お約束の自己紹介、そして予想外の展開
ダスティン侯爵領で通行許可証を貰うことにしたミィを案内するため、アレクシスはエリムの住人から一台の馬車を借りた。歩きに比べれば快適だったが、問題はその日の夜に発生する。
「命の恩人を地べたで寝させてはアレクシスの名がすたる、君が荷台で寝なさい」
「この馬車はあなたが借りたのだから、どうぞ荷台で寝てください」
狭い馬車の荷台の上で若い男女(+黒猫一匹)が一緒に寝るわけにもいかず、荷台でどちらが寝るかで口論になりかけたのだ。たき火の火を消さないようにしておけば魔物も近づいてこないというので、ミィは近くにあった木の根元に腰掛けて寝ることにする。
眠り始めてから、どれくらいの時間が過ぎただろう?
肩に感じる違和感でミィが目を覚ますと、アレクシスがいつのまにかミィの肩に頭を乗せて眠っている。ミィはその寝顔を見て優しく微笑むと、肩に乗せられている頭にガトリンクガンの銃口をあてた。
チャキッ!
「アレクシスさん。 そろそろ肩に乗せた頭をどかしてくれないと、少し頭の中身が減ってしまいますよ?」
「それ、絶対に少しばかりじゃないよな!?」
飛び起きるようにして頭をどかすアレクシス、やはりたぬき寝入りだったらしい。
助けたことに感謝するのは別に構わないが、感謝するのと馴れ馴れしくされるのは別の問題だ。撃ちたい衝動を我慢しているミィに、クロは少しだけ助言する。
「ミィ、親しき仲にも礼儀ありだよ。 一度くらいなら実力行使をしても、こちらの世界の神様だって許してくれるはずだよ」
「うわぁっ! ネ、ネコがしゃべった!?」
「失敬な! ボクの名はバ「その黒いネコの名前はクロ、しゃべるメスネコよ」
ミィが話に割り込んできたせいで、クロは本当の名前を名乗れなかった。
「へぇ、変わったネコもいたもんだ」
アレクシスはクロの後ろ足を掴んでもちあげると、本当にメスなのか確認する。
「ちょっと、レディーに対してとっても失礼よ。 離しなさい!」
「うん、たしかにメスだ。 しかし言葉を話せることが知られてしまうと、いささか面倒なことになるかもしれない。 次から人前では話さないようにしろよ、クロ」
「だったら最初からミィの肩に寄りかかろうとしないでよ、ふんだ!」
ようやく地面におろしてもらえたクロは、そそくさとミィの背後に回ると器用に舌を出してあっかんべぇをした。よく見ると、頬の部分の毛が赤色に染まっている。
(その時の感情が毛の色にも出るのか、面白いことをひとつ知ることが出来た)
ミィは二人の口げんかを子守歌にしながら、再び眠りについた……。
翌朝たき火のあと片付けをしているミィに、アレクシスが大事なことを確認する。
「なあミィ、君のご両親はいったいどちらに住んでいるんだ? 女の子に一人で旅をさせるなんて、正気のさたじゃないぞ」
日本にいる両親のことを思い出したミィは、目元に涙を浮かべながら彼に事実のみを伝えた。
「私のパパとママは……ここからずっと遠いところにいます、どんなに会いたくてももう会えないの」
「……すまない、つらい出来事を思い出させてしまったみたいで。 君をかばって命を落とされていたとは……、ご両親にとても愛されていたんだね」
こちらの世界に転生していることを知らないアレクシスは、賊の襲撃から娘を守り死んでしまったと勘ちがいしたらしい。
「あの……アレクシスさん? ウチの両親は元気に生きてますよ」
「そうだね、天国からいつも君のことを見守ってくれているはずだ」
この勘ちがいをただすのはむずかしそうだ、ミィは心の中で両親にあやまった。
(パパ、ママ、ごめんなさい。 話がややこしくなりそうだから、二人はトラブルに巻き込まれて死んだことにしちゃいます)
天涯孤独の身だとアレクシスに誤解されたまま、旅をつづける一行。それが思いもよらぬ方向へと進んだのは、侯爵領の入り口の関所でのアレクシスの行動だった。
「うわぁ、すごい! あれが全部、侯爵領に向かう人の列なんですか?」
「ああ、そうだ。 父う……いや、領主であるレスター・ダスティン侯爵は、関所を通過する際の税を免除している。 そのため多くの行商人達が領内を通り、途中の宿や酒場などで使う金で領民の生活も安定しているという訳だ」
関所で通行税をとらなくても浮いた金で宿に泊まったり酒場で飲めば、それが領民の収入となり一部が所得に比例した税金として領主のもとに届くという寸法である。
(さらに観光名所やお土産などを作れば、商人以外の人の出入りも増えるかも……)
安直なものではあるが、ミィのこの発想は領内の発展に大きな影響をあたえる。
列にならぶことおよそ一時間、ようやくミィ達一行の番が回ってきた。すると衛兵の一人がアレクシスに気づくとすぐに駆け寄ってきた。
「アレクシス様! 今までいったいどちらに!?」
「その件もふまえて父上に至急報告したいことがある、通してもらえるか?」
「かしこまりました。 おい、道をあけろ、この馬車をさきに通してやってくれ」
衛兵達があわただしく動くのを見て、ミィはアレクシスに話しかけた。
「ねえ……アレクシスさん。 もしかしてあなた、ここの領主の息子さん?」
「父上の名代としていきながら男爵に捕らえられてしまい、恥ずかしくて名乗るのが遅れてしまった。 俺の名はアレクシス・ダスティン、ダスティン侯爵家の長子だ」
(うわぁ……やっぱりか!?)
お約束な展開にミィは思わずうなだれる、だが予想外の事態がおきたのはこの直後だった。馬車に一緒に乗っているミィに気づいた衛兵が、アレクシスに問いかける。
「失礼ですがアレクシス様、この娘はいったい?」
「この娘は俺の命の恩人だ、聞けば両親をうしない天涯孤独の身。 俺は命を救ってもらった礼として、父上と相談して我が家の養女に迎えようとおもう」
(な、な、なんですとぉ!?)
彼から何も聞かされないまま、侯爵家の養女にすると宣言されるミィ。思考が停止している彼女の隣では、クロが丸くなってアクビをしていた……。