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智季

 智季(ともき)は陸上部の練習を終え、グラウンドを整備している途中に綾芽を見つけた。綾芽はこの高校で恐らく一番髪が長い。だから後ろ姿だろうが遠くだろうが彼女を特定することは、いつも一緒に居た智季でなかったとしても容易なことだった。

「綾芽? 来てんの?」

 綾芽が学校に来ていることに少なからず驚いたのは、智季が不登校の理由を知っていたからだ。

 麻衣架と智季、綾芽ともう一人、鈴亜(れいあ)は中学時代からの仲良しグループだった……綾芽が麻衣架を裏切るあの日までは。

 麻衣架が拓斗先輩に一目惚れした話は、その日の午後にはもう残り三人に共有されていた。皆で麻衣架を応援しようねって約束したし、麻衣架が時間をかけて丁寧にラブレターを書いていたのも皆知っている。なのに、綾芽は裏切った。恥ずかしがり屋の麻衣架の代わりに、ラブレターを持って行ってあげるよと言い出した綾芽は、ラブレターを渡したすぐそのあとで、拓斗先輩とキスをしていたのだ。四人の中で麻衣架と一番古い付き合いの智季には、それが許せなかった。綾芽も拓斗先輩を好きだったのならば、正々堂々と宣言すればいい。それを「応援する」とか言っておきながらの抜け駆け、裏切り。麻衣架はとても傷ついている。中学からずっと一緒に仲良くやってきた仲間だったのに。だから麻衣架が綾芽につらくあたるのも当然の報いだと感じたし、麻衣架と一緒に綾芽の裏切り行為をずっと責め続けた。素直に謝ればまだマシなのに、綾芽はずっと言い訳し続けた。麻衣架も智季も鈴亜も、あのキスを目撃していたというのに。

 認めないからいけないんだ。ちゃんと謝らないからいけないんだ。悪いのはそもそも綾芽なんだ。それなのに、綾芽が学校に来なくなってから数日が過ぎた頃、周囲のクラスメイト達は麻衣架達のことをよりにもよって「いじめグループ」とありえない陰口をたたいていることを智季は知ってしまった。親友である麻衣架が可哀想だった。大事な仲間だと思っていた友達に、大好きな人を騙し取られたあげく、その心の傷口に塩を塗り込まれるかのような心ない悪い噂。麻衣架の心の痛みを考えただけで、智季自身も眠れぬ夜を幾度となく過ごしていた。だから智季には、綾芽に言いたいことが山ほどあった。麻衣架の心の痛み、自分の心の痛み、綾芽が人としていかに酷いことをしているのか、そして綾芽がその現実から逃げ出すことで、自分たちが無実の罪を着せられてどれだけ迷惑しているか……それを綾芽に判らせたいと智季は考えていた。

 自分たちは悪くない。悪いのは綾芽。智季の中ではそういう整理だったから、非がある方から出向いて来るのがスジだと、自分たちで綾芽の家に押しかけて謝らせるみたいなことはせずにずっと待っていた。クラスメイトの謝った噂に曝されながらもずっと我慢して。綾芽は頑固なのか、ずっと家にこもったままで、メールにもLINEにも返信はなかった。だから放課後の校庭の片隅に、綾芽の後ろ姿を見つけた時、ようやく覚悟を決めて来たのかと、これでようやく麻衣架の日常から心配事が一つ減ると、智季は喜んだのだった。

 まだ部活は終わってなかったが、智季は校庭をならしてたトンボを手放し、綾芽のもとへと駆けだした。俊足の智季は綾芽との距離をぐいぐいと詰めて行く。

 それにしても綾芽はなんであんな何もない場所で立ち尽くしているのか?

 綾芽は校舎を見上げていた。その視線の先を追うと……三階は、一年の教室……多分あそこって麻衣架のクラス。でも麻衣架は部活に入ってないから、こんな時間に居るわけない。いったいどういうつもりでこんな放課後を選んで来たのだろうか。智季と綾芽の距離はもはや数メートル。

 「綾芽」と声をかけようとしたその時だった。窓の開く音がした。麻衣架の教室の方から。智季は反射的に音のする方を見て、麻衣架の姿を見つけた。麻衣架は教室の窓から身を乗り出して綾芽を見つめ、何かを言おうとしていた。でもその言葉は智季にはわからなかった。麻衣架は、言葉を発しきらないうちに窓から転落したのだ。しかも続けて拓斗先輩も同じ窓から身を乗り出して、麻衣架を追うように飛び降りた。

 智季には何が起きたのかわからなかった。ただ、いつの間にかすぐ隣で綾芽がしゃがみ込んでいたし、自分もしゃがみ込んでいることに気付いた。声を出せなかったし、立てもしなかった。いくつかの悲鳴がどこか遠くの方で聞こえたような気がしたけれど、現実感を喪失したままの世界で誰かに助け起こされたこと以外は本当に何も、智季の五感に触れることはなかった。

 麻衣架はどうなったの? ただその言葉だけが、智季の頭の中をぐるぐると回り続けていた。


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