最近のオタクは難解な作品から逃避している?
えーっと、この話題も9人が殺到してしまって、くおてしょんさんが「にゃーんっ!」とかすっごいうるさかったんですけど、諸事情によりわたしが担当することになりました。最近の現代音楽ってやさしいよねーって感触しか残らないころころころーっところーんさんです。
きょうは、せみころーんさんはお隣にはいません。誰もいませんし、来客の予定もありません。
わたしも、かつては腐女子でしたが、せみころーんさんと一緒に住む前に大量にグッズを売却してしまいました。
そうこうしていたら、もうオタクの主流は50代なんですよねえ。
日本なら、もう50をまわると、子供が1-2人いて、中学が青チャートから普通のチャート式になった、とかそんな会話をする頃じゃないでしょうか?
今の子供って、すっごい至れり尽くせりでしょう。こうまで中学数学や高校数学を子供に配慮しちゃうと、大学に入って大丈夫かしらと思うのです。
つまり、学校に行って、躓くことってのが、あんまり、ないんじゃないかなと。
わたしは、ふつーの進学校からイ・セカイの音楽院に進んだんですが、女子だからって数学を手加減してくれたことはありません。
ゴウモエラーは半泣きになって数学の宿題を解いていたのだそうです。わたしは半泣きになることはありませんでしたが、「こんなの女子が解くことって想定してないよねえ」と思うことも多かったんです。
そうこうしていたら、このイ・セカイにも、FMでいっぱいニュースが入ってきて、話題を集めたのが今の子は昔の問題がもう解けないという話でした。
この話題に獣人や亜人の食いつきはよかったですよねえ。「ほうらみろ!日本人は俺ら以下!」とかそんなにうれしがる必要があるのかとおもうほどにっこにこの獣人さんと切り株チェスをやってました。
どうして解けないのかというと、誘導が少なくて、今の指導要領を逸脱しちゃうんだそうです。
オタクの主戦力は、なんと高校1年生で平面ベクトルを出題されていたのですが、2025年からは高校3年生からです。
あまりにもひどすぎるという声が上がり、共通テストには出題されるみたいですが、文系の必修範囲からは外れます。
わたしは、「オタク文化は教育の歪みから生まれた」と思ってまーす。
もちろん、すらあっーしゅさんは怒るでしょう。
あぽすとろーふさんは「なるほど」って。
教育に歪みがなければ、オタク文化は生まれてないと思うんですよね。
わたしがグッズを売却した時の話なんですが、いつ売却しました?ってのは女性同士で話題になりました。
いちばん多かったのが「彼氏ができた」って。
そのつぎが「難解であることを面白いと思えなくなる」からって。
これは厳密には老化っていうんじゃないかなと思うんですが、「難解であることはわかる、けれどもそれを面白がれない」と。
これは西洋音楽史や西洋美術史の流行の変遷と似てるんですよね。
いくら完璧な理論が産出されても「あきた」「つまんね」で、次に進むんですよ。
しかし、日本の場合は、ちょっとちがいます。
日本社会は本当に女子にやさしくなりました。
それは大学にいっぱい入ってほしいからです。もう地方国公立のいくつかの学部は2.0倍を切る可能性があります。名古屋大学の倍率が、2.1すれすれになるころに一悶着あると思ってます。
こうまで女子にやさしくなると、現代視覚文化はどうなるでしょうか?
お気づきの読者はもういらっしゃるでしょう。中学生以下の女子ならすぐわかりますよね?難しく設計したら売れないし、読んでくれません。
この変化に50代の女性オタクは気が付いているのです。
女子が声を上げると、世間はどんどん配慮してくれるのです!
これはわたしも「配慮するのは結構だが、難易度まで下げちゃうとおかしなことになっちゃわない?」と不安です。
裏をひっくり返せば「男子が声を上げても、世間は配慮してくれない」ってことなのです。
これはもと腐女子のわたしでもわかります。立派に男子差別です。
どうして差別していたのかというと、1学年200万人もいて、厄介だったというのが本音でしょう。
こうしちゃうと、「難解に設計された男子向けの娯楽」はどんどんつまらなくなってしまいます。
ほら。
現代音楽って、1990年代の日本は、難解に設計された男子向けの娯楽からちょっとづつかわってったでしょ。
せみころーんさんは、難解に設計された男子向けの娯楽のころの現代音楽をよく知ってました。
でもね。
それって、いま、どこのコンサートホールで上演されてます?
ぜんぜんでしょ。
ヨーロッパでもほとんどかかってない。ヘンリク・グレツキさんだって、あぽすとろーふさんのレクチャーでやってた頃の作風のほうがおもしろいのに、だれも聴きません。
ヨーロッパだって、難解に設計するとつまらないって言われちゃってたんです。
それを30年遅れで日本は忠実に模倣してたんですよ。
わたしの感覚でも、1960年代の作品をありがたがる女子っているんだろうかって、本気で考えちゃうんですよねえ。
だってね、31段の楽譜ばっかり読んでると、それ以上の段数の楽譜なんて「えー」って感じでしょ。
規格化されたほうを、オタクは、ありがたがってしまうんです。集団主義ですからね。
吹奏楽や合唱に、日本人が群がる意味はこれでお分かりかと思います。きれいにしめられたのでお茶を飲んできます。




