本当に身体弱い?
「お、おい! お前、身体が弱いって話じゃなかったのか!?」
チンピラの1人が思わず叫ぶ、目の前で縄を引き千切られればそうなるよね。
「ええ。 恥ずかしながら、イノシシくらいしか一撃で倒せません。 先日ようやくボアを3発で殴り倒せるようになったので、少しは身体も丈夫になったのかも」
(えっ、イノシシを一撃? ボアを3発で殴り倒せる?)
なんだか穏やかではない単語が、いくつも出てきた気がする。顔面蒼白のチンピラの1人に、ボアがどんな生き物なのか聞いてみることにした。
「あの~、ボアって一体どんな生き物なんですか?」
「ボアも知らないのか!? ボアはなイノシシが変異した魔物で、体長も最高3m近くまで成長する。 その体当たりのあまりの強力さに、熊すら逃げ出す化け物だ!」
(これ……絶対に身体弱くないよね。 むしろ、この人の方が化け物だよ)
ミィが横目でコバルトを見ていると、彼女と目が合ってしまった。穏やかに笑みを浮かべながら、コバルトはどこかずれた返事をする。
「私の体調を気遣ってくれているのですね、ありがとうございます。 今日はいつもより気分も良いですし、平手打ちの1発くらいで今回は許してあげようと思います」
巨大イノシシを殴り倒せる人の平手打ち……、首がもげそうで怖い。けど悪いことをしたのはこの人達だから、間に入って止めるのも気が引ける。
するとチンピラの1人が、ヤケになって色々としゃべり始めた。
「俺達もこれでおしまいだ! この場を上手く逃げ切れたとしても、戻ればカシム様に殺されちまう。 こんな仕事を引き受けるんじゃなかった」
(えっ、カシム?)
どこかで聞いた名前が出てきたので、ミィは同一人物かどうか確かめてみる。
「……あ、あの~、もしかしてその方の名前、カシム・イドニスですか?」
「ど、どうしてその名を!?」
驚くチンピラ達に、ミィは申し訳なさそうな顔で大事なことを伝えた。
「そのカシムって人、既に捕らえられて自警団の方の監視下にいますよ」
「ねえ、あなた。 どういうことか説明してもらえる?」
コバルトが食い付いてきたので、エリムの街での出来事を正直に話した。もちろんアレクシスのこともふくめて。
「あらやだ、アレクシスったら捕まってたの!? 男なのに情けないわね」
「あっ、でもでもカシムって人が剣を振り上げてきたとき、剣を弾いて私をまもってくれましたよ」
(へぇ、あいつにしてはやるじゃない)
コバルトは少しだけ感心した。そして今日初めて会ったこの少女も、大変好ましく思っている。叔父の名代としての役目を果たせなかった従兄弟を、フォローしようとしているのだから……。
「あなた達、依頼主も既に捕まっているみたいだし、これ以上悪事を働く理由は存在しないわ。 カシム・イドニスからどのような依頼を受けたのか白状すれば、短期の労働刑で許してもらえるようお父様にお願いしてあげる」
「本当か!?」
「ええ、約束は守るわ。 ついでに我が家の執事を仲間にしたやり方も、全部教えてくれるとお父様の心象も良くなるはずよ」
チンピラ達はコバルトの護衛の騎士達が到着するまでに、知っていることをすべて白状した。妻の病気を治す薬を買うために執事は数人から金を借りており、その借金を肩代わりする代わりに今回の誘拐未遂の共犯をさせたらしい。
その借金の証文はカシムが屋敷で保管していたみたいだが、ミィが屋敷をがれきの山に変えてしまったので借金を気にする必要は無くなっていた。執事も被害者の1人かもしれないが、悪事に荷担した以上その罪は償わなければならない。
すると到着した騎士の口から、執事が自ら公爵に犯した罪を告白したと報告が入りミィとコバルトを驚かせたのである。
「ほう……すると貴様は薬を買うために借りた金を帳消しにすると言われ、娘を誘拐する話に協力したというのだな?」
「はい。 ただし妻はこのことを知りません、私はどのような罰もお受けします。 ですが……、ですがどうか妻だけは許していただけないでしょうか?」
アキレスは主に対する裏切りを働いた執事を正面で見据えながら、机の上のベルを鳴らして側近の1人を呼んだ。
「すぐに医師を呼び、この者の妻の許へ向かわせよ。 薬を含む治療費の全てを我がブルーレイク家が持つ、そう伝えておくように」
「だ、旦那様!?」
死罪を覚悟していた執事は、主であるアキレスの行動に驚き思わず声をあげた。
「我が家で働く使用人の窮状に気づけなかった、私にこそ責がある。 罪を問う気はない、今後も我が家のために働いてほしい」
主がくれた温情に、執事は涙を流しながら改めて忠誠を誓う。その大岡裁きを見てミィも、ちょっとだけ貰い泣きしそうになる。
「……あなた、本当にのぞき見するのが好きみたいね」
「ひゃあっ!?」
扉の隙間から中を見ていたミィは、着替えてきたコバルトに気づかず素っ頓狂な声をあげた。当然その声は中にいるアキレスと執事にも筒抜けで、やや罰の悪い対面となってしまったのである。
(うんうん、自ら罪を告白するという罰を受けてくれたみたいでなによりだ。 罰はただ与えるだけではなく、その者が最も反省する方法でなくてはならない。 告白をしなかった場合の未来を前もって見せておいたから、この罰を彼は受け入れてくれたのだろうけどね)
庭の木の上からクロは室内の様子を観察していた。あの場で1人残されていた執事を問い詰め、最終的に与えた罰は自ら罪を告白させるというもの。おのれの口から罪を告白させることで、犯した罪の重さを自覚させる意図もある。
またそれに先立ち罰を受け入れず逃亡を図った場合の未来も、執事にはあらかじめ見せておいた。その場合病床に伏せる妻にも厳しい取り調べが行われ、夫と共に処断されるという救いのない未来である……。
執事が見せた幻を信じる信じないは、妻をどれだけ愛しているかで変わるとクロは考えた。罰を受け入れた執事の妻に対する愛が、この未来を生んだのである。
クロは木から降りると、屋敷の外へ向かう。執事にこのような罪を犯させた張本人に、厳正な罰を与えるためだ。
「……カシム・イドニス。 金銭が本当に好きみたいだから、お金の山の中で身動き取れずに窒息する罰を与えれば、きっと願ったり叶ったりだろうね」
男爵領の牢獄から突如姿を消したカシムが、王城の国庫で変わり果てた姿となって発見されたのは、それから数日後のことである……。




