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鉄拳少女の誕生

「……なあ、ちょっとだけ付き合えよ。 俺達がこの学校のルールって奴を、教えてやるからさ」


「い、いえ、これから大事な用がありますので……」


「なんだ、上級生からの誘いを断るのか? この学校に代々伝わるルールを理解していないらしい、きちんと教えてやる必要があるな」


 校門の脇で1人の生徒が数人の上級生に絡まれている、周囲でそれを見ている他の生徒は誰も助けに入ろうとはしない。絡んでいる上級生達の家の方が爵位が高いためである、そんな見ているだけの生徒の中を分け入るようにして1人の女子生徒が前に出てきた。


「ちょっと、あなた達! 新入生をいじめて、何が楽しいの!? それから周りで何も出来ずにいるあなた達も、助けくらい入ったらどうなの?」


 絡んでいた上級生だけでなく、周囲の生徒も叱責する。すると上級生の1人が少女の実家を引き合いにだした。


「そういうお前だって、父親が侯爵様だからそんな態度を取っていられるんだ。 親の権勢を利用しているのは、お前の方だ!」


「そんなの関係ない」


 上級生の罵倒に対し、少女は即答で返す。


「そんなの関係ない! 仮にわたしが男爵家の娘だったとしても、爵位すらない平民であったとしても同じことをしたわ。 家柄なんて関係ない、関係があるのは本人の勇気、それだけよ」


 少女に勇気づけられたのか、囲まれていた新入生が口を開いた。


「そこをどいてください、僕にはこれから大事な用があるんです。 それと騎士の家の出ではありますが、王国を守る剣の役目を代々受け継いできた自負があります。 その騎士に見放された者が民からどう言われるか、ご存じのはずでは?」


「ぐぬぅっ!」


 悔しそうに顔を歪める上級生達、王族や貴族に仕えることで生活の糧を得る騎士。平時においては護衛、戦時においては兵を率いる指揮官として主を支える。だが騎士の雇用形態は少しだけ変わっていた、主に相応しくないと判断されると妻子を連れて屋敷を出ていってしまうのだ。




 父や祖父が代々仕えてきた相手であろうと、忠誠を誓う相手ではないと判断すれば新たな主を求めて屋敷を出る。イドニス男爵の屋敷に私兵しかいなかったのも、主が息子のカシムに変わって仕えてきた騎士が全員離れてしまったのが原因だ。カシムのように騎士から見限られた者を、民は暗愚と呼んで嘲笑する。この上級生達は未来の暗愚だと、騎士の子供から暗に告げられたようなものだ。


(おいおい見ろよ、未来の騎士様から主に値しないって言われてるよ)


(普段から横柄な態度をしているから当然よね)


 いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた、その中には上級生達を侮蔑する声も混ざっている。これ以上新入生に危害を加えるのは分が悪い、そう判断した上級生は囲みを解いて新入生を解放した。


 だが大勢の前で恥をかかされた事実に変わりはない、上級生は少女の横を通るフリをしながら手前勝手な忠告をする。


「……ルシエラ・ダスティン、この屈辱決して忘れん。 あとで後悔させてやる」


「どうぞご自由に、わたしは逃げも隠れもしませんわ」


 悪びれもせずに答えるルシエラ、その場から離れながら上級生の1人が仲間にある指示を出した。


「……おい、あいつに恨みを持っている連中をすぐに集めろ。 多少は恥ずかしい目に遭わせればおとなしくもなるだろう、女だからって俺達を甘くみると痛い目に遭うと教えてやらないとな」


 その上級生達のやりとりを、近くの木の上から1匹の白いネコが覗っていた……。




「はぁ……。 どうして先生達の気づかないところで、新入生をいじめようとしたりするのかしら? 爵位なんて邪魔なだけなのに、どうして拘る必要があるのかな?」


 ルシエラは宿舎で割り当てられた部屋のベッドに横になりながら、今日の出来事をふりかえる。爵位をかさに、いじめを繰り返す者とそれを見て見ぬふりをする者達。いじめを受けた側の恨みは積もり、やがてとりかえしのつかない事態を招くだろう。


「それと……」


 実家から早馬で届けられた1通の手紙、その中には義兄アレクシスを救った少女のことが記されていた。


「急に3つ年上の義姉が出来ても困るのだけど……、でもアレクシスお義兄様の命を救ってくださった方。 きちんと礼を言っておくべきでしょうね」


 ルシエラはアレクシスの実の妹ではない、ダスティン家で昔働いていた庭師の娘である。母を早くに亡くし、父が世話をする屋敷の庭で1人で過ごすことが多かった。それを見かねた侯爵が息子アレクシスに、彼女の遊び相手となるよう指示。身分こそ違うものの、2人は実の兄妹のような仲の良い関係を築いていった。


 しかしある年、いつもどおり庭で木の手入れをしていた父がハシゴから転落。翌日意識が戻らないまま、彼女を残しこの世を去ってしまう。孤児院に送られそうになるルシエラだったが、侯爵からの申し出で養女となりアレクシスの義妹となった。以来義兄妹の関係が壊れないようにしているつもりだが、アレクシスに対して淡い恋心を抱いている。


「アレクシスお義兄様……。 いつになったら、わたしの気持ちに気づいてくださるのかしら?」


 少し憂鬱な気分になったルシエラが窓を見ると、カーテン越しに1匹のネコの影が月明かりに照らされ浮かび上がる。


「どうしたのかな? もしかして、中に入りたいの?」


「にゃあ♪」


 窓を開けると白いネコが部屋の中に入ってきた、ひざの上に乗せて頭を撫でていると突然ネコがしゃべり出した!


「ルシエラ・ダスティン。 今日、あなたが止めに入った連中が、他に仲間を集めてあなたに復讐するつもりのようです」


「なんですって!?」


 いきなりネコがしゃべったことにも驚かされたが、そのネコがもたらした情報にも驚かされる。正しいことをやったのに、何故恨まれなくてはいけないのか?


「そう、あなたのやったことは正しい。 しかし、それを快く思わない人もいる。 ……そこで物は相談なのだけど、私の代わりに悪いことをしている人達に罰を与えてくれないかしら?」


 そう言いながら白いネコは、人間の姿へと変わる。


「あ、あなたは、いったい!?」


「私の名はメディナ、すべての罪を赦す者。 全部とはいかないけど、あなたの願いを叶えてあげる。 だから……鉄拳少女になってくれない?」




「鉄拳少女?」


 意味がわからないルシエラはメディナに問い返す、するとメディナは勉強代わりに見たロボットアニメをルシエラにも見せた。そして朝日が射し込み始めた頃、1人の熱血鉄拳少女が誕生する。


「わかりました、わたし鉄拳少女になります。 悪い人を改心させるのは、この熱く滾った気持ちを拳に込めて叩きつけないといけません!」


「理解していただけたようで何よりです、ではあなたにはコレを差し上げましょう」


 そう言ってメディナが渡したのは、銀色に輝く一回り大きな拳型の手甲と胸当て。


「まずはその手甲を使い、悪の道に進もうとしているご学友を改心させるのです。 骨の1本や2本折れたとしても、私が赦しますので気にしないで大丈夫」


「ありがとうございます、ではさっそく改心させに向かいます」


「えっ、授業に出なくてもよろしいのですか!?」


 いきなり上級生のもとに向かおうとするルシエラに、さすがのメディナも驚く。


「はい、善は急げと言います。 彼らを少しでも早く改心させるのが、世のため人のため。 わたしが授業に出るよりも、はるかに大事です」


(そうですね、授業をすっぽかした罪は私が赦しましょう)


 こうして王立学校を舞台とした、女神公認の鉄拳制裁の幕が開こうとしていた。

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