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映画を舞台にすると、なんとなーく、あまーいもっさり感があるんだよねえ。

なんでも素早い解決でさっさとせみころーんさんを置き去りにするころころころーっところーんさんです。


本日は、ジブリ映画が苦手のせみころーんさんに代わって、わたしの担当です。


『千と千尋の神隠し』をですね、舞台にすると。


映画を舞台にする。


収益は間違いがないでしょう。大量のジブリファンがいきなりやめるということも確率として、ほぼありません。


でもですね。


漫画が舞台になってももっさり。映画が舞台になってももっさり。


これ、インターネットがないころから言われてるんですよね。


千と千尋の神隠しを舞台にしたとしてですね、この後期宮崎の問題作を、どうやって舞台にするのかがわからないんですよ。


かつて、『アドルフに告ぐ』なんかも舞台になりましたし、商業作品を舞台にすることは、そんなに難しくありません。


けれどもですね。


宮崎作品は、マニアならもうすでに知っていると思いますのでわたしがいうことでもないんですが。


「大量の、お食事の描写」というのがございます。


わたしも料理の腕はゴウモエラーと競い合ったくらいですから、そんなにまずいものは作らないのですが、私から見てもあの「ごちそう」の数々には目を見張ってきました。


『天空の城ラピュタ』が宮崎アニメのお食事描写の典型例です。


それがですね。


千と千尋に至っては、ものすごい過激な解決を行っているのです。


「千と千尋は大して面白くない映画だったが、あの食事の描写は日本映画史上特筆するべきもので、カリオストロの城のミートボールスパゲッティを超えた」って、あぽすとろーふさんもいってました。


わたしは、これ、ルネ・クレマンさんの映画『太陽がいっぱい』などで見られるような、クライム映画に追い付け追い越せだったのかなあ、なんておもっちゃたりします。


またレトロ互換機でぴこぴこじょーんどっかーんとゲームに興じているせみころーんさんは「勘繰りすぎ」「そこまで考えてないって」といいますが。


わたしの目には、日本映画も、日本美術や日本音楽と同様に、追いつけ追い越せの連続だったと思うのです。


例えば、エイゼンシュテインがポチョムキンの階段をやると。


クレマンだって、『太陽がいっぱい』でも、チキンをがっつりがっつりと食するシーンとか、いくつかの食事のシーンのインサートがよく言及されるじゃないですか。


あれ。


え?なろうの読者には高度すぎるから、レヴェルを落とせと?


そんなことありませんよ、せみころーんさん!


映画ってハイレヴェルの娯楽のように思われてるけど、そんなことまったくありません。今やみんなでnetflixです。見る人が少ないことを自慢して、評論家が勝手にいってるだけです。きにしないほうがいいとおもいます。


もとにもどして、と。


『太陽がいっぱい』の食事のシーンですよね。わたしも、見返して、「あー、なるほどー、こうやって食事のシーンを入れることで、主人公の心の追い詰められ方が実にクリアにわかると、なるほどーなるほどー」と感心したのです。


かーんまくんは、これを小学生高学年の時に見て「わからなかった」そうですが、どっーとくんは「・・そっかあ・・・なあるほどお」と達観したみたいです。


どっーとくんは早熟です。


でですね。


ああやって『太陽がいっぱい』を封切ったのが1960年です。


まだまだ日本は貧しかったでしょう。


いくら宮崎駿といえども、1960年代の貧困は身にしみてわかっていることだと思います。海外はほんとに素晴らしい映画をいっぱい撮ると。僕も追いつけ追い越せじゃないといけないと。


そう思うのが人情でしょう。


まだまだ日本は孤立した極貧島国で、誰にも相手にされていなかったのです。


なので、『千と千尋の神隠し』の冒頭部分で食事のシーンを入れ、「やったぞ!クレマン越えだ!やったぞ!」ってのはあるとおもうんですよ。


この食事のシーンを、どうやって舞台にするのかと。


あれはアニメでのみ達成可能な描写でございまして、舞台ではどうにも不可能でしょう。


なので、映画を見ていることが前提の観客だけが足を運ぶことになり、最初から舞台を見た人は何が何だかわからない可能性があるんですよ。


これ、オペラでは絶対やっちゃいけないことなんですよ。


オペラも、初演の時は、誰が何をするのかが全く分からないはずです。ラッヘンマンさんの『マッチ売りの少女』だって、実は初演バージョンでは『...二つの感情...』ってのをそのまんまつかってしまい、いきなり「おいヘルムート!手抜きすんなよ!」の罵声の嵐でした。


こういうことに厳しいんですよ。


結局ラッヘンマンさんはあんまり酷評されたのか、申し訳なく思ったのか、『...二つの感情...』の部分は完全に書き換えられてしまいまして、ナレーターはご本人が務めることになりました。責任を取ったということでしょうか?


なので、ただでさえスローモーな舞台作品に、スピードが命の映画作品をどう置き換えるのかは謎で、『千と千尋の神隠し』の舞台版は、ちんたらちんたらと後期高齢者向けの作品になるんだろうなあと予想しています。

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