ずっと一緒に
「っ人…殺し…!」
アレンが怯えた目でこちらを見てくる。久しぶりに見た、俺を恐怖する瞳。
「アレン…!」
アレンはふらふらな状態なのに立ち上がって俺から逃げる。アレンは俺に失望したのかもしれない。当たり前だ。自分の育て親が人殺しだったのだから。
「神父様…?どうかしたのですか?」
騒ぎを聞きつけた村の住人が何事だと家から出てくる。
「アレンが…その、私が騎士だった頃に…」
なんと説明すればいいのか分からず言葉が詰まる。
「さっき走っていく人影をみたのですが、アレン君ですか?」
「はい…」
「家出とか…?」
「…そんなところです」
まぁ…!とメリザが目を見開く。
「アレン君、神父様にべったりだったのに、反抗期ですか?」
「いえ…そういうわけでは」
「…?何にしても早く追いかけないと!いくら魔法が使えても危ないですよ」
そう言われるが渋ってしまう。
「…何か事情があるようですが、それは後で2人で話し合えばいいことではありませんか?今追いかけなくてアレン君に何かあったら、神父様は絶対に後悔すると思います」
マリアが心配そうな顔をしてそう言い、マリアの夫がアレンの捜索を手伝える人を探してくると言って走り出した。
「一緒に追いかけましょう」
「…はい。ありがとうございます」
俺がそういった瞬間、そこに居た全員走り出した。とりあえず心当たりと言えば昔部下だった魔法道具屋のザクスだ。アレンの仕事先だからもしかしたら頼っているかもしれない。
「ザクス!いるか?」
「…団長!アレンは大丈夫か?」
「…家出してしまって今探している。その様子ではお前の所には行ってないみたいだな…」
「探すんなら俺も手伝うぜ!」
ザクスも手伝ってくれ、街の中を捜索する。しかし、アレンの目撃情報はなかった。
そこからアレンの情報が入ったのは、日の出の少しあとだった。
「神父様!アレン君に似た人が何人かの男に連れ去られたのを見たって人がいました!」
「そこら辺の人攫いなら多分あいつらだ!ここから西にある小屋を根城にして――って団長!いくらあんたでも一人じゃ――」
ザクスに場所を聞くとすぐに走り出す。途中ザクスに聞いた話、他人の記憶を操作したなら相当の魔力を消費したはず。今のアレンに魔力はほとんど残っていないだろう。急がなければ…!
アレンにはもう嫌われていると思う。でも、父親の代わりとしてアレンを育ててきた。例え嫌われていたとしても、守ってやりたい。
見えてきた小屋の扉を蹴破り、アレンを蹴り上げていた男の頭を本気で殴り飛ばす。男は小屋にあった机を壊しながら転がった。
「お前ら――俺の息子に何をしている…!」
アレンの意識は既になく、ぐったりと床に倒れていた。剣を持った男達が斬りかかってくる。後ろの男の剣が当たる直前で後ろに半歩下がり、腕を掴んで男の勢いを利用し、そのまま前から斬りかかってくる男に投げ飛ばす。呆然として構えている男の腹に拳を叩き込み、人攫いの全員が床に沈みこんだ。
「アレン…!」
急いで駆け寄りアレンを抱き上げる。顔は真っ青で傷だらけだが、命に別状はなさそうだ。
合流してきたガインに治療の魔法道具を使ってもらい、アレンの傷を治療する。他に捕まっていた人も縄を切り、背中に大きな火傷を負っていた女性にも治療を施す。普通に考えたら治りそうもない傷だったが、ガイン曰くアレンの魔力をがこもったこの道具なら可能だと言っていた。
俺は人攫いは他の人達に任せ、そのままアレンを家に連れて帰った。
*
「ん…、」
「アレン、起きたか」
俺が声をかけた瞬間、アレンははっと目を開け飛び起きた。
「…っい…!」
「急に起きるな。まだ痛むだろう」
「……」
アレンは頭に手を置き、顔を顰めてこちらを一切見ようとしない。
「…すまない。俺がいたら落ち着けないな。隣の部屋にいるから何かあったら呼んでくれ」
「ま、まって…!」
俺が立ち上がり部屋を出ようとすると、アレンが焦ったように俺の服を掴んだ。
「…どうした?欲しいものがあるか?」
「あ、…そ、そうじゃなくて…、あの…」
言葉に詰まりながら、俺に何かを伝えようとするアレンを見つめる。俺に言いたい言葉、責めたい言葉はたくさんあるだろう。俺はそれを受け入れなければならない。今までずっと、人を殺したことを黙って一緒にいたのだから。
「神父様、…酷いことを言って…ごめんなさい…!もう俺のこと嫌いかもしれないのに、助けに来てくれたの本当に嬉しかった…ありがとう…俺、神父様が嫌ならもうここから出ていくし、この村にも――」
「ちょ、ちょっと待て、アレン!俺がお前を嫌う…?お前が俺を嫌ってるんじゃないのか?」
変な方向に進んでいたアレンの言葉を遮る。
「違う!!俺が神父様を嫌うなんて絶対に有り得ないよ!でも、ただでさえ魔法を暴走させるような面倒くさい子ども拾って育てたのに、恩を返すどころか酷いことを言って逃げ出すようなやつ、嫌いになって当然じゃないかって…」
「俺がアレンを面倒くさいなんて思ったことある訳がないだろう?それに恩を返すなんて…俺はアレンが元気に暮らしてくれるならそれでいい。俺がお前を嫌いになることも絶対に有り得ない」
「ほ、ほんと…?神父様、俺のこと嫌いじゃない…?」
「あぁ、お前は俺の、大切な息子だ」
そう言って抱きしめると、アレンは俺の胸にしがみついてきた。
「うっ…ふぇ…っひっ…!」
「怖い思いをさせてすまなかった。もう大事なことは絶対に秘密にしない」
「ありがと…神父様…!」
*
翌日、体調の戻ったアレンを連れて村の中心に行った。村では、アレンの無事を祝って宴が催されていた。
「ごめんなさい、迷惑をかけて…」
謝って回るアレンに付いていき、俺もお礼を言う。
「仲直り出来たみたいで良かったですね」
マリアがくすくすと笑いながらアレンの頭を撫でた。
「神父様、アレン君に嫌われているだろうって探してるぼそぼそ言ってたのよ?」
「マ、マリアさん…」
ほのぼのとした日常がようやく戻ってきた。そう、感じることの出来る午後の昼下がりだった。