母に渡されたへそくりには愛と、母の思惑が詰まっている
お母様が、ニコリと優しく微笑んだ。
「リザ、リザが選んだ人が王になるって決まりがあるだけなのよ。分かる?」
何言ってんの。結婚した相手が王になるってことはさ、私が王妃になるのも決定じゃん。
お母様こそ何言ってんの。
「絶対に誰かを選べなんて、我が家は言われていないわ」
え?
「お、お、お母様、そ、それって……」
お母様が再び、ニコリと笑った。
「全力で逃げてもいいのよ?ただし、北の国の中だけね。侯家の人間は北の国から外へ自由に出られないから、流石にそれは卑怯というもの」
ああ、なんてことなの。
「分かったわ、お母様が言いたいことは……。私、北の国にいって、魔窟に潜ればいいのね!」
魔窟にまで北の国の貴族のボンボンが追いかけてくるわけはない。
見つからないように、魔窟に潜って潜って潰すっ!
「……あら?私、なにか伝え方を間違えたかしら?」
お母様が首を傾げた。
「奥様、使者の方たちが」
侍女が再び声をかけてきた。
「はい、今向かいます。リザ、準備もあるでしょう。3日後に北の国に出発すると使者には伝えます。それまでに準備をしておきなさい。逃亡費用や準備に必要なお金は、私が冒険者時代に稼いだへそくりをあげる」
どさっと、手に十分な重みのある巾着が渡される。
「お母様……」
うるうる。
母の愛を感じるわぁー!
ぐふぐふ。
巾着の口を開けて中を確認する。
「まぁ、しつこく追いかけられているうちに、ほだされてなんだかいい感じになって結婚しようかなって思うこともあるのよ……」
ん?今、なにか言いました?
「じゃぁ、お母様、早速装備をそろえてきます!」
窓を思い切り開いて、ジャーンプ!
「こら、リザ!窓から出入りしちゃだめだって何度言えば!」
いいじゃーん。もう、将来の王妃でもないし、王族入りする予定もなくなったし。
「私の胸に飛び込んでおいで―!」
って、窓の下に、お父様が両手を広げて立ってるとか!
「ぶへっ」
お父様の顔に可愛らしく卒業パーティー用に新調した靴のヒールで着地。
お父様ったら、変な声出してますけど、嬉しそうだから、まぁいいか。
さて。冒険者として必要なものをそろえないと。
いや、まてよ?
逃亡に必要な物?
ん?
使者とともに北の国に入って、私、それからどうなるの?そっから逃亡の必要がある?
冒険者になるってバレてたら、ギルドを見張られたらすぐばれちゃうーの。ちゃうーの。
えーっと、とりあえずギルドカードはここで作る。
北の国に入る。
逃亡する。
変装する。
変装してから魔窟だ!
おっけー、おっけー。
完璧な計画ね!
私ってばてんさぁーい!
あっという間に3日がたち、北の国へと出発した。
むぅー。
走った方が早いんですけど。
めんどくせぇな。
馬車に揺られて、2日。
ケツが痛い。おっと、失礼。乙女がケツだなんて。
「おケツでしたわね」
隣に座っている隣国から派遣された侍女が怪訝な顔をした。
ん?ケツに「お」をつければいいんじゃなかったっけ?シリが正解?おシリだっけ?
ああ、もう何でもいいわ。
あ、そうだ。座ってるから、痛いんだわ。
空気椅子。そう、鍛える時間だと思えばよかったんだわ!
この、揺れに負けずに一瞬たりともぐらつかず、空気椅子を続ける。それを、到着までの間、一睡もせずに続けるなんて。まぁ、なんて素敵な訓練の時間!
うーん、空気椅子だけじゃ、物足りないかしら?ほかに何か鍛えるには……?
ああそうだ。魔法の訓練も同時にしましょう。
えーっと、感知系くらいかしら、今できるのは。
このあたりに魔の物が、どれくらいいるのか……っていうのは、魔窟でもないんだからほいほい魔の物がいるわけないし。
仕方がない。人間で感知能力を鍛えよう。人間って、魔の物より魔力が貧弱な人が多くて、訓練にはもってこいよね。