3 変人同期
警視庁の四階フロア。
突き当りにその部屋はあった。
「警視庁資料保管係……」
掲げられたプレートを西村が読む。同期のひとりが、こんな目立つ閑職に就いていたなんて知らなかった。
「失礼します」
ノックしてドアを開ける。薄暗い室内。
天井まで届く書架が整然と並んでいる。そのせいか、窓からの採光が遮られ、ひんやりとした空気が足元にまとわりつく。
「えーと、海堂? いるか?」
声を掛ければ、部屋の奥からキャスター付きの椅子がシャーっと流れてきた。
椅子には、白髪の青年。
「お、西村じゃないか。生きていたか」
「……勝手に殺すなよ」
肩よりは短いが、髪はやや長い。白磁のような白い肌に、ノーネクタイのスーツを着ている。長い脚は、行儀悪く片方の膝の上に乗っている。
黙っていれば、色素が薄い美青年。
「ええと、今、手が空いているか?」
相手の業務状況を窺ってしまうのは、組織に生きる者の悲しい性。
「いいぞ。厄介事か?」
「話が早い」
ほっと西村は息をつき、海堂へ事の一件を話す。腐っても閑職でも警視庁の人間なので、情報漏洩には当たらない。
そもそも、先輩刑事の松田が意見を聞いてこいと言った。先輩の言うことは、絶対。
「ふーん、ほーう、へー」
聞き終えた海堂が呟く。
「なんだ、その相槌は」
「割れた鏡で頸動脈を切り、すわ出血死かと思いきや。まさかの溺死」
海堂が目を細めた。
「面白い」
「おい。不謹慎だぞ」
仮にも、人ひとりが死んでいる。
「――『面白き事もなき世を面白く』だぞ。西村」
変わり者。
見かけだけではなく、その言動で同期から浮いていたことを思い出した。
警察官のくせに、海堂の判断基準は『面白い』か『面白くないか』だ。
「じゃ、行こうか」
海堂が椅子から立ち上がり、ドアへと向かった。
「行くって、現場じゃないのか」
都内にある大手古書店に、海堂は足を運んだ。西村の言葉を気にせずに、言う。
「三年前だからな。もう書店の棚差しにもなっていない」
ぶつぶつと、何かを呟きながら、海堂は本棚の間を歩く。
そうして見つけた。
「あった」
つ、と海堂の長い指が棚から抜き出す。
「『大空の病棟』? ああ、船越由利さんの本か」
「西村は読んだことあるのか?」
「まさか。ないよ」
表紙と本の帯を見る限り、法医学的をベースにしたミステリらしい。
海堂がパラパラとページをめくる。視線が上下に動いていることから読んでいるらしいが、それでも速すぎる。次へ次へとページが進む。
速読。
五分後。最後に奥付をみて、海堂は本を閉じた。
裏表紙に記された定価の上から、五百円の値札が貼られている。
「世知辛い世の中だ」
ぽつりと海堂が呟く。