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百花のつるぎ  作者: 雪嶺さとり
第一幕 旅は道連れ世は情け
4/4

四 深山霧島

散り際に花を落すことが首が落ちる様を思わせるとして、武家には縁起が悪いとされている花、椿。

その名を冠するこの刀剣の由来も同じである。

この刀剣を手にした武士たちは次々と不幸に見舞われ、家が没落したり家族が亡くなったり、厄介事を運ぶと言われていた。

だからこの刀には椿と名付けられ、皆方百花の手に渡り妖刀となるまでその価値は誰も認めることなく、悪しきものと思われていた。


椿落としとは、そういう打刀であった。

だからこそ、彼女にはこの刀が相応しい。





「・・・・・・はぁっ!」


その白を斬り、纒わり付く腕は薙ぎ払う。

実態の無い幻想のようなものであるはずなのに、重さはある。

固く強く、切り込めばその感触が伝わってくる。

気分が高揚して、たまらない。


「はっ!」


無我夢中で怪異を切る。

風を切り、大地を踏みしめ、等身大で戦う。

もちろん相手もただやられるだけじゃない、四季を押さえつけるように無数の腕が伸ばされ行く手を阻む。

不思議なことに、四季の頬を掠めたそれは鋼のように固くなり一筋の傷をつける。

ぽたりぽたりと血が滴るが、四季はそれすら構わず、怪異と斬り合う。


人外との戦いに理性などいらない。

先には倒れた方が負けで、生き残った方が勝ちだ。


邪気に当てられ酒に酔ったような感覚がする。

それでも手の中の刀の重みが四季の意識を呼び起こす。

冷たかったはずの空気はどこへやら、汗が滴り熱気で溢れるようだった。


一本の腕を切れば、また生える。

しかしこちらの切る速さが勝てばなんの問題はない。

二つ切り落とし、次は三つ。

怪異の核となる部分を破壊さえすれば終わりだ。

狙いを定め、一心に刀を振るう。

他者に割り込ませない怪異と四季だけが向き合う空間に変化が訪れたのは、そのすぐあとのことだった。


「・・・・・・なっ!」


腕に足をすくわれてしまい、思わず逆さ吊りにされる。

負けじと応戦しようとするが、それよりも先に動く影があった。


ざしゅっと切りつける音がしたと思ったら、体がふわりと浮いて硬い腕に抱きとめられる。


「やれやれ、四季さんはとんだ跳ね返りだなぁ」


───────碧い瞳が見えた。

怪異を切り、四季を抱きとめたのは紗雪だった。

包帯は解かれ、碧色の片目があらわになっている。

彼の見つめる先には、蠢く怪異。

その眼差しは何もよりも恐ろしく、冷たく、無慈悲であった。


「・・・・・・っ」


紗雪の口が何か言葉を紡ぐ。

四季がそれを聞き取ることは出来なかったが、その直後、怪異の様子がおかしくなった。


動きを止めたと思ったら、何かに悶え苦しむように震ている。

紗雪の魔眼の力だろう。

これは一体、と問う前に四季は再び刀を構えた。


「はぁぁっ!」


勢いをつけて駆け出し、怪異の首を真一文字に切り落とす。

椿は首が落ちる様を思わせると言われているように、椿落としは首を落とすことにかけてはいっとう素晴らしい刀であった。


怪異はあっという間に散り散りに崩れていき、最後には何も残らなかった。


「終わった、か」


「ああ」


刀は満足しているようで、荒ぶることなく落ち着いて鞘に収まってくれた。

これこそが、百花の剣の醍醐味である。

異形と戦い己を試し、その力を喰らい刀に取り込む。

此度の怪異も非常に美味であったと、刀が言っているようだった。




──────────────





嵐が過ぎ去り、この場に残された二人がすべきことは事の後始末であった。


さすがに一度も何人も運ぶことは出来ないので、一旦麓へおりて村人を呼び運んでもらうことに。

人攫いに拐かされた娘たちはどうにもできないが、まさか村人たちも無事に帰ってくるとは思っていなかったようでそれはそれは大変に驚かれたものだ。


「本当にありがてぇ・・・あんたたち、旅の人なんだろう。今日は村に泊まっていけ、宴でも何でも開くからよ」


藤七にそう言われ、そういえば宿のことを考えていなかったとここはお言葉に甘えることにした。

大抵の場合、旅人は余所者とあまり歓迎されないことが多いが今回は事情がそれなだけに嫌がられることはなく、むしろ盛大に歓迎されてしまった。

まるで、御伽噺の英雄のごとく讃えられこちらの方が恥ずかしくなるぐらいだった。

紗雪は六條家の者が来ないか心配していたが、村人が言うには明日あたりに様子を見に来るそうなので明け方あたりにここを去ることに。


宴では酒に魚にとひとしきり騒いだところで、とりあえず、顔見知りである藤七の家に泊まらせてもらい布団まで借りてしまいつつ、夜が開けるのを待つ。


「紗雪殿・・・・・・」


何となく、隣の布団にいる紗雪に声をかけてみる。

顔は紗雪の方を向かず、壁をじっと見つめたまま。

頬の傷は手当をしてもらい、しばらくすれば傷跡も残らないだろう。

今日一日色々なことがありすぎて今すぐにでも眠りたかったが、四季には唯一気がかりなことがあった。


「どうした、眠れんのか」


紗雪も起きていたようでそう言われたが、子供扱いしているのが丸わかりだ。


「そうじゃない。紗雪殿は、明日からのことはどうするつもりなのだ。ここに残るのか、それとも山へ戻るのか」


あの小屋で眠っていた紗雪を連れ出し、怪異事件に巻き込んだのは自分である。

彼が望むのならそうしたいが、あの場所に再び彼を一人にさせたくはないとお節介にも思ってしまうのだ。


「・・・・・・当初は山へ戻るつもりだった。俺のような存在が生きていける場所は無いからな」


紗雪はふふっと優しく笑う。


「だが、それはもうやめた。四季さん、良ければ俺もそなたの旅に同行させてくれないか」


言って欲しかった言葉が、ようやく聞けた。


「百花の剣は扱えんが、それなりに役にはたつぞ」


もちろんだと四季も笑う。


今まで誰かを傍に置くことは避けてきたはずだった。

どれほど近くにいても、最後には遠く離れていってしまうことは分かっていた。

いつか自分の本性が知られてしまえば、その時彼はなんというのだろうか。

想像すれば簡単に分かることだ。

それでも、この不思議な青年とは傍にいたいと思ってしまうのだ。


夜が明けて、そっと藤七の家を出ていく。

朝焼けが眩しい。

昨日のことが嘘のように、村は静けさにつつまれていた。

もう少しすれば村人たちは起きてきて畑仕事を始めるだろう。

足早に村を出ようとすれば、背後から呼び止める声がした。


「旅のお方、お待ちください!」


「あなたは・・・・・・」


振り返ると、そこにいたのは藤七の探していた少女、万智だ。

つい昨日まであんな目にあっていたというのに、朝早くから元気に追いかけてくるとはすごい体力だ。

それに、彼女の手には何やら大きな包みがある。


「どうか何も言わずに、これを受け取ってください」


そう言って、ずいっと差し出される。

布に包まれているが、それは細長く、形状には見覚えがあった。


「太刀か、珍しいな」


紗雪が受け取り、そっと布を外す。

紗雪の言葉通り、二尺五寸ほどの立派な拵えのついた太刀である。


「深山霧島って言うらしいんです。祖父が残したもので、これを扱うに相応しい人に渡しなさいと言いつけられていて・・・・・・」


深山霧島とは、躑躅の花の一種。

つまり、これもまた花の名を持つ刀剣である。


「よく分からないんですけれど、珍しいものみたいで、百花の剣って言ってました」


二人は顔を見合わせて笑った。


「なんと」


「おやおや、これはこれは」


これが何本目かは分からないが、新たなる百花の剣が偶然にも獲ることができたとは。

おそらく普通の村娘では、百花の剣の事など知り得る機会はないだろう。

眉唾物だた思っているみたいだが、都会で質に入れれば恐ろしい値がつくだろうに、律儀にも祖父の言いつけを守っていたらしい。


「きっと旅のお方々に相応しいと、父も母も話していてどうしても渡したかったんです。どうか受け取ってください!」


もちろん、断ることもなくしっかりと受け取る。

四季は既に椿落としを手に入れているので、これは紗雪に託すことにした。


「紗雪殿、ちょっと抜いてみてくれ」


四季に言われるがまま紗雪がすらりと刀を抜くと、少し驚いた後に不思議そうな顔をしてまじまじと刀を眺めている。


「俺も大概だが、変わった刀だなぁ」


「そういうものさ。皆方百花のものなのだから」


おそらく、刀はしっかりと紗雪に応えてくれたのだろう。

凛とした澄みきった心であれば、大抵の刀は受け入れてくれる。

紗雪のような優しい人柄なら尚のこと。


「万智さん、これはありがたく頂戴させてもらうが、本当に良いのだな?」


「もちろんです!六條家の人たちに渡すより、絶対に良いです!」


六條、という名が出てきて紗雪は一瞬顔を固くする。


「最近、六條家の人たちも刀を探しているみたいで、いつか取り上げられちゃうんじゃないかって思ってたんです」


「何、奴らは刀狩りでもしておるのか。今の当主はなんという名の奴だ?」


「六條透輝さまです。先代の末の息子さんで、最近代替わりしました」


「ほぉ、あの性格でも結婚して子がいたとは。そっくりに育っていたら嫌だなぁ」


何やら言葉にかなりの棘があった。

事情を知らない万智が目をぱちくりさせる。

四季には穏やかで優しいので、怪異や六條家の人々に向ける冷たい視線には慣れないものだ。


しかし、六條家の者が剣探しとは、もし手に入れてしまえば今後紗雪の敵となるかもしれない。

できるだけ関わることが無いように願いたい。


刀を受け取り万智と別れ、今度こそ村から出る。

魔眼だけでなくもう一振の剣を手にしてしまうとは、紗雪の戦力が想像よりも凄いことになってしまった気がする。

しかし、仲間ができるとは思わぬ大収穫だ。

矢神に来て良かったと心から思う。


「次はどこへ?」


「うーん、そうだな。岸谷に向かおうと思う。もう既に狩られた後かもしれないが、そちらにも良い怪異がいると聞いたんだ」


「岸谷か・・・。それは楽しみだな」


矢神の怪異について聞いた時、その話についても聞いていた。

なんでも、岸谷のある町で夜な夜な死霊が徘徊するという百鬼夜行とでも言うかのようなことが起きているらしいと。

岸谷は矢神の隣にあるので、ここへは岸谷を目指す途中に寄っていくつもりだったのだ。

それがまさか紗雪という人と出会い、新たに百花の剣『深山霧島』とも出会うとは思いもよらなかった。


旅は道連れなんとやら。


二振りの剣を携え、彼らは再び怪異を目指して歩き出した。

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