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マキリの魔女  作者: 雁飼稔
お風呂に入りたいですわ
7/10

お風呂に入りたいですわ②


 その男が目を覚ましたのは、日が暮れて周囲を闇が覆っている頃だった。

 男は自分が死んでしまったことをはっきりと覚えていた。

そのため、生き返ったことにしばらく混乱していたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「まさか死の淵でマキリの魔女に出会うとはな」

『実際あなたは死んでいましたよ。ドレイグ』

「喋る馬くんにまで出会うとは……」

「信じられませんの?」

「信じないもなにも実際こうして生き返っているのだからね。とはいえ馬が人の言葉をしゃべった時は度肝を抜かれたが……」


 そういって男は笑った。

 その男──ドレイグ・ブルグラインはこの地方を治める国王だという。

 周辺諸国との会合の帰り道、暗殺者に襲われてしまい死んでしまったらしい。

 今は助けてもらった礼にとドレイグの居城に向かっている。


「それにしても噂に聞く魔女殿がこれほど愛らしい──失礼、美しい方だとは」

「あら、お上手ですのね。ドレイグさまも素敵な紳士ですわ」


 国主と言えば厳格な人物を想像するものだが、ドレイグは存外気さくな人物であった。

アンジェリカなどはウマが合うのだろう。先ほどの不機嫌もなくなっている。

 一方、冷静で怯えた様子を見せないドレイグの事が面白くないのはアリアンナだ。


「あなた、変わった人ね」

「そうだろうか」

「普通、生き返ったなんて聞いても簡単に受け入れたりしないものよ」

「そりゃあ私も大層驚いたがね。とはいえいつまでもおたおたしてはいられまいよ。それにマキリの魔女の魔法と聞けば生き返られたのも納得する」

「ドレイグさまは人を生き返す魔法をご存知なのですか?」

「いや、そのような魔法は聞いたことがない。およそあったとしても神の理を外れる外法だろうな」


 そう言ってドレイグは口を開けて笑った。

 自らが受けた奇跡を外法と言ってしまうのは剛気なものだ。


「神はお嫌い?」

「私とて食事の前には神への感謝を捧げるし、(まつりごと)に悩めば占いもする。信心深いつもりだ。しかし現実がこうであればやはり受け入れねばならん」


 また笑う。


「そういう魔女殿はいかがかな? おとぎ話に聞くマキリの魔女は神敵とされているようだが」

「神は嫌いよ」

「やはりそうなのか?」

「だって、人の話を聞かないんですもの」


 アリアンナの言葉をアンジェリカが続ける。

その言葉にはやたらと実感が篭っていた。


「ハッハッハ、そうだな。神は人の話など聞きはしないものな」


 ドレイグは心底楽しいとばかりに笑い続けていた。



 そのまましばらく馬車が走っていると、ドレイグの居城が見えてきた。

 もう深夜だというのに城には明かりが灯されており、何やら騒がしい様子が遠目にも見て取れる。


「騒がしいな。何かあったのか」

「ドレイグさまが戻られないからではありませんか?」

「それもそうだな。私が不在でも城が機能するような仕組みを考えなければならんな」

「のんきな人ね」

「そうかね。しかしそうのんきな事も言ってられなさそうだ。魔女殿、私には後どれくらいの時間があるのだろうか」


 そう言ったドレイグの目はこれまでと違って真剣だった。

 アリアンナはドレイグを蘇らせたが、時間制限の話などしていない。

 それでも、何というわけでなくわかっているのだろう。賢い男なのだ。


「そうね。あなたであれば明日の朝までというところではないかしら」

「それだけあれば十分だ」


 ドレイグの目に決意の光が灯る。

 朝までに出来ることを考えているのだろう。

 城に入った三人──マキリは厩舎に連れて行かれた──を迎えたのは国の政務を取り仕切る臣下たちだった。

 一様に疲れた表情をしているが、ドレイグが無事戻ったことでいくぶんそれも和らいだようだ。

 ドレイグはその全員に労いの言葉を掛けながら玉座に座る。傍らには二人の少女を伴っていた。

 臣下たちはその光景を異質に感じながらも、誰一人として口には出さなかった。

黙って主の言葉を待っているようだ。


「皆、遅い時間なのにご苦労。心配をかけてすまなかったな」

「いえ、ドレイグ様のお戻りを待っておりました」


 臣下の一人が言葉を返した。


「ところでドレイグ様。そちらのお方は?」


 皆が聞きたかったことだろう。臣下の言葉にドレイグが頷く。


「あぁ、こちらは──」

「お父様!」


 ドレイグの言葉を遮って甲高い声が広間に響きわたる。

 声の主。ドレイグの娘のニーニャが広間に駆け込んで来たのだ。

 就寝中だったのだろう。父王が戻ったと聞いて駆けつけたはよいものの寝巻き姿のままだ。

 そろそろ嫁の貰い手を考える年齢であるのに。後を追う侍女の苦労が伺えた。


「おぉ、ニーニャ。ただいま」

「とても心配いたしました。今までどうしておられたのですか?」

「その話をしようとしていたところよ、お前も聞きなさい」


 愛娘から目を離し、ドレイグはアリアンナらを見た。

 その目には話を合わせてくれという意図が込められており、アリアンナもそれを察した。


「私は今日暗殺者の襲撃に遭った」


 ドレイグの言葉に皆一様に衝撃を受けた顔をしている。

 何者か、首謀者は誰なのかと口々にざわめき始める。


「どこぞの手のものなのかはわからん。だが私は生きている。この二人に助けられてな」


 広場にいた者全員の視線がアリアンナらに集まった。

 中には当惑と疑念の視線も混ざっていたが、その大半が感謝と安堵のそれだった。

 とりわけ大きな反応を示したのはニーニャだった。

 二人に歩み寄り、その小さな手を包むように取った。


「あなた達が父上を……ありがとう。あなたお名前は?」


 背丈の低いアリアンナに合わせるように腰をかがめ、その口調は小さな子どもにむけるそれだ。

 普段のアリアンナであれば子ども扱いに不機嫌を顔に出すところだろう。


「わたしはアリアンナ。こっちは妹のアンジェリカ。おうさまを助けることができてわたしもうれしいです」


 マキリがこの場にいたらどんな顔をしただろうか、少なくとも三日はからかわれるに違いない。


「あなた達には何かお礼を考えなければいけませんね」

「それについてだが、私に考えがある。執務室に行こう。二人もな」


 そう言ってドレイグは立ち上がった。

 臣下たちにあれこれと指示を出し、同時に執務室には立ち入るなと言うことも忘れない。

 そうしてこの場は一度解散となった。


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