衝撃の事実
「おはよう、アレン。よく眠れたか?」
「おはよう、神父様!」
目の前には黒い兜をかぶり、カソックを身につけた神父の姿が。俺の育て親だ。捨て子だった俺を拾ってくれたのだと村の人に聞いた。
「今日は隣町に魔法道具作りに行ってくるね」
「あぁ、気をつけて行ってこい」
俺はもう18歳になる。魔法の使い方も、生き方も全て神父様に教えてもらった。つい最近まで、神父さんの兜も普通の神父はかぶっているものだと思い込んでいた。
隣町に着いた。魔法で身体強化をすれば、馬よりはやく走れる。
「おう!アレン今日はこれやってくれ」
「オッケー、おじさん」
おじさんは俺が働いている店の店長だ。昔神父様と関わりがあったらしい。
「いやぁ、ありがとな。アレンのおかげで俺の商品がばんばん売れるんだよ」
「それはよかった」
俺の作る…というより、おじさんが作る道具に俺が魔力を込めることで、通常の魔法道具よりも格段に強い効果が発揮されるらしい。
おじさんが接客をし、俺が裏で魔力を込める。そういう仕事内容だ。
日が傾いてきて、客足が減ったところでおじさんが声をかけてきた。
「アレン、今日は晩ご飯奢ってやるよ」
「本当?よっしゃ!じゃあ神父様に伝えるよ」
俺は桶に水をはると、神父様に繋がるよう念じた。
「…?どうかしたか、アレン」
「神父様、今日はおじさんと晩ご飯食べたいんだけどいい?」
「あぁ、分かった。あまり遅くならないうちに帰ってこいよ」
「はーい!」
水に揺れていた神父様の顔は、俺が念じ終わるとすぐに消えてしまった。
「相変わらず便利な力だなぁ…商売にいかせそうだ」
「目を輝かせないでよおじさん…」
「悪いな、職業病だ」
俺はおじさんに連れられて、街の酒屋に行った。
「おじさん、俺酒飲めないんだけど…」
「俺が飲みたいから来たんだよ。ガキはジュースでも飲んでろ」
そう言いながらおじさんは酒とジュース、ご飯を頼んだ。
「…おい、例の算段は整っているのか…?」
「…あぁ、隣の村の教会に若い男と暮らしているだけで、他に人はいない」
…?隣の村の教会…?神父様のことだろうか。
少し奥にある席で2人、小声で話している人がいる。
「ようやく…ようやくあいつの仇を討てる…!」
討つ…?!神父様を殺す気なのか…?
「おい!何を話している」
「っ!なんだお前」
「餓鬼には関係ねぇよ」
「神父様を殺すつもりなのか」
そう聞いた途端二人の顔が強ばる。
「何故神父様を殺そうとする!あの人は村で人を守りながら暮らしているだけじゃないか!」
「人を守るだと?!あの人殺しが!!」
急に1人が喚きながら立ち上がる。
「人殺し…?何を言っているんだ」
「はっ!何も知らないのか?あいつは俺の友人を…皆を殺したんだよ!!」
神父様が…人を殺した?あの優しい神父様が?
「騎士団長のあとは神父だと?ふざけやがって!」
そんなはずない。神父様はいつも人を無闇に傷つけてはいけないって俺に教えてくれる。
「おい、こんな餓鬼に構ってる暇ないだろ。さっさと行くぞ」
「…やめろ」
俺の周りに冷気が渦巻く。神父様は絶対に殺してなんかない。俺が信じなくてどうするんだ。
「な、なんだ…?」
立ち上がり、店を出ようとしていた二人の足元に陣を浮き上がらせる。
「神父様には指一本触れさせない…!」
途端に二人の足元が凍りつく。
「なっ…!」
「くそっ、動けねぇ!」
「あんた達の記憶、抜かせてもらう」
俺が詠唱を始めると、二人は大人しくなり、昏倒した。
魔法で、神父様に関する記憶を破壊する。二人の記憶には、確かに人の首を切り落としている神父様が映っていた。
「お、おい…どうしたんだ?…って大丈夫かよ?真っ青じゃないか!」
途中から俺達の様子を見ていたおじさんが声をかけてくる。
「…大…丈夫。少し魔力を使い過ぎただけ…。ごめん、もう帰るね」
俺はそれだけ言うと、引き止めるおじさんの制止を聞かず店から飛び出した。
朦朧とする意識を保ちながら必死で走る。記憶を弄るのは相当の魔力が必要になる。それを二人分消費したから、もう体力も魔力もほぼ残っていなかった。
時間をかけて教会までたどり着く。あの二人の記憶は絶対に何かの間違いだ。神父様が人を殺すなんて有り得ない…!
「…っ神父…様…!」
「…アレン?どうした!真っ青だぞ」
俺を心配した神父様が駆け寄ってきてくれる。ほら、神父様はこんなに優しいんだ。人なんて殺すはずがない。俺は神父様の胸に縋り付く。
「神父様…嘘ですよね?人殺しなんて…するわけないですよね?」
俺が聞いた瞬間、神父様の雰囲気が変わる。黒い兜に覆われた表情は分からないが、ずっと一緒にいることで何となく感情を読み取ることができるようになっていた。
「…嘘ではない。お前が産まれる前、騎士団長をしていた時にたくさんの人を殺してきた」
目の前が真っ白になる。神父様の言葉を理解できない。殺してきた…?殺した…?人を…神父様が?…そうだ…なにか…なにか理由があるはずだ。神父様が理由もなしにそんなことをするはずがない。
「どうして…ですか…?」
「国王の…国の命令だ」
「それだけ…ですか?それだけで人を…殺したんですか…?」
「あぁ、そうだ」
神父様の無機質な黒い兜が、初めて冷たく感じた。まるで、誰も寄せ付けないような冷たい無機物。
「っ人…殺し…!」
神父様が…怖い
「アレン…!」
俺は夢中で駆け出した。暗い夜の道をなりふり構わず走った。
「はっ…!はぁ…!は…」
神父様は…追ってこなかった。
どこまで走ったか分からない。村を出て、街を抜けて、それでも走り続けた。どこにそんな体力が残っていたのか分からなかったが、ただひたすらに走った。そのまま途中で倒れ、俺は意識を失った。
*
目が覚めると、あまり綺麗とはいえない路地にいた。体力も魔力も全く戻っていなかったが、そんなことに構っている暇はなかった。
(神父様に…謝らなきゃ…)
昨日は神父様に酷いことを言ってしまった。確かに人殺しは許してはいけないことだ。でも、神父様が人を殺したことに何も感じていないはずがない。だって、騎士団長を辞めて神父になっている。毎晩、長い時間ずっと神様に祈りを捧げている。目の前のことに驚き、肝心なことを忘れてしまっていた。勝手に…騙されていた気になっていた。会って、ごめんなさいっていわなきゃ…
俺はふらふらと立ち上がり、村に向かって歩き出した。
突然、頭に衝撃が走り、転んだところを押さえつけられ、縄で縛られる。何が起こっているかわからなかった。
「ここら辺では見ねぇ顔だな…。でも綺麗な顔してるぜ、病気も持ってなさそうだ」
「久々に高く売れるんじゃないか?」
俺は何の抵抗も出来ないまま馬車に詰め込まれた。中には俺の他に数人、腕を縛られ項垂れている。
「あの…」
そのうちの一人の男に話しかける。その人は項垂れた顔を少しあげた。
「ここら辺の奴じゃないな…お前」
「あ、…はい。あの…さっきの人達って…」
「人攫いだよ。災難だったな」
男は諦めたような瞳をひして、木目の馬車の天井を眺めた。
「お前みたいな顔のいいやつは実験のモルモット用に買われることはないだろうよ。よかったな」
よかった…のだろうか。聞けば病原菌を身体に入れられ、苦痛を味わいながら死んでいく人もいるそうだ。それなら人に買われた方がましだろうか…
「まぁ貴族とかで人には言えない趣味を持ってるやつもいるからな…生きた人間をそのまま解剖するとか。どちらにせよ俺らはもう運に任せるしかないんだよ…」
聞いていて背筋が凍りつく。俺は死ぬのだろうか…神父様に謝ることが出来ないまま…。
馬車が動き出した。運転は荒く、馬車の壁にぶつかる。
しばらくその揺れに耐えていると、馬車はようやく止まった。
「おら降りろ!」
馬車に乗っていた人たちと俺は引きずり下ろされ、目の前の建物に連れ込まれた。部屋に入ると腕の縄は解かれ、足を拘束された。
部屋に全員入り終わると、人攫いの中で1番ガタイのいいリーダー格の男が、暖炉に入っていた焼きごてを取り出し、こちらに歩いてきた。
「今から奴隷の印を押す。全員服を脱げ」
「いや…いやぁぁぁぁ!」
項垂れ、虚ろな瞳をしていた女性が突然叫びだした。
「うるせぇぞ!」
女性は頭を殴られ、床に転がると意識が無くなったのかピクリとも動かなかった。
「おい、商品なんだ。あんま傷つけてんじゃねぇ」
リーダー格の男は転がった女性の服を乱暴に脱がすと熱されて真っ赤に染まった焼きごてを背中に押し付けた。
「っああああああぁぁぁぁ!!」
女性は意識を失っていたはずなのに、痛みで覚醒したのか絶叫をあげた。
「別に服を脱ぎたくないなら構わねぇ。服を脱ぐときに皮膚が一緒に剥がれてもいいならなぁ」
男は痛みに悶える女性を乱暴に退かし、下卑た笑みを浮かべた。
俺はほんの少し回復していた魔力を使って足の縄を切り男の前に立ちはだかった。
「お、おい…!」
馬車で話した男の人が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫です。なんとか…してみます」
魔力はほぼ底をついているし、体力もほとんど無い。それでも、神父様に謝るまでは死ねない。死にたくない…!
「ほぉ、いい度胸じゃねぇか坊主。やってみろよっ――」
焼きごてを暖炉に戻し、代わりに火かき棒を取り出し振りかぶってきた。それから目を離さずに少しだけ体をずらして躱す。男が体制を崩した瞬間に男の腹に膝を入れる。
「やっ…た!」
「ぐっ、ぅ…く…そがぁぁ!」
「っあ…!」
そのまま倒れると思っていた男は予想外に反撃をしてきた。咄嗟に躱そうとしたが間に合わず、顎に男の拳が当たる。
景色が揺れた。膝がガクリと折れる。落ち着く暇もなく男が俺の腹を蹴りあげた。
「がっ…げほっ!ごほっ…」
「手間かけさせやがって!この餓鬼!!」
何度も腹を蹴られ、苦しくて意識が飛びそうになる。捕まった人たちの悲鳴が遠くに聞こえる。
「は…っめ…なさ…げほっ…し…さま…」
意識が朦朧としてきた。目を閉じると神父様がいる。ごめんなさい、神父様…謝りに行くことが出来なくて…
自分の子どもでもない俺を育ててくれて、魔法を、生き方を教えてくれた。その恩を返すどころか酷いことを言って逃げてしまった。もう神父様は俺のこと嫌いになっているだろう。せめて、少しだけでも恩返ししたかったな…
「あぁ?何だてめ――っ」
薄れゆく意識の中、聞こえたのは人を殴る音と
「お前ら――俺の息子に何をしている…!」
大好きな…神父様の声だった。