能力開花 その5
すごくすごく遅くなりました。
2018年10月初旬
ここは加護学園。幼稚舎から大学まで揃った滋賀県有数の学園である。
この学園には高等部職員室の隣に『自習室』という部屋がある。名前の通り、勉強熱心な生徒が先生に教えを乞うための場所として設置された教室なのだが、実態は遅刻や成績不振、校則違反などを起こした生徒が担任や生徒指導部長などから詰られ、怒鳴られ、反省文を書かされる部屋と化し、生徒たちの間でこっそり『拷問室』と呼ばれている。
その自習室では、今現在4人の女生徒が長机の一辺に並んで座っている。
「クソっ。今日絶対ターナーに質問してやろうと思っていたのに。」
「ターナーすぐかえるもんな」
一番使わないという不名誉な理由で選ばれ、簪代わりにされた緑のペンで纏めた深い闇のような髪をかきむしりった恋実が数学の参考書を自己採点しつつ、そう毒づく。手元の参考書には質問箇所を示す大量の付箋がびっしりとついている。
ターナーとは9組担任で数学教師の棚橋武蔵のことである。大柄な体格にしかめっ面な反面、穏やかで滅多なことでは怒らない64歳定年間近のおじいちゃん先生なのだが、彼の特筆すべきなところはブラック会社よろしく、多くの先生が職員室で21時頃までサービス残業している中、授業やホームルームが終わるとすぐに帰ることである。それも年を感じさせないほど俊敏に。そのため受験本番が近くなると棚橋先生に質問をしたい学生が、彼を捕まえるために参考書とペンを握り、下駄箱や駅にダッシュする光景がよくみられる。
そんな棚橋を恋実は3日連続で捕獲できずにいるのだ。
「まちかすうがくよりかがくのコウギききたかった」
「真千佳、化学が二次試験で一番配点高かったからな。」
机に伏せた状態で細い金縁の丸眼鏡を細い指で押し上げながら真千佳が明日小テストを控えている古典の単語帳を眺める。ただただ眺めるだけだが。
自称進学校のこの学校の進学クラスである10組は3年生になると7限の授業の後、つまり放課後に1コマ90分の講義2コマの参加が義務づけられている。会話から察するに今日は数学と化学だったらしい。
ではなぜ強制参加の講義に彼女たちが出ていないか。答えは簡単、ホームルームで担任である河合颯に呼び出されたからである。
「なぁなんでよばれたとおもう?マチカはな『卒業式になんかイベントしたいから早く受験終わりそうなお前らで考えろ』やとおもう」
「うちは『クラスの男子が夏休みが過ぎて丸1か月過ぎたのにまだ本気にならないからどうにかしろ』に1票。」
「えーそれもうマチカらでどうにかできるモンダイじゃなくない?」
「真剣でそれ。」
「ていうかおそくない?もう1ジカンハンたったで」
「うわほんまや。数学の講義が終わった。嗚呼、ターナーが帰っていく音が聞こえる・・・。」
「きょうも、のがしたな」
「クソっ、担任遅すぎ。何時来んねん。しばらく来んならターナー追いかけるぞ。」
「やめとき。もしきたらころされんで」
「ねえぇ」
「なんで二人はそんなに落ち着いてるの~?」
青い顔をした鞠子が信じられない、と二人を見る。横にいる巴月も緊張しているのか顔が強張っていて一応、と持ってこられた参考書も開かれていない。
真千佳と恋実がお互いに目を見合わせる。
「なぜって、なあ」
「慣れてるからな。」
恋実学級委員としてクラスに問題が起こった時、真千佳は国語、特に古文の成績で幾度となく呼び出されている。
「こんなん慣れたくないわぁ」
巴月がため息とともに呟く。
「悪い。遅くなった」
口ではそう言いながら全く悪いと思っていない顔で担任である河合颯が颯爽と入室してきた。その手には何やら大量の書類と布袋がある。彼は彼女たちの対面になるような位置に座り、長い足と腕を組み、その長身を背もたれに預けた。
「いえいえ、我々もいい自習の時間を過ごすことができました。」
さっきまでの悪態はどこへやら、恋実が愛想笑いの仮面を被り、優等生然とする。
「せんせいマチカカガクのコウギうけたいんですけど」
口をとがらせながら真千佳が早く終わらせろと暗に言う。
「受けなくていいぞ。お前ら大学どのみちいけないから」
「は?」
沈黙。
恋実は先ほどの微笑みがすとんと消え、真顔になる。真千佳は眼を瞬き、他二人は言われたことに対することなのか、恋実の態度のなのか、顔が青ざめ、小刻みに震えている、
「C'est une blague, j'ai raison?」
「違う」
「大学がいけないというのは?志望校が実力に見合っていないから下げろということですか?模試の判定では十分射程圏なⅰ「違う」・・・ではどういう意味で?」
「恐らくどこの大学も専門学校も入れない」
「先生ぃ、冗談ですよねぇ?」
恋実は睨みつけ、真千佳は放心状態。鞠子は泣きそうになり、巴月は縋るような目をしていた。葉好きの言葉はそうであってほしいという4人の思いであった。
「この時期にこんな冗談つくほど俺は暇じゃない。」
ふぅと河合が小さくため息をつき、それぞれの前に茶封筒が無造作に置かれた。封筒の表には各々の名前が記載されていた。
「これはお前らの能力開花の結果だ」
話がいきなり変わったことにある者は訝しみ、ある者は眼を瞬く。能力開花の話は夏季休暇中の発表で自分たちに何もコンタクトが中っtあ時点でもう何にも関係ないと考えていたからである。
「え~、わたしたちって能力ナシだったはずじゃ・・・」
「俺もそう思っていたよ。見てみろ」
それぞれが封筒を覗き込み、書類をめくる。パラリ、パラリとただ書類をめくる音が自習室に響く。皆、無言だ。最初にそれを見つけたのは恋実であったようだ。彼女の手元の紙がグシャリと音を立てる。目は見開かれている。
「能力:白虎?ランク:白金!?」
「私は玄武でランク一緒やねんけどぉ」
「わたしは朱雀・・・」
「これなんてよむの?あおりゅう?」
「おい、真千佳お前それ青龍やろ?!」
「そう、おめでとう。お前ら白金。」
「いやいや、白金って一千万人に一人なんでしょうぅ?4人同時にって今まであったんですかぁ?」
「担当者に聞いたが確認できている事例で世界的に初らしい」
「「「「はぁ?!」」」」
4人が吠えた。
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「分かりました。まあまあの異常事態なのは分かりました。」
混乱が収まり、4人が落ち着きを取り戻し始めた頃、恋実が切り出す。
「でもそれがうちらの受験になんの関係があるんです?」