傷
今回から少しずつ明らかになってきます。
もし気になっていただけたら幸いです。
私はこの人の微笑で蛇に睨まれた蛙のように動かなくなり、恐怖で震える以外何もできなくなってしまった。
何なんだ、この人。
特に、私の恐怖心を煽ったのはこの人の微笑だ。
一言で言うなら歪、無表情な顔を笑顔のために歪めているような不自然さがあった。
「その表情だと自分がこの後どうなるか想像できてるみたいだな」
ナイフを持ちながら、ゆっくりと私に近づいてくる。
「でも、覚悟とか決めるのはやめてくれよ?
恐怖で引きつってる顔の方が好みだからな」
ナイフをまるでおもちゃのように投げている。
回転しながら落ちてくるナイフの刃を指で掴むという尋常じゃない行為を何度も私の方を見ながら繰り返している。
「................どうして....」
掠れるように振り絞った言葉はたったの四文字にしかならなかった。
「ん?何か言いたい事があるのか?」
笑っているように見える微笑を貼り付けながら男は聞き返してきた。
「..........どうしてこんな事するの....?」
私はこの質問する間にもう助からないと実感し涙が出てきていた。
何故か泣いたらいけない気がしたけど、溢れてきてしまうのは止められなかった。
そんな私を見つめながら男はさっきの私の質問を反芻しているようだった。
「特に理由は無いが、たまに人を殺したくなるんだ」
何を言ってるんだ、この人。
冗談を言ってるそぶりもないし、言う必要もない。
この人はそんないつくるかわからない不意の衝動で毎回人を殺してると言うのか。
「それってどういう意味...」
「どうもこうも殺したくなるから殺す、お前を初めて見た時は特に殺したくなったよ」
そんな事言われても嬉しくない。
さっきまでは怖くてたまらなかったが表情を変えずにのたまっているこの人を話しを聞くにつれてだんだん怒りのようなものがふつふつと湧いてきた。
「まああの時殺す事も出来たんだが、監禁して恐怖を植え付けた後殺すのも一興ってね」
全く理解できない考え方だが、理解したくもない。
このまま殺されるなら、足掻いてみてもいいかもしれない。
「.....こんな事許されるわけない...」
怒りに任せて呟いてしまった。
そして笑顔と言う表情を貼り付けた犯罪者を睨みつけながら続ける。
「私を探してる人もいるだろうし...どうせすぐ捕まる...その前にここから」
「すぐ捕まる、本当にそう思ってるのか?」
私が言い終わる前に男は質問してきた。
男から表情が消えた、むしろさっきより人間味がある無表情だ。
「お前の前に何人殺してると思っている?」
「えっ.....」
「6人だ」
衝撃の告白に再度私の身体は恐怖に雁字搦めにされた。
6人も殺しているサイコパスにどんな言葉も無意味だと悟った。
私は恐怖と絶望で前にいる男の人と目を合わせる事を出来なくなっていた。
そうして、誘拐犯の足元を眺めている時に不意に気づいた。
初対面、しかも自分を誘拐した犯人に対してなぜ自分はこんなに話せるのか...
男の人と話したのなんていつぶりだろう...
ふとそんな事を考えていた時頬を何かが掠める感触、物が風を切る音と後ろで金属が落ちる音が聞こえた。
振り返るとそこには男の人が持っていたナイフが転がっていた。
そして、恐る恐る頬に触ると焼けるような鋭い痛みと熱が走った。
頬に触れた手には私の鮮血が付いていて見ただけで気分が悪くなった。
痛みが死が近づくのを実感させる、また涙が出てきた。
「さっきの目...2度とするな」
私の方に近づきながら男の人は低く落ち着いた声で言った。
「今はあいつがうるせえから殺さないでいるが、次に癇に障ったら殺す」
私の後ろに落ちているナイフを拾い上げ、振り向かずにスタスタと歩いて金属でできた重そうな扉を開けて出て行ってしまった。
1人になった事で少し冷静になれた。
我ながら随分大胆だった。
だいたい人とこんなに会話したのも久しぶりな自分が、自分を誘拐した犯人と面と向かって話すなど私の祖父母が聞いたら飛んで喜ぶだろう。
...もう祖父母の喜ぶ姿も2度と見れないかもしれないが。
「....っつ」
切られた頬が痛い。
深い傷ではないが切れ味のいいナイフで切られた頬は簡単には塞がらなく、少しだが血が流れていた。
ポタポタと滴る血を見ると息が上がってきてしまった。
緊張で口の中もカラカラだ。
鉄のドアが開く音がした。
私は床に両手をついて上がった息を整えていて、不意に開いたドアの方を見るのが少し遅れてしまった。
その時、ドアを開けた主は小走りで近づいてきた。
「うわあああ!!!」
いきなり距離を詰められて驚き、叫びながら後ろに倒れそうになる。
近づいてきた人は誘拐犯だったが、その時言った事と私に近づいた理由が理解できなかった。
「お、驚かせてごめんね...頬の傷は大丈夫?」
は???
謎をほっぽり投げて終わってしまいますが、次はすぐになるのでもし少しでも楽しんでいただけたら暫しお待ちm(__)m
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