なるほどなあ。人生才能なんだろうかなあ。
Mithatcan Öcalおめでとうございまーすとてててざぶーん!どーもーせみころーんさんです。
昨日知ったんですよこれ。
Hindemith-Preis
で、いけますよ。
Mithatcan Öcalが28歳の若さで、ヒンデミット賞を受賞したって。
すごいでしょ。
まだ28ですよ。
もうこの調子だと、10年後にオペラとかやってしまって、ヘルツキーみたいに誰も知らない人はいない、そして彼は教授になったとか、いろんな話があるんでしょうねえ。
イ・セカイでもこの話でもちきりですよ。もう、信じられないトルコ人の天才がいると。彼は修士も博士もない。ヴァイオリン科を2年やって、途中でやめて作曲科に移り、ほぼ独学に近い学び方であると。
それがどうしてここまで、世界を完全に手にする朝青龍レヴェルの天才になってしまったかって。
14年も留学させちゃう韓国人や日本人はこの人の音楽をもっと聴くべきですよね。
どうしてこうなるのかと。
ころーんさんも「当然の結果なので特にコメントがない」と。すらあっーしゅさんも「そらそやろ」って。そっけないなあ。
彼の音楽については、日を改めて論じてみたいと思うんですが、とにかくパワフル。
弱音でも魅力的な音色だし、とにかく強音でも割れない。聞いてて楽しい。
次から次へと襲い掛かる。こうも絡みつく音ってのも聞いたことがないし、アジア系でここまで思考できるタイプってのは前例がないんですよね。
Parachesis IIってピアノ曲があってね。
これがVerlag Neue Musik Berlinから出てるの。
でねえ。
これをころーんさんに、見せたんですよ。
そしたらさあ。
「21そこいらでこれができるのなら本物じゃないの?」「早熟というにはちょっと」「何かが違う」だって。
私はこの人は、音が絶対に曇らないってのが、わかってやってるのがすごいと。
ああやって書いたらね、まぁピアノという楽器の性能上指の運び方で不明瞭にならざるを得ないでしょ。ところが、綺麗に全部出てくるんですよ。
「こういうのが本当は、国際ピアノコンクールの課題曲にならないといけない」「かつてのブゾーニ国際はこういう曲でも平気で課題にしていた」「いまはもうできない」
そうですよねえ。
かつては、あんな真っ黒けでも学生にやらせていた時代があったんですよ。
で、さぼると留年だったんです。
ところが、演奏家の時代に入ると、あんなのやめさせろって声が大きくなって、日本ではなくなっちゃいました。
民主主義の暴力ですよねー。
Mithatcan Öcalの音楽には、大きな希望があるなと思うんですよ。
Üngüjinとか聞いてても、19歳でこの世界に飛び込むってすぐわかるでしょ。
ベンャミン・ショイアーが20そこいらで出てきた時も同じことを思ったんですよねえ。
こういうのって、教育や運や努力で何とかなるんだろうかって。
よく日本の人は、お金が大事とか、階層が大事とか、いろんなことを言うんですよ。
そりゃブゾーニ国際で、日本勢は全敗してますし、文句が飛ぶのはよくわかります。
でもさあ。
でもさあ。
これだけ力強い曲を書いて、次々と海外の作曲賞を制し、ヒンデミット賞まで28歳の若さで乗り込んでくるなんてことが、今の日本人に可能でしょうか。
やっぱりさあ、努力の質そのものが、違っているのではないのかと。
質そのものが違っているので、会話にならないんですよね。
それもそのはずです。いま、YCMやGAUDEAMUSのような作曲賞を、論じる音楽雑誌が日本のどこにもないのです。
DARMSTADTの報告すら日本で出版ができません。
これは驚くべきことです。
最先端の情報は落ちているのに、誰も日本人が拾わないのです。
なぜこうなってしまうのでしょうか。
私は仮説を提示しておりまして、「日本人は実力の差を見せつけられると、逃げる」ってのがあるんですよね。
これ、今の中国人やミャンマー人もそうなんだそうです。
真剣勝負をして、勝敗が付きますよね。
もう逃げちゃうんですよ。
逃げずにやる人が実に少ない。
逃げずにやれば、誰もがこうなれるチャンスはあるのです。
でも、そこからたいていの日本人はすぐ逃げるんですよね。
これが私にはわからないんですよ。
逃げずに勝負すればいいじゃんって。
なんでできないのだろうかと。
都民がもう田舎者だらけになっているってのも関係があるかもしれませんね。
都に住んでても正体は田舎者ってケースもあります。
そういう人たちは、外面上は都民に見えます。
けれども、かーんまくんみたいな人が「(*^◯^*,)<べりっ!」とかやって上のヴェールを剥がしちゃうと、そこには「いなかもの」って書いてあるんです。
日本は均質になりすぎてしまって、なにもできなくなってしまってるんです。
しかも、大学院の進学率すら上がらない。
増える比率は大学生ばかり。
日本人の大好きな中庸化では、この人の努力や根性は絶対に理解できないでしょう。




