一族の現状
俺の一族は迫害されている。
『ヤクモ』、という国を知っている?『忌み血』の一族であるという俺と家族が住む国。忌み血、だという俺たちは迫害され続けている。物を投げられ、蹴られ、殴られ、唾を吐かれ、鞭で打たれるなんて日常茶飯事。町を歩くだけでそのようなことが起こる。扱いとしては馬以外なんじゃ?ははっ。
俺は父、母と共に囚われている。牢獄に入れられているわけではないんだけれど…国にいさせられることが牢獄にいるみたいなものだからね。俺たちの一族は家族だけ。三人のみ。だからここに移動してきたのではないかと思うんだけど…父も母も頑なに口をつぐんで話さない。母に関しては話せないんだね。母は数ヶ月前から寝込み、病に罹ってしまった。殺すのは不味いらしく、最低限の永命措置はしてくれるのだけど…心配だよ。
今日は週の中心、支配者がこの小さなボロ小屋を尋ねて来る日。
今日こそは、支配者を…殺さなくては。
「いる?あはは、いたー、こんにちは、カナタくん♡」
「お前にカナタと呼ばれる程の苦痛はない!死ね……!」
「ダメだよ、カナタくん…?もーっと強くしないとぉ…ね……?」
下品で引き攣る様な笑みを浮かべ、自分に酔う支配者。
八雲 永羽。23で一族のトップに立ち、支配者となる男。ヤクモ家は白髪翠眼の一族。この一族は蜘蛛と契りを結んでおり、契りを結んだ一族はその相手の力を使うことが出来る。こいつが支配者になったとき良いタイミングで乱が起き、一族のほぼ半分が死んだ。こいつが仕掛けた可能性については…言うまでもない。
くそ、足枷についた重石と手枷が邪魔で、上手く立ち回りが出来ない…やはり、能力の扱いに関して超一流と言われるこいつを殺すのは不可能だね…その時、チラリとこいつの背後に白髪が見えた。こいつが身内を連れてくるなんてことは…有り得ない、はず。
「そうだー、カナタくんに紹介しなきゃ!この子八雲 刹那くん。他の国から新しくやって来たんだー♪」
「……!」
親戚!?また、敵が増えた…?あれ?この顔どこかで…いや、勘違い、だね。 こんなやつ、見たことがない。俺からすれば、ただの敵だし。まあ、もしかしたら支配者の部下にいたかもしれないけど。
「また、ヤクモの連中か…お前……殺すぞ……!」
新しく増えた敵が泣き出す。は?意味がわからない。泣きたいのはこっちなんですけど?チラッと覗き込もうとした顔には薄ら笑いが浮かんでいる。え?もしかして泣き真似?俺の怒りを煽るため…ってこと?ああ…結局、仲間ってこと?ヤクモの。
「いい気味だな…?なんだ、お前俺に情けでもかけたか?俺の家族散々殴っておいて…。情けかけるくらいならな、俺たちを外に出せよ!」
さっき泣き真似したよね。煽ってきたよね?そうだね、はは、煽りには煽り返せばいい。基本中の基本。そんな俺を見て、こいつが
「それ…」
と言った。驚いた素振りをわざとしている。目の端が微かに歪んでいるの、分かってるから。今更枷に気がついたってことにしようとしてるね。馬鹿にするな。
「意味がわからないな、お前たちヤクモの所為で俺たちは…何度、苦しめられたらいいんだ…!死ねよ…死ね、死ね!ヤクモなんてな、滅びてしまえばいいんだよ!」
きっと俺は鬼の様な形相なんだろう。今朝潰された片目から血が垂れている自覚もある。支配者はもうこの小屋から立ち去っていた。でも、まただ、まだ耐えろ、俺。こいつには、言っちゃダメな気がする…
「ごめん、なさい…」
俺の気持ちも気にせず、こいつは心底悲しそうに呟く。その口の端が歪んでいるのも俺は知ってる。つまり、つまり、ぜーんぶ俺への煽りってことなんだよね。馬鹿にしてるってことだよね?偽善者。ギゼンシャ。ギーゼンシャ。入ってきたときに一瞬でも仲間かもって思ったのが馬鹿みたいだね。
「ギゼンシャ。おい、ギゼンシャ。お前、もうここへ、くるな。」
「どうして…?」
どうして?なにが。意味がわからないんだけれど。どうして?目も、口も、端が歪んでいるのを知ってるのに。どうして、こいつがここにいるか、の方が今聞きたいよ?もしかして、ボク、演技派です!とでも言いたいの?ぜーんぜん演技派でもないのに。心の中で、今も笑ってるんだよね?なら、俺…もう演技しなくていいよね?ずーっと耐えてきたこと、こんな屈辱を受けるなら…言ってもいいってことだよね?
「どうして?どうして、どうして?聞きたいのはこっちだよ!今も心の中で笑ってるんでしょ?知ってるよ!
ヤクモなんか、滅びてしまえばいいんだよ!」
顔を歪めて俺は言う。はー、…今度こそ、殺す。
ギゼンシャが出ていって数分後、父が帰ってきた。
「母さんの病気はそんなに進行していないようだ。」
父は物凄く厳しい。この環境に厳しいもくそもないだろうけど。
「父さん。今新しいヤクモ家のやつがやってきた。」
「そうか。悪かったな、毎週この日にはお前が対応しているだろう。」
「いいや。」
父との会話は基本続かない。母が寝込んでからもぬけの殻のようになった。
「八雲、刹那というんだって。ギゼンシャというあだ名を付けた。」
父がびっくりするほどのスピードで体を起こす。痩せこけた頬に強い光の点った眼を見開いて、こっちをじーっと見ている。
「な、なに」
「今、」
父が呼吸を荒くして尋ねる。
「今、なんと言った」
「は?ギゼンシャ、だけど」
「いや、その前」
「え?」
「その前の、名前だ」
「八雲、刹那?」
「それだ」
「そ、それでどうかした?」
「なにか、痛いところはないか」
「ないけど」
「記憶は?幼少期の記憶は…」
「父さんは俺が記憶力皆無なの知ってるでしょ?」
「ああ…ならよかった、が…」
「チラッと見たときになにか引っかかるものがあった気が…?」
「ああ、具体的に覚えてないなら大丈夫なんだ…」
「そう?」
今日の父さんは一段と変…病院でなんかあった?また…なにか、された?ピリリ、と後頭部に痛みが走る。あれ?痛みがどんどん強くなって…!
「いたい、いだい!あたまが…!」
「カナタ!」
そこで俺の意識は途絶えた…