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百花のつるぎ  作者: 雪嶺さとり
第一幕 旅は道連れ世は情け
2/4

二 霧の怪異

この地鳴りの正体は矢神国に現れた、霧の怪異ということだろうか。


「来たか・・・噂に聞くよりも中々大きそうじゃないか」


手の中の椿落としはもう紗雪の方向は向いていなかった。

構え直し、周囲の警戒をする。

今のところ、音以外に目立ったことは何も起きていない。

怪異は四季たちの存在に気づいているのか否かで、次の一手が決まる。

身を守る術を持たないであろう紗雪をどうすべきか、考えようとしたその時。


「うっ・・・!」


「紗雪殿!?」


先程椿落としが示していた左目を、苦しそうに押さえ、痛みに耐えきれないといったように蹲っている。


「目が・・・っ、あぁっ!」


突然、紗雪の様子がおかしくなり咄嗟のことに反応ができなかったが、椿落としを鞘に納め彼に駆け寄る。


「大丈夫か、どうしたのだ!」


紗雪が四季の声に答えるとはなく、ただひたすらに呻き声をあげている。

外では再び地鳴りが響き、床が波打つように揺れた。

四季には医学の心得はないので、どうすることもできずただ幼子を落ち着かせるように背中をさすってやることしかできない。


しばらくして辺りに静寂が戻った頃、ようやく紗雪は顔を上げた。


「紗雪殿、失礼する」


「待てっ・・・・・・!」


彼の制止は聞かず、四季は彼の目を覆う包帯をするりと解いた。

現れたのは、手足にあった鎖とは違う、もっと変わったもの。


「これは、魔封じか」


黒色ではない、透き通るような碧色をした瞳孔。

これがなにか、四季は知っていた。

悪しきものを封じる力を持つ、魔の瞳である。


「・・・・・・生まれつきだ。あの憑き物落としとやらが封じたと言っていたが、どうやら鎖と共に開いてしまったようだな」


紗雪の口から乾いた笑いが出る。

つまり、四季は彼の鎖を斬るだけでなく魔眼までも解放してしまったのだ。


「年月を経て、あの者の未熟で脆い術は壊れかけていたからなぁ。いずれこうなることは分かっていたさ」


四季が呪いを解いたときに感じたことは、紗雪も分かっていたようだった。

あれはどうにも未完成で不完全なものだった。

四季がなにかしなくても、いずれ自然と解けてしまうのは容易に想像出来る。


先程の怪異の気配と、封印の解けた魔眼。

これを繋ぐとしたら、考えられることは一つ。


「矢神国の霧の怪・・・・・・。今になって姿を現したのは、もしやそれが理由か」


これは私の想像だが、と前置きをしてから話す。


「私があの鎖を断ち切ったとき、怪異の気配がした。そしてその左の魔眼。これは私の想像だが、憑き物落としの者は紗雪殿のその目を利用して怪異を封じ込めていたのかもしれない。紗雪殿の母を騙し、紗雪殿を封じるのではなく怪異を封じるための鍵として紗雪殿を利用したのだろう」


紗雪の目が見開かれる。

彼の中にあるのは、怒り、混乱、怨み、そのどれもが混ざりあったものなのだろうか。

四季には彼の痛みが分からない。

だから、気持ちも察せないし慰めの言葉もかけられない。

それでも紗雪は何も言わず、ただ黙って四季の話を聞いてくれた。


「恐らくその憑き物落としの者は他の者からの依頼も請け負っていたのではないか?しかし己の力が未熟であるため、紗雪殿の強大な力を利用して、怪異を封じ紗雪殿の母君の依頼もすませた、と考えられる」


要するに、ろくな才能もない輩の悪巧みにいいように使われてしまった、ということになる。

あんな文机の裏に隠しただけのずさんな素人の術だとしても、そこに本物の魔眼があったのだから上手くいってしまったのだろう。


「もう一度言うが、これは私の単なる想像、妄想でしかない。あまりあてにはするな。物事はこんなに上手くいかないだろうからな」


再び彼に釘を刺すように付け足しておく。

もちろん、彼がそのようなことをする人だとは思っていないが、四季の推理を真に受けて報復を考えるようなことがあってはいけないだろう。


「さて、怪異も落ち着いたようだしそろそろ外の様子を見に行くか。紗雪殿も来てくれるのだろう?」


これでこの話は終いだと切り上げるようにそう言って立ち上がる。


「あ、ああ・・・・・・。だが、俺が頼りになるとは思えんぞ。それでもいいのか」


「大丈夫だ。何も私は紗雪殿に怪異の居場所まで案内しろと言っている訳ではない。ただ、隣に並んで一緒に歩いて、それから少しこの辺りの地理について教えてくれればいい」


四季が紗雪に手を借りたいことは主にそれだ。

怪異は噂話や伝承で人々の間に伝わることでその存在を確かなものにしていく性質がある。

霧の怪異も最近になって現れるようになったということは、その話をする人々がいるというこた。

この近辺の住人や集落がどこにいるのか、どれくらいいるのかが分かればいい。

霧の怪異に攫われたという人のことまで分かれば上々だろうが、今のところはそこまで望まないでおく。


「もう何年も前のことだからあてになるとは思えんのだがなぁ・・・・・・そういえば、あれからどのくらいの時間が経っているのだろうか。元号は変わったか?将軍は何代目だ?」


「元号は変わっていない。将軍は二十七代目だ」


四季の言葉に紗雪は一瞬唖然とする。


「・・・・・・二十七?なんと。俺が外にいた頃は将軍は二十三代だと記憶しているのだが、何人か早死でもしたのか」


「いや、そんなことはない」


早死などないどころか、二十六代目将軍に至っては稀に見るぐらいの長寿だったと言われている。

計算するまでもなく、彼と世間との間には長い時間の隔たりがあることは確かなようだ。


「もうよい・・・・・・これ以上は、知りたくないことに気づいてしまいそうだ」


「紗雪殿は美男であるから爺でも大丈夫だと思うぞ」


「はっはっはっ、口の上手いことだ」


紗雪はそう笑い飛ばすが、四季は本当にそう思っていた。

初対面の時にも思ったが、やはり彼は美男だ。

整った顔立ちに、切れ長の目。

片目は包帯で隠していても、これほどの美形なら世間は放っておかないだろう。


そうして二人で、友人同士のようにたわいもない世間話をして笑いあう。


それから、怪異の気配の消えないうちにここを出て探索に向かうことに。


紗雪は恐る恐るといったように、戸を開く。

そっと踏み出したその一歩が、彼にとってどれほど大きな意味を持つかは言うまでもない。


「さて、往くとするか」



──────────────



未だ外の霧は晴れず、どことなく空気は重く肌寒い。


「こっちは?」


「この道を下れば麓の村につく。怪異噺を広めたのはここの村人だろう」


「ではあちらは?」


「そこは行かない方がいい。地元の人間でも滅多に入らんからな。迷うと引き返せんくなるぞ」


あちらこちらを指さして、あの道はどうだと話を聞く。

長い間外に出ていなかったとはいえ、自然の風景が大きく変わることはないのだから紗雪もしっかり記憶していたようで、やはり彼に頼って正解だった。


「うーむ、まあそう簡単には怪異の手がかりは見つからないものだな」


「俺のこの目を使えば簡単だと思うが」


確かに、彼の包帯の下にある碧色の目を使えば楽だろう。

だが、四季はそれを望んでいないし、彼が魔眼のことを疎んでいるのはその自嘲的な様子を見ていれば分かることだ。


魔眼、とは。

その目で魔を見て、魔を祓い、封じる力のこと。

はるか昔のまだ貴族たちがこの国を治めていたころから存在は確認されてはいるが、詳しいことは分かっていない。

理由としてはやはりその力を持つものが極端に少ないこと。


かつては陰陽師にも魔眼を持つものがいて複数の文献が作られたらしく、その道ならば詳しく知っているのだろうが、四季のような一般人が知り得ることは魔眼は怪異や妖に敵対する力を持つということだけ。

紗雪がもし百花の剣であり、尚且つ魔眼の力を完全に操ることができていれば強いなんてものではない、四季では到底かなわないぐらいの存在になれるだろう。


「いや、それはしないさ。さっきのあの様子を見る限り使い慣れていないんだろう?それに、私は紗雪殿を利用したいわけじゃない。危なくなったらいつでも私を置いて逃げてくれて構わないんだぞ」


「俺がそのようなことをするとでも。四季さんはひどいなぁ。なあに、多少引きこもっていたとはいえ腕には自信がある。気にするな」


「それは本当か?ああでも・・・・・・」


彼がここで眠っていた時に、はだけた着物の隙間から見えた筋肉を思い出す。

腕に自信があるというのは本当のことなのだろう。


「どうした、四季さん」


「いや、何でもない・・・・・・」


ちらちらと胸元を伺っていると当たり前だが怪しまれた。

見た目は麗しい美青年だが、その実強靭な体をしているとなると羨ましくて仕方がない。

四季は小柄なため、どうしても大人からは子供だと思われて嘗められることが多かった。

この怪異の件が終わり、もし彼が今後どうするのかが決まっていないのなら用心棒として雇うのもアリかもしれない、とそんなことを密かに考えてしまう。


しばらく歩いた先に、開けた場所に出る。

この山はさほど高くはなく山の外は霧がないので、麓の村やその先にある町などの景色がよく見えた。


「おお、いい眺めだな」


「あまり昔と変わっていないようだなぁ。俺の生家もまだ生き残っておる。早く潰れればいいものを」


「六條、と言っていたな。家はどこにあるんだ?」


「あの屋敷だ」


紗雪が指で示した先には、遠くに立派な武家屋敷があるのが見える。

あの屋敷が生家ということは、かつての彼は身分の高い存在だったのだろう。

生まれ持った異能と望まないままに与えられた異能により、あの家で何があったのかは彼の口ぶりで大体の想像はついた。


「そうだ。四季さんはどこから来たのか、聞いてもよいかな」


「ああ、朔島の方にある小さな村から来た。二年程前から色々と旅をしてきた。矢神に来たのは今回が初めてだな」


「朔島か・・・・・・。それはまたずいぶんと遠い」


朔島といえばこの矢神からはかなり離れている土地だ。

か弱い少女が刀ひとつでよく矢神まで来たものだと紗雪は思う。


「そうでもないさ。それに、あそこにはもう帰るつもりは無いからな。遠すぎるぐらいでちょうどいい」


どこか寂しげに四季がそう言った、その時。


「・・・・・・四季さん」


「分かっている」


二人は振り向くことなく言葉を交わし、後方から感じる気配に意識を集中させる。

後ろにいるのは一人だけ、足音は抑えているつもりだろうが葉を踏む小さな音が隠しきれていない。

怪異ではないもののこちらの様子をうかがっている怪しいその人物は、もしや山賊の類かもしれない。


そう思い、警戒して鯉口を切る。

だがしかし、聞こえてきたのは予想に反して間抜けな声だった。


「うわぁぁあ!待ってくれ!」


続いて、何かばたばたと物を取り落とす音が。


「・・・・・・あれ?」


「おやおや」


二人が振り返った先には、腰が抜けたように地面にへたりこんだ男がいた。

四季に切り付けられると勘違いしたのだろう、情けなく震えて、助けてくれと繰り返すばかり。

普通の着物に帯刀もしていないところを見ると、山賊ではなく麓の住人のようだ。


「何か御用かな」


「お、俺、怪しい奴じゃねぇんだ。麓の村の藤七って野郎で、人を探していて、あんたたちがいたからついてっただけで・・・・・・」


「人探しか」


こちらは怪異探しをしているので似たようなものだろう。


「あんたたち、女の子を見てねぇか?年頃の若い娘で、縞の着物に長い髪の子だ」


「すまないが見ていないな」


藤七と名乗る彼が取り落とした荷物を拾い渡しながらそう言う。

紗雪も同じように首を横に振った。

ここへ来るまで人とすれ違うことは無かった。

こんな霧の中で彼の言う少女を見ていれば、そうそう忘れることはないだろう。


「そうか・・・・・・やっぱり化け物の仕業なのか。あ、いや、手間をとらせてわるかった」


藤七は落胆したように早々にここを去ろうとするが、今彼が言った言葉を聞き逃さなかった四季が取り逃がすわけがなかった。


「待て、もしやあなたの探している女性の行方に心当たりでもあるのか」


彼は何も答えなかったが、その表情は図星なのが明らかだ。


「霧の怪異、か。実は俺たちもそいつを探しているんだ、良ければ話を聞かせてくれないか」


驚いたような困ったような。

藤七はしばしの間思案すると、おもむろに話をはじめた。


「─────────少し前のことだ。この山に人攫いが出るようになった」






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