2 死因
西村と松田は、都内の撮影スタジオを訪れた。
白いスクリーンをバックに、モデルの女性がポーズを取っている。
たかれるフラッシュに一瞬、視界が白に塗りつぶされる。
「刑事さん、ですか」
高橋健一は怪訝そうに西村と松田を見た。
「船越真理さんを、知っているな?」
松田がそう言うと、高橋は頷いた。
「ええ、まあ」
歯切れの悪い高橋の反応に、松田の眉が跳ねる。
「真理がどうしたんスか?」
「今朝、自宅のマンションで、遺体となって発見された」
「――はぁ?」
高橋の声が裏返った。目を剥いて驚きの表情を浮かべる。
「最後に、真理さんと会ったのは、いつですか」
西村の言葉に、高橋が慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 死んだ? 真理が?」
彼の大声に、何事かと撮影スタッフたちが振り向く。
「何で、どうして!」
高橋の目が左右に揺れる。驚愕からの動揺なら自然な反応だな、と西村は内心で呟く。それでも、死んだことを知っていて、隠していた可能性は捨て切れない。
「どうして、真理さんが亡くなったのか。それを、我々警察が調べています」
西村が振り向けば、松田が渋面で頷いた。
「繰り返します。最後に、真理さんに会ったのは、いつですか」
「……四日前だよ」
「真理さんのスマホの履歴を調べました。恋人同士なのに、しばらく音信不通でしたね。通話もメッセージも、四日前で途絶えている」
西村がスーツの懐から、折り畳まれたコピー用紙を取り出した。電話の履歴と、メッセージのやりとりが記録されている。
「ちょ、ちょっと、ケンカしちゃって。一時休戦、てゆーか……」
「喧嘩の原因は、あなたの浮気ですね?」
西村が睨む。
真っ白い顔をして、高橋がぶるぶると体を震わせた。
「いや、その。魔が差したってゆーか。強い女に飽きたってゆーか」
「強い女?」
聞き役に徹していた松田が声を上げた。
「どういう意味だ?」
「真理は、思ったことをすぐ口にするタイプだったんすよ。最初はサバサバしていて、気持ちいいなーとか思ってたんすけど――」
高橋が唇を歪める。
「やっぱ、女はカワイクて、尽くしてくれないと」
全世界の女性を敵に回すセリフを、高橋は言ってのけた。
「……昨日の夜は、どこで何をしていた?」
鋼のような声で、松田が尋問する。
「えっ、マジ? 俺、疑われてんの?」
「恋人なら、マンションの合鍵ぐらい持っているだろ」
「いやっ、確かに持っていますけど……、それだけで?」
「昨日の行動を証明する人は、いないようだな?」
一歩、松田が高橋に近づいた。
「いやいやいや、いる! います――!」
泣きそうになりながら、高橋は首を横に振った。
「浮気相手の家にいたって、なぁ」
警視庁の大部屋に戻ると、松田は椅子にどっかりと腰かけた。
「事件だったら、アリバイとしては弱いですね」
西村がコーヒーを松田のデスクに置く。湯気の立つカップを手に取り、松田がコーヒーをすする。
「事件だったら、動機は痴情のもつれか。目障りになった女を殺す――三文芝居にもなりゃしねーな」
松田の呟きに、ポーンとパソコンメールの着信音が重なった。西村が自分のデスクに座り、届いたメールを開く。
「松田さん。司法解剖の結果が来ました」
「やっぱり、死因は出血死か?」
「ええっと……」
西村が添付ファイルを開く。見慣れた検視書類に書かれた死因は。
「――溺死だそうです」
松田の顔から表情が抜け落ちた。
「何だって?」
「割れた鏡で頸動脈を切ったことも、死因のひとつですが。その前に、被害者は水による窒息――溺死していた、とのことです」
松田がカップを乱暴に置き、椅子から立ち上がった。西村のデスクへと回り、検視書類を見る。
検視書類には、他にも血中アルコール濃度が0.41パーセントであり、泥酔期だったことが書かれている。
しばらくして。
「……おい、西村」
「はい」
「お前、あいつと同期だったよな」
「はい?」
あいつ。誰だ、どれだ。
首を傾げる西村に、松田は眉を寄せた。
「変人好みの案件だ。意見を聞いてこい」
吐き捨てるように、松田が言った。