「自分を守るん、友達守るん」の「ん」って何?
へえ。ニュースソースですけどねえ。どもーせみころーんさんですーととととととととってて。
ころーんさんは「ずいぶんと久しぶりの見出しだね」って。
そうです。
地球に存在する日本のニュース。
ここ数年、方言が前面に出る見出しってのはあまり見たことがありません。
見出しではないですが、あおり運転の「言われたらこっちもカチンとくるけん」事件がありましたよね。
もうけっこうたつね。
あれも「ああ・・また方言だよ…」って。
方言使いイコール悪者イコール馬鹿。
この方程式を、世間が強く恐れるようになってきたのです。
この一連の福山の逮捕劇も、この「自分を守るん」という訛りを強く意識した見出しでしょう。
もうさ、訛ったら犯罪者って流れなんですよね。
ほら、例えばですね、朝日作曲賞って合唱と吹奏楽でしょ。
日本民謡で訛りを出すような作風の方がたまにいらっしゃいますよね。たまに。
で。
あの訛りが、若い世代ほど敬遠されているそうです。
どうしてそうなっちゃうのかというと、どこの日本の高校生も、今となっては、みんな同じようなライフスタイルなんですよね。
となると、訛りは絶対に損なんですよ。
得することがなんもないの。なーんも。
激すると訛ってしまいます。すみません。
絶対に損なら、最初からいらんかったんや!って流れになるのは当たり前で、最初から覚えないわけですよ。
オタク文化の隆盛も、これと密接につながってるんですよ。
どこもかしこも似たような異世界と言われますけど、これは日本人に強く存在する「文化の平等化」からきているんですよ。
これは地方都市に住めばすぐわかるんです。
例えば、地方都市に住んでいても、ラジオやテレビで報道というものがあるでしょう。
となると、能力のある人物がスクープされて報道されるじゃないですか。
ところがね、地方都市や田舎だとスクープされる人物なんてほぼゼロになっちゃうでしょ。
腹が立ってくるのが人情ですよ。
腹が立った人は、文化の平等化を求めて東京か首都圏までやってくるわけですね。
これは19世紀までのヨーロッパとは対照的です。
なんでかって?
ほれ。フランツ・リストの「ハンガリー狂詩曲」って、ハンガリーってついてますやん。
ハンガリー訛りですよと。
フレデリック・ショパンの「マズルカ」って、思い切りポーランドですよね。
ポーランド訛りですよと。
ヨハン・ゼバスチャン・バッハの「イギリス組曲」ってのも「イギリス」ですよね。
あれは私は深く分析したわけではないのですが、一部イギリスの音楽文化の後進性をくどく強調した曲があると、あの、あぽすとろーふさんから聞き、あとで楽譜見ましたが、あーこれなのかなってのがあるんです。
探してみてください。バッハのイギリス組曲です。
「彡/(^)(^)<こいつ訛っとるで!」ってのは表現者のネタなんですよ。
けれども。
日本では、この種の訛りは99%忌避されています。
ここがヨーロッパと日本との違いなのです。
テクノだって、自国の習慣や風習を曲に織り込んでいく傾向があるでしょう。
オランダならサッカーですからね。
でも、日本は、この土地からやってきたというのが執拗に忌避されていくのです。
どうも、2020年代の大学生だと、18歳で上京して悔しくなるってのがあるらしいですね。私やころーんさんの周囲でも、似たような悔しさが顔に出ている人はいました。いたのは事実です。
でも、27歳ごろになってまで悔しいって人はあんまりいないと思います。日本だろうがイセカイだろうが、誰もが通るんだから心配はいらないです。
ただ。
イ・セカイと日本では決定的な差があります。
ここのイ・セカイでは、訛ってようが悪者ってことは、ないですよ。
獣人や亜人の言語のスペクトルは広いので、通じればいいんですよ。そのため、勝手に訛るんですよね。
訛るもんですから、とにかく通じることが前提で、ほかはどうでもいいやってのがここのイ・セカイです。
日本ではこれが通じないんです。
訛ったら、負けという社会なんですよね。
なので、異世界転生物が全部似たような設定で似たようなキャラが出てくるというのは、これに起因しているんですよね。
しかも、みんな似通り過ぎていることを苦とも思わないでしょ。
ここなんですよ!
これが日本なんですよ。
こういう均質化がうまい土地では、セントレアって空港作ったらびっくりするほど建物の中は快適か知らんけど、空港飯は・・ってのも正当性があるんですよ。
均質化してしまって、なんとも言えないものができる。個性が剥奪されてしまっているので、個性的にふるまうことを最初から忘れている。
これ、北朝鮮と一緒でしょ。
2050年代に入って北朝鮮が崩壊したとき、日本も強く北朝鮮人の性格と似てくるような気がします。
とはいっても、教育の問題ですよ。
かつてのヨーロッパも教育は19世紀はまだパワハラ指導ですからね。あれがまだ残ってると考えればいいだけで。
ころーんさんは「日本みたいに、知能は高くとも個性的にふるまえない国は、今後21世紀に苦戦するかもしれない」って言うんですよね。
20世紀ではこういう民族のほうが確実に強かった。
けれども21世紀では、それはうまくいかないと。
一理ありますね。あ、いま「一理ありますねえっ」と訛りかけてしまいました。すみません。




