「おうちでじっくり遊べる」ボードゲーム←負けたらストレスたまりますやん。
はいはい。ゲームの才能がなんもなくても、レトロの互換機だけは手放さないせみころーんさんですーどもーとととて。
ゲームって才能ですよね。
一応ころーんさんと一緒に住んでますがね、ころーんさんは、ゲームが得意です。
ちびっこのときに「チェスの女プレイヤーにならないか?ルックスといいお下げでテレビ出演」と言われたら、即「やめてください」と返したらしいんですがね。
得意な人はいいでしょうよ。
でもね。
不得意な人がいます。
9人の語り部も、音楽やってるやつってのは勝負勘とかそういうのない人もいるので、何をやっても負けるってのもいるんですよ。
すらあっーしゅさんも、彼が言うほどにはさほどボードゲームで勝利しているとは思えないですよねー。せいぜい何をやっても指し分けくらいでしょうよ。
どっーとくんが、少々ころーんさんに近くできるか。どっーとくんはあの年で、バックギャモンができるんだよね。
珍しいよね。
で、どっーとくんところーんさんはいいですよ。勝つんだから。
他はねえ。負けるんですよ。
一時期「獣人とのボードゲーム禁止」ってのがありましてね。
獣人は負けるとちゃぶ台返しするから、絶対にボードゲームで遊ばないでください、って。
そんなこと言われてたのに、私は獣人にチェスをよく誘われました。
「やろ!」「せんて」とか片言で言われるんですよね。
自然を是としてるもんですから、木の切り株みたいなのがそのまんま盤になってるの。
駒は自作してたみたいでして、象牙ではなかったですよ。
で、私が負けると、相手がにっこにこで。
日本は日式麻雀のほうが、囲碁や将棋よりはやったといわれますけどそりゃそうですよ。
昔全自動卓がない時なんて、全部手積みでやってたんですよ。
いまもう、なろうの中学生以下の読者は、手積みで麻雀なんかやらないでしょ?将来大学に入ってやるといっても、まあ全自動卓ですよね。
昔は手積みだったんです。しかも、「手積み」の雀卓屋さんってのが、まだイ・セカイにあったのです。
その雀卓屋さんは非常に奇妙でした。
どうやって生計を立てているのだろうと、不思議でしたが、ちゃんと人がやってくるのです。
子供のころは何もわかりませんでしたが、いまはわかりますよ。
やっぱりね、公平なルールで明白に負けちゃうと、「お前は敗者だ」みたいなのが頭につきささっちゃうでしょ。それが嫌なんですよ。
トレーニングマシーンに乗って「だだだだ」とかやってるころーんさんは「負けたからってそんなに落ち込むこともないだろうに」とか言いますけどね、負けた男子は一生ものなんですよ。
そこらへん、負けても向かってくるってのは女子にあるんじゃないの?
それはころーんさんも同意なんですね。
女子は負けても向かってくるんですよ。
だから高校生の時や大学1または2年のときは男子より成績がいいんですよ。
男子は「負けても向かってこない」でしょ。
受け入れちゃうんですよね。
そういう性差ってイ・セカイではそれなりに許容されてきたような気もしますが、日本では許容されてないです。
女子のほうが2年早いので、早いだけ得しますとか、そういうのなんも教えないでしょ。
もしも、生物学的に人類のカリキュラムを設計するのならね、男子と女子でカリキュラムを変えないといけないんですよ。
ころーんさんはねえ、「まったまたご冗談を」とか言いますけどねえ、そりゃあんた勝ったからですってば。
環境下では女子が小学校高学年時に無双しちゃうんですよ。
すらあっーしゅさんは、よく小学校高学年の時に泣いたみたいです。
「指使いをちっとも覚えないすらあっーしゅさんは、上達の見込みがありませんねえ」「うわーん」こればっかり。ちゃんと覚えればいいのに。
あの人は全部自分でつけちゃう人だったんですよね。手の形によっては「ピアノの指使いを覚えない子」ってのも多くいるんですよ。
で、負かされて、イ・セカイの将棋所に行って、嵌め手で勝ち切ってよっしゃーってのが、幼少時のすらあっーしゅさんだったようです。
曲がりなりにも勝つ人はいいです。
でも私は負けるんですよ。
ほれ、トランプとか、カードゲームってのは、考えられないくらい負けましたね。
ゴウモエラーが、パーティーにトランプを持ってきたんですが「ここまでまける男の人はいない」とまで言われました。
ピアニストってね、実はゲーム下手なんじゃないのと思うんですよね。
ゲームに題材をとった音楽って、ないでしょ?
あ。
一個知ってるわ。
カスパロフが「Deep Blue」に負けた話。
マーク・アンドレの「...22,13...」です。
すごい有名ですが、日本ではいまだに日本初演はされておりません。
youtubeにあるので、聴いてみましょうか。
ぽち。
かつて、気を吐いていたころのAndreですよ。
ころーんさんがね「これの、何がディープブルーなんだろ」「むしろ、聖書の黙示録ですって言われたほうがああなるほど」って話ですが、ちゃんと公式にパリ初演の時には、ご丁寧にパンフレットに棋譜までつけてくださっております。
こういうのが、2004年当時のジーメンス系現代音楽の典型例だったのです。
「1960年代のネタとどこがどう違うのか」とアムパサンドさんやすらあっーしゅさんは辛辣にねちねちとコメントをつけてきますが、よく聞きますとね、同じネタでも鮮度が違いませんかね?
ネタの鮮度に注目できて成功したのはAndreだけですよ。だから、教授まで行ったんですって。
こういうこと、もう音楽大学で講義とか、してくれませんからね。してくれないのなら、私が言うまでです。




