死の半歩手前
今回は暴力描写を含みます。
好まない方はお勧めしません。
あんまりきつい描写ではないと思ってます。
いつもの朝だった。
目覚めて体を起こすと薄暗い部屋にため息が出た。
ここはいつも私を憂鬱な気分にさせる。
でも、今では彼が迎えに来ることを信じてるし、事実いつも期待通りに来てくれていた。
しかし私の平和ボケした考えはこの日打ち砕かれる。
いつものようにベッドの上で膝を抱えて扉をぼーっと眺めていると扉の方で足音がした。
足音は規則的で地下の部屋に響き渡った。
続いて重い扉が歪んだ音を立てながらゆっくり開いた。
私は退屈そうな姿を見られないように急いで取り繕った。
大して待っていないのは事実だが、あまり気を遣われるのは好きじゃない。
扉の先には彼がいた。
私はいつものように迎えに来てくれる彼に
「おはようございま...」
暗く顔が見えない時に思い込んでしまったせいで'見間違った'
同じ顔をした人間とは思えないほどはっきりわかった。
端正な顔立ちと不釣り合いなほどの無表情。
まさに、氷の中に閉じ込められているようだ。
服装の趣味も変わるのか、黒尽くめで暗い部屋では闇を押し固めたようだった。
私は死線のようなものを潜った経験からか、幾分か落ち着いていた。
動悸は収まらないが頭は回る。
前の経験から意識を失わせれば、秋さんが助けてくれるという確信があった。
だが今回は前のように騙していると思っている相手を騙すといった事は出来ない。
不意をつかなければ抵抗する余地はないだろう。
周りに何かないかと一瞬だけ視線を落とし武器になる物を探す。
しかし
「うっ.....」
目を離したほんの一瞬、距離はまだ数メートル以上あったはずなのに気づいた時には私の首に手がかかっていた。
「まさか気絶させられるとは思ってもみなかった、あんな事したのはお前が初めてだ」
両腕で首を絞めながら何事もないかのように話している。
苦しい。
首を絞められながら持ち上げられ、足が地面から離れている。
苦しい。
首を掴む手を必死に離させようともがくがビクともしない。
苦しい。
「がっ...」
もうダメかもしれない。
顔が熱くなってくる。
「あの時はすぐぶち殺してやろうと思ったけど、今は考え直したんだ」
いきなり首から手を離され、地面に崩れ落ちる。
むせながら必死に空気を吸い込む。
ここの空気は好きじゃなかったが、今は呼吸出来ることがありがたい。
「お前はすぐには殺さない、時間をかけて殺してやる」
朦朧とする意識の中で一番聞きたくない言葉を聞いてしまった。
呼吸が乱れたまま必死に彼の方を見るとしゃがみこんで手に持っているナイフの先端を眺めていた。
「ここで最初に使ったナイフだ、覚えてるか?」
忘れられる訳もない。
頬を切られた痛みは簡単には消えるものじゃない。
「まあわかってるだろうがこれはお前みたいなのを何人も殺してきた俺のお気に入りだ」
大きく鋭く手入れされているナイフはもはや鎌のようだった。
ナイフを見せられてから必死に隠してきた恐怖心が頭を支配していた。
体は震え、口が乾き、鼓動は早くなる。
「切れ味も最高だ」
'式'は唐突に自分の左手の平に右手で持つナイフを当て、スーとゆっくり切り裂いた。
痛みとかを感じないのか、我慢できるのか知らないが表情は変わらない。
秋さんの体を傷つける行為に怒りが湧いた。
しかし、今はそんな事を言っている暇はない。
私は地面にポタポタと滴る血を見ながら自分に出来ることを考えた。
何もなかった。
ここでお終い。
抵抗なんて物はこの人の前では意味をなさない。
「私は殺されるんですか...?」
恐怖から掠れるような声しか出なかった。
当たり前のような質問をしてしまう。
「そうだ」
きっぱりと即答した。
今まで運良く渡れていた綱渡りもここで終わりらしい。
「秋さんにもう一度...」
思わず口にしてしまった言葉に自分が一番驚いた。
しかし、同時に式も珍しく驚いていた。
そして、笑いながら
「監禁されている身で馬鹿なこと考えてるな、だいたいいつかはあんな精神力のないカスは俺と交代するのが道理だ」
楽しそうに自分の体の住人を嘲笑している。
「あいつが弱いから俺がいる。
もうあいつは一生引っ込んで俺にこの体を渡して欲しいもんだ」
だめだ、我慢できない。
言いたい事を言えなかった人生だ。
もう死ぬなら最後ぐらい人生に逆らってみたい。
「あんたなんかただの子供だ、秋さんの邪魔をするあんたが消えればいい」
部屋全体が凍りついたかのように静かになった。
「私は秋さんが好きだけどあんたは嫌い」
無表情の式からは何も読み取れない。
静寂が続いた。
「この場でそれだけ言えるなんて大した度胸だな」
「がはっ...」
切り裂かれた左手でまた首を掴まれた。
そのまま体重をかけられ倒され、地面に打ち付けられる。
「初めて見た時は弱々しそうな奴だと思ってたが俺の間違いだったみたいだな」
仰向けで倒れる私に馬乗りになり首を絞め続ける。
苦しいが仕方ない事だ。
覚悟して言ったが苦しい物は苦しい。
「挙句の当てには監禁してる男を好きになるとは随分強いメンタルだ」
式が右手のナイフを振り上げた。
意識が朦朧とし、監禁部屋の裸電球が何重にも重なって見える。
目を閉じると家族の事を思い出した。
おばあちゃん、おじいちゃんごめんね。
孫にも先立たれて悲しいだろうな...
秋さんは私が殺されたのを見て悲しんでくれるのかな...?
悲しんでくれるといいな
痛みがやって来ない。
振り上げられてから覚悟していた苦痛がなかなか来ない。
気づくと首を絞める手も緩んでいた。
さらに首を掴む手から何か液体が伝ってくるような感覚がある。
恐怖を押し殺しゆっくりと目を開けた。
影になっていて彼の顔はよく見えない。
でも、はっきりと見えたのは私を掴む左腕にナイフが刺さっている事だ。
「...ど、どうして...」
必死に喉を動かし声を出す。
私に馬乗りになっていた彼はふらふらとしながら立ち上がり、歯を食いしばりながら部屋を出て行った。
何がなんだかわからない。
私は何回も深呼吸をした後、ゆっくりと立ち上がり開けられたままの扉から血痕を追って行った。
すると、リビングのあたりでこっちに背を向けながらその人はうずくまっていた。
「うっ...僕は...」
左腕にはナイフが突き刺さっているままだ。
小声で何かを言いながらえずいているようだった。
私は再度覚悟した。
彼が秋さんじゃなければまた殺されかねない。
でも声をかけなければならない気がした。
「秋さん...?」
私の呼びかけにその人は振り返り立ち上がった。
「ごめん...僕はやっぱり君の近くにいちゃいけないんだ...」
どうやら秋さんらしい。
秋さんが私を殺されないように自分にナイフを刺したのだろうか?
涙を流しながら私から遠ざかろうとする。
「秋さんが助けてくれたんですか...?」
「そうだよ...でも殺そうとしたのも僕だ!
こんな事を繰り返していてもいつかは君を殺してしまう...」
「...」
否定できない。
さっき殺されなかったのだって奇跡だ。
次はないだろう。
「君を死なせたくない...」
少し離れていく秋さん。
このままじゃいつか消えてしまうだろう。
「どうせあの部屋に入れられた日に終わった人生です、運良く生きられただけで」
一歩近づく。
さっきと違い、今なら近づくのも怖くない。
「秋さんと暮らすのも嫌いじゃないですよ」
また一歩近づく。
秋さんは近づく私に怯えているように見えた。
「秋さんは私の事好きですか?」
さらに一歩近づく、もう目の前まで来た。
私の思わぬ質問に混乱しているらしい。
「えっ...それはどうゆう...」
察しの悪い彼に怒鳴りつける。
「好きか嫌いかですよ!!」
「す、好きだよ!」
いきなり怒鳴られて勢いで口走ったらしい。
勢いでも言質は取れた。
こっちの勝ちだ。
「ならそれでいいんじゃないですか?」
おそらく他の人が見たら笑いだろう。
私の首には絞められた時に付いた痣が残っており、秋さんには未だにナイフが刺さっている。
そんな言葉で解決出来るような問題じゃないのは確かだ。
だが、この言葉以外に当てはまる言葉はない。
秋さんは黙って俯いている。
早く手当てしたい、痛々しすぎる。
「本当にこのままでいいの...?」
私と目を合わせないまま、小声で聞いてきた。
「私はいいと思いますよ、秋さんに拾われた命ですからね」
この部屋に監禁された日、終わっていたはずの命だ。
どう使おうと勝手だろう。
神様に嫌われている2人だ。
ある意味運命の人のはず。
「じゃあ僕ら付き合う?」
「...はい?」
腕からだらだら血を流し、秋さんはいつも通り笑いながらそう言った。
少し暴力的な表現が多く、耐性がなかった人には厳しかったかもしれません。
ごめんなさい。