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マキリの魔女  作者: 雁飼稔
お風呂に入りたいですわ
8/10

お風呂に入りたいですわ③


「あぁいうことは事前に言ってほしいものね」


 執務室に入ったアリアンナは大上段に切り出した。

 その顔には不愉快の文字が読み取れるほどに浮かんでいる。


「いや、すまないな。私もあの場で思いついたのだ」

「あら、かわいらしかったですわ。おねえさま」


 謝罪するドレイグとからかうようなアンジェリカ。

 そのどちらもを眺めてアリアンナはため息を吐きだす。

 事態についていけないのはニーニャだ。

 今の今までにこやかに手を繋いでいた少女の変貌ぶりに言葉を失っている。


「あ、あの……お父様。これは……」


 どういうことなのか──ニーニャは言葉にならない言葉を口にする。


「あぁ、紹介が遅れたな。こちらはマキリの魔女殿だ。暗殺者に襲われて死んでしまった私を生き返してくれた」


 娘の問いに父親が事も無げに答えた。

 その上更なる混乱をもたらす余計な一言を付け加えるのを忘れない。


「あなた、よくそれで王が務まっていたわね……」


 さすがのアリアンナも苦言をあらわにする。

 すっかり固まってしまった姫さまが少しだけ哀れに感じられた。


「周りが優秀であれば王というものはただの飾りにすぎないものだ」

「そういうものかしら」

「そういうものだ。さて、ニーニャ。遊んでいる暇はないぞ。お前には明日から王をやってもらわなければならんのだ」


 混乱の渦中にある娘に追撃を加える一言だった。

 ニーニャの復活まで少しの時間を必要とした。




「──話はわかりました。ですが……」


 混乱から回復したニーニャはひとつひとつ物事を整理していった。

 父親が暗殺者に殺されたこと。そこにマキリの魔女が現れて生き返されたこと。生き返ったとは言え父親には時間があまり残されていないこと。明日から自分が王になること──どれもこれもにわかには信じがたいことだ。

 そもそも目の前の人間が実は死んでいて明日の朝には消えて失せてしまうなどと言われて誰が信じるものだろうか。

 それでもニーニャは父親を信じなければならない。

 冗談であればそれでも良いが、こういう冗談をする父親でないことはわかっている。

 しかし、自分に王などというものが務まるだろうか。花嫁修業もろくに出来ない不出来な娘に……。


「お前が不安に思うのはわかる。私とてこのようなことにならなければお前を王にしようとは思わなかっただろう。どこぞの両家の婿でもとるつもりだったのだからな。しかし、もはや時間が無いのだ。お前に王としての覚悟を決めてもらう。私もお前に伝えられるすべてを伝えよう」

「……かしこまりました」


 出来る出来ないではなくやらなければならないのだ。

 ニーニャにはこれ以上悩む時間すら残されていなかった。

 覚悟を決めた娘にドレイグは頷く。

 それではと伝えるべきを伝えようとするドレイグにアリアンナから待ったがかかった。


「思ったよりも早かったわ。アンジェリカ。お願いできるかしら」

「えぇ、姉さま。わたくしにおまかせを」


 アンジェリカは百も承知とばかりに席を立つ。

その顔は非常ににこやかで、嬉しそうなものだった。

 

「どうかしたかね」

「来客よ」


 昼間の暗殺者がまた来た。

 アリアンナは言外にそう言っている。


「なるほど……」


 ドレイグも予想はしていた。

 標的が生きていると知ればまた暗殺者を差し向けてくるのは当然ともいえるだろう。


「首謀者はわかるかね」

「予想は出来ているのでしょう?」

「王城のものであろうという程度だ」


 先ほど皆の前で魔女の正体を隠したのはその為だ。

 国外の者がわざわざ暗殺者などを雇うほどの事はまずないとも思っていた。


「それはわたしたちに任せればいいわ。あなたはあなたのやりたいことをなさい」

「しかし、妹君一人で大丈夫なのかね」

「あなた、わたしたちを何だと思っているの?」

「そうか、そうだな。失礼した」


 おとぎ話のマキリの魔女は不滅の存在だ。

 人間ごときが心配するなど、おこがましいとさえ言えるだろう。

 それではと改めてドレイグは目の前の娘を見る。

 今度こそ娘に王たるを伝えなければ──と思ったのだが、当の娘が顔を蒼白にして震えてしまっていた。


「やれやれ……」


 これでは先が思いやられるな。



 執務室の扉を挟んだその外側。

 絢爛に彩られた廊下を十人ほどの人影が闇から闇へと蠢いている。

 四人を殺すだけならばただの一人でも務まるほどの一流の使い手たち。

 それらが両手の数ほども揃っている。

よもや失敗などありえない。彼らも、彼らの雇い主も、誰もがそう考えていた。

 目標のいる執務室は目の前だ。

 このまま部屋になだれ込み、そこにいるものを消せばいい。

 簡単な仕事だったはずだ。

 少なくとも、彼女が現れるまでは。


「ようこそ、暗殺者さま。こちらは行き止まりになっておりますわ」


 闇の中からなんとも場違いな少女が姿を表した。

 白いワンピースドレスに大きな麦わら帽子。日焼けのない白い体に腰まで伸びる長い銀髪。

 そのどれもが少女をただの少女然としており、暗殺者が足を止める要因にはならない。

 それどころか標的の一人だ。

 飛びかかって首でもかき切ってしまえばその白はたちどころに赤く染まるだろう。

 そうすべきだ。そうするべきであるはずなのに、暗殺者たちは誰一人としてその場から動くことが出来なくなっていた。


「あら、意外とみなさま消極的ですのね。折角の機会ですのに」


 場違いな少女が場違いなクスクス声を上げる。

 明確な挑発だ。しかし、暗殺者たちは動けない。

 なまじ一流の技を修めているためにわかってしまう。

 これ以上進むことは死を意味するのだと。


「来られないのでしたら、こちらからお伺いしましょう」


 少女がポンッと手を合わせると少女の周囲にいくつもの火球が生まれる。


「魔法を使うのは本当に久しぶりですので、出来が悪くて申し訳ないですわ」


 少女の白い手が前へとかざされた。

 それは神への供物を捧げる聖職者のような荘厳さがあり、対峙する者にとっては明確な殺意を感じられるものだった。


「ッ!!ちら──」


 その男が炎に包まれ、燃え尽き炭化し灰となるのは一瞬の出来事だった。

 哀れな犠牲者は果たして暗殺者集団のリーダー的な存在だったのだろうか。

 周囲の者に合図を送ることも出来ずに炎に飲み込まれてしまう。

 それでも他の者がその場から逃げ出し、飛びすさり、闇に紛れるほどのことが出来たのはこれまでの修練の賜物だろう。

 この豪奢な廊下にアンジェリカ一人だけが立っている。

 それでもアンジェリカは言葉を続けた。


「わたくし、とても楽しみにしておりました」


 闇の中で火柱があがる。


「あの馬車を襲撃した魔法は素敵でしたわ。あれだけの威力でありながら避ける時間を与えていない」


 叫び声をあげるだけの暇もなく一人の人間が灰となる。


「とても魔法に精通した素敵な方々とお会いできるのではと」


 一瞬の炎が周囲を照らす。


「ですから、どうぞ。もっと頑張ってくださいませ」


 笑顔を見せるアンジェリカの頭上で炎が炸裂した。

 馬車を吹き飛ばし、ドレイグを暗殺せしめた魔法だ。

 しかしそれもアンジェリカにただ一つの傷を与えることは出来なかった。


「こんなものですの?」


 アンジェリカの顔に落胆の色が浮かんだ。

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