最愛の二人
結託したプリキュアみたいな付き合い方をしている二人は、その特別な関係を誰にも邪魔させないように努力しているようだった。綺麗な花を見つけても寄り道をしないように、かたく手をつないで。いつでも互いの顔を見合って、不安そうに、でも愛おしそうに見つめて、世界がまるで自分たち以外いないかのように、みんなの前に降り立つ。
だからみんな、特別な感情を抱かないように無意識的に制御していた。ちょっといいかな、なんて好奇心を咲かせないように、見ないようにしていた。私もそうだった。あの二人の絆を壊してまで手に入れたいものなんてなかった。ただ、どうしても思いが加速してしまった最悪の事態を考えて、「憧れの人」ということにはしていた。惹かれてしまうのは、自分にはない圧倒的な才能があるからで、けっして恋愛感情ではない。自分が認めなければ、通り過ぎていく感情、気まぐれ、影。
この狭い教室で出すぎている杭の2人は、スタートダッシュからして早かった。入学してまだあどけなさが残る一年の教室で、二人は運命の出会いを果たした。
「ごめん! 誰か、ナプキンちょうだい!」
初々しい緊張感の漂っていた教室で、下腹部をおさえながらそう叫んでいたのは、凪だった。顎先まで伸びた短い髪の毛は汗で湿っていた。
凪の突然の叫びに誰もが萎縮してしまっていた中で、いち早く手を挙げたのがヒカルだった。
「あたし、あるよ!」
赤と黒のドット柄のポーチを左右に大きく振り、ヒカルは凪のもとへ駆け寄った。まるでヒーローのようだった。ヒカルの素早い動きによって、周りの子たちもつられて駆け寄り、薬や飲み物を差し出した。クラスの空気を読むんじゃなくて、変える。凪もヒカルも、間違いなくこのクラスの主人公だった。
うちの学校は女子高で、最初はおとなしく奥ゆかしかったうちのクラスも、だんだんと化けの皮が剝がれたかのように自由奔放な振る舞いになっていった。休み時間はお菓子を食べ、スマホで自撮り、腕を組みながら仲良くトイレへ。男子の目を気にする必要がない毎日は気が楽で、楽しかった。
平凡な日常の中で、凪とヒカルだけは相変わらず異質な存在だった。二人はホームルーム委員に立候補し、行事のたびにみんなの前に立った。凪はまるでクラスの担任のようにみんなを上手にまとめ、ムードメーカーとリーダーを両立させていた。初めはボブだった髪の毛はさらに短くなり、後ろから見ればほぼ男子のような髪型になった。おまけに凪の一人称は「俺」なので、もうほとんど男の子に見えていて、授業に来た先生が思わず「くん」付けで呼んでしまうほどだった。一方でヒカルは、幼稚園の先生のようなやさしい雰囲気で、次々と楽しそうなアイディアを出す才能があった。ヒカルの提案にみんなが乗り、私たちのクラスは次々と行事を成功させてきた。二人のコンビネーションに誰もが「最強」といい、二人も互いの存在を認め合っているようだった。ヒカルは、みんなの前に立つと笑顔を絶やさないキャラクターだったけれど、仲の深い友達は凪以外にはいない様子だった。誰にでも話しかけられる一方で、素や本音をあまり言わないタイプだった。それでも凪とはよく一緒にいたから、クラスのリーダーとして強い存在だった。
十二月になったばかりの頃、ヒカルは学校に来なくなった。周りの子たちは凪にヒカルのことを聞いたが、「彼氏のことで大変らしい」とだけ言っていた。ヒカルに彼氏がいることを何となく聞いたことはあったが、他校の同級生だとか、年上の大学生だとか、ころころと相手は変わっていた。彼氏のことが大変で学校に来られないなんて、一体どうしたのだろう。みんながヒカルに心配のような好奇心を抱いていたが、凪が何も言わないので、気にしないふりをしていた。
もうすぐ二学期が終わる頃、ヒカルは突然学校に来た。ヒカルはさっきまで泣いていたかのような、やつれた顔をしていて、一つに結んだ髪の毛はパサついてうねっていた。凪はヒカルの元から離れず、授業中も常に気にしていた。クラスの柱のような存在が不安定になっていることに私たちは動揺しながらも、凪は他の子を寄せ付けないように、目で合図をしていた。ヒカルはお昼休みの前にとうとう具合が悪くなり、凪と一緒に保健室へ行った。クラスの保健委員が二人に付き添おうとすると、凪は「大丈夫」と言って、ささっと教室を出ていってしまった。
主人公を失った教室では、モブキャラの私たちの噂話で盛り上がっていた。
「ヒカル、彼氏に振られちゃったのかな」
「相手、大学生でしょ。絶対遊んでるって」
「にしても凪の様子も変だったよね」
「わかる! なんか二人だけの世界って感じでちょっと怖かった」
「ぱっと見、カップルだよね」
凪がヒカルに過保護な態度を見せるのは、初めてではなかった。以前、体育祭でやる大繩の練習中に、「お腹が痛い」としゃがみ込んだヒカルに、回し手だった凪はものすごいスピードで駆けつけて、ヒカルの介抱のために練習を三十分も中断させていた。友達が心配するのは当然だけれど、保健室で横たわるヒカルの側でずっと見守っているなんて、よっぽどだなと思った。
「二人、付き合ってるのかな」
「でもヒカルには彼氏がいるでしょ」
「そっか。そうだよね」
ヒカルには彼氏がいる。二人はすごく仲のいい友達なんだ。みんなはそうやって二人の関係に納得していた。保健室から戻ってきた凪は、午後の授業も普通に受けていた。ヒカルも、授業が終わったあとにこっそり教室へ戻ってきた。誰もが二人の空気を敏感に察知しようとしていたが、凪もヒカルも暗い表情のまま、帰っていった。
年が明けて三学期になった頃、凪とヒカルは憑き物が落ちたかのように元気になっていた。再び明るさを取り戻した私たちのクラスは、安心感に満ちていた。ヒカルは前よりも自分のことを話すようになった。自分には大学生の彼氏がいて、クリスマスを一緒に過ごす約束をしていたのに十二月になった途端にバイトが入ったと言われて断られたとか。クラスの大半は、なんだそんなことだったのかと拍子抜けしただろう。しかも、その彼氏とはもう別れて完全に吹っ切れてしまったのだという。人騒がせだよね、と凪が笑う。凪がヒカルを見る目はどこか愛に満ちているな、と感じる。
「凪とヒカル、付き合ってるらしいよ」
同じクラスの七海がそう言ったとき、やっぱりなぁと思った。いまどき女の子同士で付き合うことなんて大した話ではないけれど、自分のクラスに愛し合っている関係がいることに心臓がどくどくとなる。どちらから告白したんだろうか。ヒカルの心が安定しているのは凪の存在があったんだろう。たしかに、あんなに心強い存在がそばにいてくれたら、クリスマスを過ごしてくれない彼氏より、いいのかな。
二人が付き合っていることは、クラスの誰もふれはしなかった。ただ、そういう関係であることを認識しているだけ。二人の閉ざされた世界に割り込もうとする人は、誰もいなかった。
「華ちゃん、それ反対だよ」
教室の後ろの壁に委員会の紙を掲示していると、凪がそう言った。華ちゃん、と呼ばれたのは初めてで、凪が私の名前を知っていたことに驚く。
「あ、ほんとだ。ありがとう」
笑いながらそう返すと、凪は、
「華ちゃんって意外と天然だよね」
と言った。凪にそう思われるほど関わったことがなかったので、また驚いた。凪の言葉に、隣にいたヒカルが反応する。
「華ちゃんって、どんな子? あんまり話したことないよね」
いきなりクラスのスターの二人に話しかけられた私は、戸惑った。
「ええ、普通だよ。普通の女子高生」
「何それ。自分で普通の女子高生って言うのは普通じゃないでしょ。華ちゃんって、おもしろい」
ヒカルが私に笑う。何だかずっとテレビの画面で見ていた人に突然話しかけられたみたいな驚きが重なる。芸能人と対面した一般人があまりの輝きに逃げてしまう気持ちが分かる。二人が私に向ける視線も関心も、くすぐったい。
私は凪に指摘された紙を剥がすと、しっかりと向きを確認して貼りなおした。
二人は恋人同士なんだ。今まで水面下で認識していた二人の関係が急に目の前に現れてきて、足がすくみそうになった。友達以上の関係ってことだよね。教室では女友達として振舞っているけど、二人きりになったら甘い空気を醸し出しているのだろうか。「好き」と言葉にして、同じ柔らかさの手を握り、長い睫毛の影を眺めたりしているのだろうか。何それ、そんな熱い感情を、欲望を隠しながら女子高生を演じているの? 教室だから?
私は二人の制服を剝がしたい気持ちに駆られた。二人はきっと、私にその光景を見せてはくれない。秘密の場所に連れていってはくれない。二人だけの世界だから。
「どうしたの、怖い顔して」
凪が言う。
「何でもない」
私は画鋲を強く壁に刺して、教室から出ていった。
読んでいただき、ありがとうございました。