赦罪の女神メディナ
チアンワルの町を出たミィとクロは、ライティスに向け街道を歩いていた。しかし2時間ほど歩いたところで、疲れがたまってきたのかミィはクロに休憩しようと提案する。
「ねえクロ、そろそろ休憩しない?」
「かまわないけど、休みすぎるとまた野宿する羽目になるよ」
「うっ!? じゃあ、30分ほど休んでから出発する」
そう言いながら木陰に入ると、おだやかな風が熱くなった身体を冷ましてくれた。目を閉じてかすかに聞こえてくるのは、風で揺れる草の音。その音色を子守歌代わりに、ミィはとうとう昼寝まで始めてしまった。
「……やれやれ。 今日は野宿になりそうだな」
クロが呆れながらミィの寝顔を見ていると、近くの草むらから1匹の白いネコが姿を現す。そして寝ているミィの足に頭をこすりつけると、また草むらの中へと消えていった。
(まわりには誰もいない、少しだけならこの場を離れても問題なさそうだ)
クロは周りの様子をうかがうと、寝ているミィを残してその場を離れる。そして、先ほどの白いネコの追跡を始めた。
気づかれないようにクロが慎重に後を追っていると、白いネコが突然後ろを振り向き話しかけてくる。
「わざわざ追いかけてくるなんて、あなたも相当な物好きね」
「物好きはキミの方じゃないかな? それとボクに用事でもあるのかい?」
やや友好的に話しかけてはいるが、2匹とも顔に笑みを浮かべている様子はない。すると白いネコの身体が突然光ると、次の瞬間には女性の姿へと変わっていた。
「用事? もちろんあるわよ、私の世界の住人を勝手に自分の世界に飛ばしてくれた異界の神様にね」
「キミは?」
「はじめまして、異界の神バステト。 私の名はメディナ、この世界の住人達からは双月の女神とも呼ばれているわ」
深々と頭をさげるメディナ、それを見たクロは苦虫を噛み潰したような目で彼女に忠告する。
「挨拶はそれくらいにして、頭をあげてくれないかな? その格好を見ていると少しだけ腹が立ってくるんだ」
「あら、それは何故? あなたの世界に敬意を込めて、あそこで寝ている娘の故郷の衣装を選んでみたのだけど……」
ミィが昼寝している木を指差すメディナ、クロは額に青筋を浮かべながら腹が立つ理由を説明した。
「……ミィの国では、それをそんな風に着たりしないよ」
「あら、そうなの? ちょっと胸が苦しいから、帯を緩めておいたのだけど」
メディナが着ていたのは、俗にいう巫女服。しかし胸元を露出させ、谷間が丸見えとなっている。金髪の西洋美人の顔立ちということもあり、日本に初めてきた外国人観光客がやりそうな格好でもあった。
「それで……ボクがこちらの世界の住人に罰を与えたことは、双月の女神様が直々に会いにくるほど重要なことなのかい?」
「もちろん、こちらの世界の住人が減れば私に対する信仰も弱くなる。 そうなれば私の力も当然落ちてしまう、だから勝手な真似はしないでちょうだい」
「罪を犯した者を罰することの何が悪い? そもそもキミが、誰も罰しようとしないのが悪がはびこる原因じゃないのかな?」
クロの問いかけに、メディナは答える。
「私は彼らの罪を赦しているだけよ、間違いを起こしてもその場で赦す。 罪をただ償わせるよりも、赦す方がはるかに難しいことだと思わない?」
たしかに感情的に罪を赦す方が難しいかもしれない、しかしそれでは犠牲となった人の感情を無視していることになるのではないか?
「では犠牲となった方の無念は、誰が晴らす? 何もかも赦される世界では、恨みや憎しみが消えることもない。 負の感情がやがて世界のバランスを崩す結果を招いてしまう、キミはそれを止めないのか!?」
思わず声を荒げてしまうクロ、メディナはそれを不思議そうな顔で見つめる。
「何をそんなに慌てているの? バランスが崩れるとしても、それはこの世界の住人が選んだ結果。 私は罪を赦すことは出来ても、罪を罰することは出来ない。 何故なら、私はそう願われ生み出されたものだから……」
クロはようやく彼女との根本な違いに気がついた。罪を犯した者に罰を与えることを望まれ生まれたバステトと、犯した罪が赦されることだけを望まれ生まれた彼女。赦すことしか出来ない彼女に、より多くを求める方が無理なのだ。
「だいたいの事情はわかった、これからは出来るだけこの世界の中で罰を与えるようにする。 それで良いかな?」
「ええ、それで良いわ。 またどこかで出会うこともあるかもしれないけど、その時はもう少し仲良くできたら嬉しいわ」
メディナは再びネコの姿に戻ると、ゆっくりと草むらの中に消える。彼女の消えた草むらをクロが見つめていると、ようやく目が覚めたミィが探しにやってきた。
「あ~、こんなところにいた! ちゃんと足で砂をかけておいた? でもオシッコのかかった砂を踏んだ足で、私の肩には乗らないでよね」
ビシッ!
クロの背後で何かにヒビが入る音がする。どうやら彼女に、用を足すためにあの場を離れたと思われているらしい。
「……ミィ。 30分だけ休憩すると言いながら、昼寝を始めた君がそれを言う?」
何やら雲行きが怪しくなってきたので、ミィは思わず後ずさりする。そしてクロがふところからスリッパを取り出すのを見て、ダッシュでそこから逃げ出した!
「ご、ごめんなさ~い! 風が心地良かったから、つい寝過ぎちゃった」
「寝過ぎた罰として、遅れた分を走って取り戻すんだ。 夕方までに、次の村か町に辿り着くよ!」
「え~、そんなの無理~!?」
必死に逃げるミィと、追いかけるクロ。すれ違う旅人もスリッパを持って走るネコを見て、目が点になっている。そんな2人の追いかけっこを、メディナは少し離れた高台から眺めていた。
(……あの2人、なんだかとても楽しそう。 そうね、赦すだけじゃダメみたい。 私の代わりに罰を与えられる、真っ直ぐな心の持ち主でも探してみようかな? でもその前にどんな罰を与える人がいるのか、あの神がいる世界を参考にしてみよう)
そう考えたメディナが見始めたのは、数十年前のロボットアニメ。悪いロボットを退治する、巨大なロボットのお話である。夢中になって見ていた彼女の口から、ある物騒な言葉が放たれた。
「やはり断固とした意志の象徴である鉄拳こそ、神の罰としてふさわしいわ!」
そうと決まれば話も早い、メディナは早速正義心の旺盛な者を探し始める。そして1人のあどけない少女を見つけた。
「それでは早速スカウトに向かうとしましょう、光の都ライティスへ!」
この世界に、新たなお騒がせコンビが誕生しようとしている……。




