けたんだけど、自分達に子供がいないもんで、つい出来心を起こして、どさくさに紛れてジャンを一緒に連れ帰ってしまった、大変申し訳ないことをした、って書いてあった。ジャンのリュックには、ジャンの家の住所とこの家の住所を両方書いたネームタグが付けてあったから、おそらくは自分達の家に近かったこの家に連れてきたものと思われる。で、その日の午後、」
結花が一息ついて続けようとしたところを、エレインが乗っ取った。
「その日の午後、ジャンは二階でお昼寝、ロバートは村役場へ行ってたの。ジャンのことで色々手続きがあったから。そこへジョアンナがやってきたのよ。一応黒い服を着てたし、もしかして二日前のお葬式に顔も見せなかったのは、何かどうしても来られない事情があったのかもしれないと一瞬でも思った私が馬鹿だったわ。
挨拶もそこそこに、アリッサの持ち物はどこにあるかって訊くのよ。自分が譲り受けるはずのものがある、って。それは何かと訊いたら、高飛車な口調で、『あなたには関係ないわ。家族内のことですからね』と言うじゃないの。私も負けずに高飛車に『どういたしまして、関係あるわ。アリッサの持ち物は、義理の姉であり親友でもある私が、責任もって管理することになってるんですから』と言うと、むっとして、でも渋々と石のことを説明し出した。緑色の石で大きさはこれくらい…ってね。
すぐになんのことかピンときたわ。アリッサからちゃんと聞いてあったんだもの。だからあの人の説明を遮って、『でもアリッサは、あの石はジャンが十六歳になった時にあげるつもりだって言ってたわ』って言ったら、あの人、あの黒い眉を高々と吊り上げて、『それで?』って馬鹿にしたように言うのよ。『ですから、ジャンが十六歳になるまで、私が責任を持って預かります』ってきっぱりと言ったら、あの人、ぽかんとした顔をしてしばらく私を見つめていたわ。顔が青くなったと思ったら、だんだん赤くなってきて、何度か口をぱくぱくさせた後で、掠れ声で言った。『…生きてたの』って。誓って言うけど、嬉しそうじゃなかったわね。甥が生きていたのがわかったっていうのに、喜ぶどころか、『生きてたの』だって!ああいうのを冷血漢って言うのよ」
怒りに震えてため息をつくと、エレインは由を見た。
「…もちろんジャンにはこのことは言ってないわ。言えるもんですか。でも、わかったでしょ。どうして私が手紙を送ってきたのはジョアンナだと思うのか」
まあね…と言いかけて、由は憮然とした。
「いや、わからないよ。どうしてジャンが送ってきたって思わないの?」
「由…」
エレインが「まだそんなことを言っているのか」と言わんばかりの顔をして、悲しそうに首を振ったのが癪にさわった。
「だって、例えばこれ!」
由は封筒に書いてある「J」という文字を乱暴に人差し指で叩いた。
「これはジャンがよくやってたことだよ。メモとか、実験ノートとかに。ジャンが送ってきたっていう証拠じゃないか」
「ジャンから手紙をもらったことのある人とか、ジャンがそうするのを知ってる人なら、簡単に真似できるわ」
「ジョアンナはそんなこと知らないんじゃないの。ジャンは、会ったこともないしよく知らないって言ってたと思ったけど」
「そりゃジョアンナ自身はね。でも親戚、例えばジャンのお祖父さん、つまりジョアンナのお父さんなんかはジャンと何度か会ったことがあるし、誕生日のカードだの贈り物だののやりとりもしていたんだもの」
そう言い立ててから、誠実なエレインは付け加えた。
「…まあ、ジョアンナは家族や親戚ともほとんど連絡を取りあってないとは聞いてるけど。でもね、ジャンの手紙を見たことが絶対にないとは言えないわ」
「この手紙が誰からきたかはともかく、」
雅代が静かに言った。
「どうするの?もし石がまだあの小屋にあったとして、それをこの住所に送るつもり?」
エレインがとんでもないと首を振る。
「まさか。でもね、この住所に行ってみるべきじゃないかと思ってるの。私はちょっと行かれないけれど、でもロバートが行ってみるって…」
「私も行きたい!」
結花がしゅぱっと手を上げた。由も負けじと続く。
「僕も!」
エレインが問いかけるように雅代を見る。
「私も行くわ」
雅代が頷いて、エレインがほっとした顔をした。
「助かるわ。ロバート一人じゃどうも心配で。あの人、しっかりしてるようでおっちょこちょいだし、それに向こうの世界に行くのは久しぶりだし」