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新たな名前、ミース・ダスティン

 アレクシスの実家、ダスティン侯爵の屋敷についたミィは、そこで待ち構えていたメイド達にあっという間に服を脱がされると、風呂で全身をきれいに洗われた。


 そして用意されたピンクのドレスに着替えると、一応見た目だけはどこかのお嬢様にみえなくもない。鼻をくすぐる微かな香水の匂いに、ミィはお姫様になったような気持ちになった。


「よく似合っているよ、ミィ。 末妹の余っていたドレスだったけど、サイズを変更しなくても良さそうだ」


「あ、ありがとうございますアレクシスさん。 ちなみに妹さんの年齢は?」


「来年15歳のお披露目の予定だ、年は離れているがかわいい妹の1人だよ」


 3つ下の女の子と身体のサイズが一緒だったことに、軽いショックを受けるミィ。

 胸のサイズが小さいことに、少しだけコンプレックスを抱いているのだ。


 そんなミィに気づく様子も無く、アレクシスはふとあることを思い出す。


「そうだミィ。 さきほど預かった君の服だけど、我が家に出入りしている仕立屋がすごく驚いていたよ。 均等で緻密な糸の運びに、見たことも無い素材の布。 あの布はどこで手に入るのかと、ものすごい剣幕だった」


(ミシンで縫われた大量生産品なんだけどね、あのブレザーの制服。 こちらの世界ではまだナイロンやポリエステルなんてないだろうし、説明がむずかしいな)


 ミィは仕方なく、うそをまじえて説明した。


「あの服は亡くなったパパから頂いたもので、出所はわかりません。 もしかしたらこの布が目当てで、私達は襲われたのかも……」


 こちらの世界ではまだ作れない代物だから、多少の嘘はやむを得ない。亡くなった両親からのプレゼントを、無理やり押収するような真似はしないだろう。


「布の出所が分からなかったのは少し残念だけど、あの服を作った仕立屋を見つけた君の父上の目はたしかに鋭い。 きっと名のある商人だったのだろう」


 平凡なサラリーマンだった父親が凄腕の商人だと思われたことに、ミィはなんだか背中がかゆく感じる。そうこうしてる間に、2人はアレクシスの父であるレスター・ダスティンの執務室前に到着した。




「父上、失礼します」


 数回ノックしてから、アレクシスはドアを静かに開ける。執務室は約20畳ほどの広さで、いかにも高そうな調度品が並んでいた。その正面の机で書類にサインをしていたレスターは、息子の隣にいるミィの顔を見て手を止めると彼女に握手を求める。


「きみがミィくんだね? 私の名はレスター・ダスティン。 今日は息子アレクシスの父親として、礼を言わせてほしい」


 レスターから中央のソファーに座るようにと案内され、ミィもそれに従う。右隣にアレクシスが座ると、レスターは反対側に腰かけた。


「さてエリムの街では、投獄されていたアレクシスを救ってくれたと聞く。 そこで1つ礼をしたい、なにか欲しいものはあるかね?」


「でしたら、ライティスまでの通行許可証を頂ければありがたいです」


「ほぅ、通行許可証? 光の都に一体どのようなご用件で?」


 ミィはプアル村で起きたことを、2人に説明する。


「イドニス領の村がゴブリンの群れに襲われたが、なぜか被害は皆無だった。 この話は我が領内にも届いていましたが、まさか君がその救世主だったとは……」


「家に泊めていただいた恩を返しただけです、あとライティスにいけばなにか仕事も見つけられると思うので」


「仕事?」


 そこからは、アレクシスも会話に混ざってきた。娘を守ろうとした両親は賊に命を奪われ、彼女が天涯孤独の身だということ。ミィの今後を考えると、ダスティン家の養女にすべきではないか?


「我が家が後ろ盾になれば、彼女に危害を加えようとする者もいないはず。 ミィを養女にすることは出来ませんか? 父上」


「そうだな。 通行許可証を渡すよりも、その方が良い。 もし金銭的に困った際に援助しても、関係を怪しまれる心配もない」


 ミィは膝のうえで丸くなっているクロに、小声で話しかける。


『ねえクロ。 この世界は私が元いた世界よりも、なんだか治安が悪いみたいだね』


『そうだね。 技術も発達していないし、欲まる出しの悪人も多そうだ』


 先日の領主みたいなのが、きっと多くいるのだろう。だけどこの家の養女になってしまうと、後々めんどうなことにならないだろうか?


「そこまでお世話になるわけにもいきませんから、通行許可証だけで十分です」


「いや、君はあまりにも若い。 雇うことの条件として、夜の相手を要求してくる者も中には居るだろう。 侯爵家の養女という肩書きを持つものに、そのような要求をする奴はいない。 我が家を敵にまわすのと、同じ意味となるからな」


 夜の相手ってまさか……。こんな私の身体に欲情する人も、中には居るってこと!?


『そんな変わり者も居るんだ、良かったねミィ』


『うるさい』


 ミィはクロの頭を叩く。器用に前足で頭をおさえる姿はネコというよりも、人間に近かった。




 レスターは一旦机に戻ると、引き出しから1枚のメダルを取り出す。


「この我が家の紋章が入ったメダルは、身内にしか配られない。 つまり通行許可証の代わりにもなるのだ、侯爵家の人間の証だからな」


 そのメダルをミィに手渡しながら、レスターはあらためて侯爵家の養女となる話を提案した。


「いろいろと思うところもあるかもしれないが、息子を助けてくれた恩人に父として礼がしたいんだ。 せめて君が大人になるまで、面倒をみさせてもらえないか?」


 ここまで言わせて断るのも失礼、ミィは悩んだ末に養女の話を受けることにする。


「わかりました。 将来のことまで考えていただけるなんて光栄です、短い間ですが私の新しいパパになってください」


 パパと呼ばれたことが新鮮だったのか、レスターは涙を流して喜ぶ。アレクシスもミィから兄と呼んで欲しいようで、期待を込めた眼差しで見つめていた。


「……はいはい分かりました! ア…アレクシス……お、お兄ちゃん?」


 よほど嬉しかったのか、無言で父親と握手を交わすアレクシス。こんなことで喜ぶとは、やはり2人は紛れもなく親子である。


「そ、それじゃあ私はこれで……」


「待ちたまえ、まだ大事なことが残っている」


「大事なこと?」


 一抹の不安を感じたミィがこの場を立ち去ろうとすると、レスターが静かに響く声で呼び止めた。


「そんなに緊張しなくてもいい。 手続き上の関係もあるが君の名前を聞いておこうと思ってね」


 なんだそんなこと?ミィはすぐに自分の本名を明かす。


「ひ、平山ひらやま 美衣みいです」


「ヒラヤマ・ミイ? ミイというのは名字だったのかい?」


「いえ、平山が名字で美衣が名前です」


 レスターがミイ・ヒラヤマ・ダスティンと、羊皮紙に新しい名を書き込む。しかしダスティンが加わる分、長く感じてしまう。ここでミィとクロは、ある重大な事実に気づいた。




『クロ、なんで私こちらの世界の文字が読めるの?』


『それもだけど、言葉も普通に通じているよね?』


 双月の女神メディナからミィ達に贈られた、ささやかなプレゼントだと知ったのはこれから少し経ってのことである。


 2人が何故こちらの世界の文字や言葉が分かるのか推察していると、アレクシスが父レスターにこんな提案をした。


「父上、ミイ・ヒラヤマ・ダスティンでは、ミィも長いと感じているはず。 大人になるまでの形式上のことですし、ミース・ダスティンはどうですか? これなら愛称でミィと呼んでも、問題ありません」


「ミース・ダスティンか、たしかに他家から養女に入ったと思われる心配もない。 ミィ君、ヒラヤマの家名に思い入れがあるかもしれないが、大人になるまでの間この名前を使ってもらえるだろうか?」


 先のことを案じてくれる2人に、ミィは素直に感謝する。


「会ってまもない私のために、本当にすいません。 ミース・ダスティン、この名前ありがたく頂戴いたします♪」


「少しの間だが、我々は家族だ。 何か困ったことがあれば、遠慮せず相談しにくるといい」


「はい!」


 この日の夕食の席で、道中で必要なものが揃うまでミィを屋敷に滞在させることが決まった。そして翌日からミィはアレクシスと共に、街の散策を開始したのである。

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