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恭太郎

「あ、もしもし親父? ……こんばんわ」

「なんだ凛太か。こんばんわ。お前から電話してくるなんて珍しいな。小遣いの無心か? 元気にしてるのか?」

「元気だし、小遣いもバイトしてるから足りてるよ。んー……ちょっとね」

 凛太は一枚の写真を眺めていた。彼が幼い頃の家族写真。端が焼け焦げたそれは、本来のサイズの2/3ほどになっているのだろうか不自然な形をしている。左から凛太の父、凛太、そして凛太の母……なのだが、凛太の左側の一部、そして母の下半身は焼失してもう残っていない。

 凛太が小学生になった最初の年、図工の授業で家族の顔を描くことになった。凛太は迷わず父、恭太郎(きょうたろう)の顔を描いたのだが、母ではなく父の顔を描いたのはクラスで凛太ひとりだけだった。クラスメイトは悪気なく「どうしておかあさんをかかないの?」と凛太に尋ね、凛太はそれをそのまま恭太郎へと伝えた。

 恭太郎は少し困った顔をしてから、凛太にこう話してくれた。

「おかあさんはね、こころのびょうきでね、りんたがあえないくらいとおいとおいところににゅういんしているんだよ。でも、りんたはおかあさんにあいたいよね……いまはこれしかのこってないけれど、このしゃしんをりんたにあげようね」

 そして手渡してくれたのが、一部が焼け焦げているその写真だった。その時は「そういうものなのだ」と納得し、父が困った顔をしたことからも母についてそれ以上尋ねたりすることはなかった。母が居ないということに慣れ切った中学生の頃、祖父の法事で親族が凛太の両親の離婚について話しているのを偶然聞いてしまい、それからは余計に話題にするのを控えた。母についての話題は、恭太郎の方から特に何か言い出すこともなく、いつしか那珂川家の暗黙の了解となっていた。

 写真を裏返すが、そこには何も書かれていない。恭太郎は大学教授という仕事柄か、何にでも細かくメモを取る姿を凛太は昔からよく見ていたが、家族に関することは、まるでそれに興味がないよとでも言わんばかり、何一つ積極的に記録を残そうとはしない男だった。家族写真と呼べるものもこの写真以外には一枚も見かけたことがない。それゆえ、凛太はこの写真を幼い頃から穴が空くほど眺めてきた。おかげでわざわざ写真を見なくとも鮮明に思い出せるくらい記憶に焼き付いていて、写真を取り出して見返すなんてことはもう十何年ぶりのことだったのだ。

 凛太は昼間、好春には火事に遭ったことはないと答えはしたが、彼と別れて自宅へと戻り『水の部屋』にこもっている時、写真の焼け焦げのことを思い出した。父へ久しぶりに電話をした理由は、好春の言うように自分が実際に火事に遭ったのかどうか、訊ねようと思ったからなのだが……母にまつわる話につながりそうな気がした凛太は、結局その話を切り出せないで電話を切ってしまった。

 通話時間は五分にも満たない。

「……やっぱ、聞けないよなぁ」

 母がどんな病気だったのか、そして病気なのに離婚してしまうということはどういうことだったのか、凛太の中にはいくつもの仮定が浮かび、その仮定と火事とをそれぞれつなげて考えてみるのだが、どうにもしっくりこないでいた。

 凛太は何気なくその端の焦げた写真を、スマホのカメラで撮影することにした。シャッター音が鳴ったのと同時に、玄関のチャイムがなった。驚きのあまりスマホを落としそうになるくらい慌てた凛太は、玄関の方を見る。チャイムはもう一度鳴る。静かに玄関の方へ近づき、覗き穴から覗こうとしたまさにその時、六畳に置いて来たスマホが馬鹿に陽気な曲を奏でた。慎悟からのメール着信音だ。

「わっ」

 思わず声を出した凛太へ、玄関扉のすぐ向こうから声が答えた。

「凛太……いるなら開けてくんねぇか?」

 扉の向こうの慎悟は、とても深刻そうな声を出した。凛太は思わず鍵を開ける。

「昨日はごめんな。茉凛ちゃん達とは予定外に会っちゃってさ。なんか強引について来られちゃったんだよ。でも本当は凛太に大事な話があってさ……昨日は結局話せなかったから、もし良かったら、今から聞いてくれるか?」

 思い詰めた表情だった。凛太は無言で慎悟の肩を叩く。慎悟はちょっと無理をした笑顔を見せてから、上がり込んできた。そして六畳の真ん中に正座するや否や、真剣な表情でこう言った。

「凛太。俺さ、佐和さんに告ろうと思ってんだ」


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