ニンテンドーの携帯機から「うっせえわ」ねえ…
時代も変わりましたねえ。どーもーせみころーんさんですーととととててて。
朝ごはんのグラノーラとヨーグルトを食べ終わったばかりのころーんさんは「別に大してエントリにすることではないだろうに」と言ってますけどやります。
うっせえわ。
ニンテンドーの携帯機から音楽を知って、面白がって飛びつき、作曲をする。
いいことじゃないですか。
30年前は作曲って、特権階級の仕事でしたよ。
ほんとですよ。
ほんとですって!ころーんさん。そうじゃなければ、すらあっーしゅさんはあんなキモイ音感の作曲家になりませんよ。
あの、1/8音で「にゃーん!」って音。ほんと怖いわ。あんなもん実演で聞いたらブルーになりますよ。入場料を取って、開始一音目が「にゃーん!」だったらどうしますよ。
どうして、あんな「にゃーん!」が生まれたかわかりますか?
私もそうですが、ピアノ男子だった私とすらあっーしゅさんは、古いタイプの前衛作曲家がアイドルだったんですっ。
もう、ころーんさんが「図書館の書庫で見た」レヴェルの古い教科書で、何とか勉強できたのが私とすらあっーしゅさんでした。
前衛が是であったころ。
そのころは、まだまだ作曲をするには、道のりが遠かったんです。
坂本龍一さんはドビュッシーの弦楽四重奏曲全曲をピアノソロに直し、暗譜できるようになるまで弾き込んだそうです。
富裕層であろうが、貧困層であろうが、作曲する困難はバブル期の日本ですら横たわり、なかなか改善しませんでした。
和声法と対位法と、楽式論を抑えないといけない。それだけでもものすごい時間がかかります。簡単におぼわらないのが難点でしょう。
すぐ聴きとって耳コピ、なんてできるのは、ほんとに一部の人だけだったんです。作曲科と指揮科はできるのですが、ピアノ科でこれができるひとは少なかったそうです。
それがですね、作曲が一部の人の特権から、みんなの共有作業に変わってきたんです。
それは単純にソースやテクスチャーをコピペしてしまえば書けるということだったんですが、そのコピペはかつては10円コピーでじこじこじーだったのが、キーボードの操作になってしまったのです。
一旦なってしまったらもう変えることはできません。元に戻れないのです。変わるのが許せない人は「にゃーん!」って音を作って遊びます。世代間断絶が起きたのです。
このAdoさんは、年齢を公開されてるので言いますが、2002年に出生されたそうじゃないですか。
21世紀生まれは、もう、音楽を勉強したり、蓄積したりといった苦痛は、もう、何もないんですよ。
ないんだったらですね、もう、ないままでつくっちゃっていーじゃんってことになりかねないんですよ。
あたまぽかぽかするのやめてください。ころーんさん。
ぽかぽかしたって変わらないんですよ。もう伝統的にピアノや作曲を習ってどうのという時代が、私の世代で終わりそうなんです。
もちろん、ころーんさんみたく、すっごいピアノがうまいって人も、必要なので残っていくでしょう。
けれども。
それと対極で、ミキシングも音圧もひたすらに「ショボい」音楽が強く意思表示をするというのは自明の論理でしょう。
これは3管編成が16型だったのが14になって、12になって、挙句の果てには10以下でやってるなんてことをやるからですよ。
おかねがないんです。
それなのに、田中将大が9億円で日本に出戻り、松坂大輔はまだ2000万で更新、まだやめない斎藤佑樹…
こういう世の中だと、「うっせえわ」の一言くらい10代の若者から出てくるのが当たり前でしょう。
Adoさんみたいな人がいるかぎり、人間は恋をし、歌を作ることをやめないでしょう。
こういう時代が終わるとかいう予想もたてられてますが、終わりそうにありません。
人間の欲望がそんなに簡単に枯れることはないんですって。
イーゴリ・ストラヴィンスキーは、「ショボい」音楽の到来に、積極的に賛辞を飛ばしていたのではないのかなーとおもってですね、自分の家からすっごいむかしのLPを持ってきました。
よいしょっと。
ころーんさん、LPってもう使わないでしょ。私は使ってたんですよ。
ここにあるLPはね、ストラヴィンスキーがクラフトに振らせたレクイエム・カンティクルです。
ちょっと聞いてみましょうかね。
かた、うぃぃぃーん、、、、
ばちっ、、、。
どうです?
ころーんさん、これ、そんなに評価してないんだよね。そりゃそうだよ。この演奏はダメ。
ほんとに、なにもわかってないよね。これが当時の演奏家のレヴェルです。
はっはっは!そりゃこんなの聞いたらむかつきますよ。
ちゃんとした、誠実な演奏家の手で演奏されたら名作なんですよ。
私がまだ学生時代、衝撃を受けたのは、EXAUDIなんですよ。
この枯れ切ってしまった「ショボさ」。
すらあっーしゅさんは「あのストラヴィンスキーが、ここまで枯れてしまったのはよい教訓になる」とえらっそーですね。
ゴウモエラーはEXAUDIみたいにきれいにいくと、無調でもなんとかオーケーらしいんですよね。
アムパサンドさんは「ストラヴィンスキーの後期には、熱狂的なファンがいるが、それは一部に過ぎない」と。
もっと良い演奏がないのかと思いますよ。
意図した「ショボさ」ってのは、ストラヴィンスキーが元祖で、彼は「兵士の物語」でも「ショボさ」ってのをやってますが、こっちは私は好きではありません。
「ショボい」のが嫌いな人にはお勧めしません。




