日本ではなかなか罰しにくい!
あーDeNAまけちゃったかー。どもーせみころーんさんですーととととととてててて。
DeNAに加えてオリックスも勝てないので野球の話がしにくいですね。
きょうは「大人数の集まりを禁じたいなら法律でも作れば」ってのを三浦瑠麗さんが提起したことですね。
実はもうこれに近い法律ならシンガポールや中国にあります。
国家反逆罪ってやつです。
反逆罪ってのは、すらあっーしゅさんみたいに「マゼピン!」と人を揶揄しようものなら「無礼者」と一刀両断にできる法律です。
1940年代の日本がこれに近いことをたくさんやっていました。
でー、日本が戦争に負けたものですから、国家反逆罪の施行を当分禁止するようにマッカーサー司令官に言われちゃったんですよねえ。
1940年代といえば、日本の田舎はともかくとして、地方にすら道路がなかったそうですからね。
ほんとですよ。当時の写真が残ってます。道路がないもんですから、みんな駅周辺は無断で駐車してましたとかそんなのです。
日本の地方にしっかり道路があるとかいうのは、パーキングメーターが1980年代ににょきっと乱立した時ですよ。
昔あんなもんなかったんです、といってもいまのなろうの読者はわからないでしょ。
ここのイ・セカイですら、パーキングメーターがあって、獣人がちゃんと毎日集金に来るとかありますよね。
昔の日本にそんなのありません。止めたもん勝ちでした。
1970年代に東京に出現、1980年代に地方に出現ですから、ちょうど10年遅れ。
となると、遅れた人たちは「止めたっていいだろう!」というならず者が、残るということです。
皆さんも感がいい人はお判りでしょう。「大人数の集まり」がなぜできるのかは。
今の東京はねっからねっこの東京人ってのは少なくなっていて、上京民ですよね。
上京民ってことは、もとは田舎者でしょう。
もとは田舎者なら、そりゃあ騒ぐよねえってことなんですよ。
私学の中学や高校でも、生徒よりも保護者の私語が大きくなったという報告が寄せられるようになったのは1990年代です。
「そんなもん都市伝説や!」とすらあっーしゅさんは断言。私もまあありえないよねーとかいってたらですね。ゴウモエラーところーんさんが「じ、じつは…」と沈痛な表情で、きました。
なかなか直らないんです。
法律がないので、ついしゃべっちゃう。
それも母親がね。
加えて、上級国民ですので、なかなか介入しにくいんですよ。
お金持ってるとお客様でしょ。
お客様に逆らうなってことになるんですよね。
日本のジェンダーギャップが156カ国中120位といわれても、まず「女子のおしゃべりをなんとかする」ことが問題ではないでしょうか?
こういうことに世界は触れてくれません。
いくら「アイスランドがジェンダーギャップゼロ」といわれましても、最もパナマ文書でやり玉に挙げられた国のどこが参考になるのでしょうか。
どうやら、地球の皆さんは、戦争が全くないので、人が罰しにくくなったってのはあるんじゃないでしょうか。
個々のイ・セカイはですね、ちゃんと警邏にリザードマンがいるんですが、リザードマンの方々も「地球の人達ってのは戦争もなあんもないけど、どこでうっぷん晴らしするの?」と懐疑的です。
かつて先進国が核兵器をせっせと作っていたころは、ジェンダーギャップがどうとかそんなの一回も言ってませんからね。
口実を作っていびりたいってのはありますよねえ。
意外にもそれが白人の本音かも。
しかし、もう白人の思い通りにはならなくなっています。
中国は巨大な工場ですし、「しずえさん」といえば世界中で通用する時代になってしまいました。
中国共産党の方々も、子供がみんな日本のアニメを視聴するのでなんとかしてほしい、と日本の閣僚に訴えるのだそうです。
ころーんさんは、バナナのシェーキとバナナのお徳用チップスを用意しながら「人が罰しにくい社会だと、レッスン業も成立しにくいね」って。
これはありますねー!
なんてたって私とすらあっーしゅさんは、札付きのピアノ男子でしたからね。
にくったらしい顔つきでレッスン室へやってくる。すらあっーしゅさんが、「クレメンティは和声的に単純でおもんない」とかいうと受け持ちの教員が「やめなさいっ!」とかねえ。
こういうにくったらしい奴ほど続くんですよ。先生の言うことをはいはいって人はやめてしまいます。
そういうの伝統だったんですよ。
けれどもね。
もう先進国もイ・セカイも、争いらしい争いがないと、この先どうなるのかってのあるんですよ。
インターネット社会では、「ほうらみろ!日本のジェンダーギャップが!」とかやっても逆効果でしょう。
そういう社会で、「よし夜間外出禁止ね!」って、日本人が言うかってことですよね。
中国人や韓国人や北朝鮮人も、20年前に比べれば本当に物腰は柔らかくなりました。お金のせいですね。よかったね。
けれども、そうやって財布が厚くなってしまうとですね、誰も何も言わない社会になるんですよ。これは20世紀には予想できなかったんです。




