見つけ出したい掴みたいもの
ひりひり背を焦がすような感覚。。。。
ぞくぞくいてもたってもいられない衝動。。。
ざわざわとここにいても大丈夫なのかと
何かに問い詰められる衝動。。。
みなさんも、そんな経験ないでしょうか?。
匿名ですがノンフィクションで書かせて頂きます。
まぁイロイロありましたが、いい勉強です。
もっともっと勉強したい!
1,ものごごろついてから
私は子供の頃の(幼稚園)髪の毛がながかった。
それが、理由の一部ではあったのだろう。
それを理由によく髪の毛を引っ張られたりして
いじめ?られてた記憶はある。
幼馴染に私のことを好いてくれてる
当時の私と正反対の活発な女の子がいた。
名前は「あさり」ちゃん。
もう。40年近くたつが今もしあったとしても
容姿端麗で美人で聡明な人だろうな、と思ってる。
私はその頃、自我というものが薄かったためか
所々しか思い出がない。
親いわく、勉強勉強でいわゆるスパルタ(できないとはたかれる)
だったらしい。
ただ、そんな私にも強烈な自我が目覚めたのか
変わったのか、わからないがいじめられてるような日々に転機がおとずれた日のことだけは今でも強く覚えている。
始まりはたったこれだけのこと。
そう。物事とは得てしてそういう事が多々ある。
簡単に言うと、チャンスはどこにもそこら中に転がっている
ことの裏返しなのだろう。最近はそう感じる用になれた。
その、チャンスに目をむけるのも、そっぽむくのも。
指くわえてながめるのも。要は自分次第。
私のたったこれだけのことは
「やられたらやり返せ」と親が私に公認したこと。
それだけだった。
そして、私は何も変わらずいつもの様に
迎えのスクールバスにのり、幼稚園につき
いつものようにしているといつものようにしているからか
いつものようにいつもの光景が幕をあけた。
しかし、親の天啓ともいえる囁きでいつもの私は
いつものような振る舞いをしているそれらとは
一線を画した。
そう。「がぶりっ」
とっさに噛み付いた。
そう、私の女のような長い毛をひっぱるT田くん。
私は女のようなまま、その行動は男いや漢になっていたとおもう。
先生がきてもやめない。
初めてうけた、私からの抵抗というか反抗。
その日を境に、T田君及び回りの態度は一変した。
髪の毛の長い僕だったが、友達になれた気がした。
何かが心に芽生えた気分がした。
それだけならよかったのに?
よかったのか?
それは今でもわからない。
つづく