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マキリの魔女  作者: 雁飼稔
お風呂に入りたいですわ
6/10

お風呂に入りたいですわ①

 新緑の森。

 木花の匂い立つ一本道を一台の黒い馬車が進んでいる。

 装飾の少ないその馬車は荷台に車軸に車輪と、更には繋がれている馬までが黒い。

 その御者台に一人座る少女だけが、白かった。

 純白のワンピースドレスに身を包み、腰まで伸びる銀髪が印象的な美しい少女だ。

 御者台から放り出した足をパタパタと振り回す姿は実に愛らしい。

 しかしその仕草は決して愛嬌を振りまいているわけではない。

 少女は変わり映えのしない森の景色にすっかり飽きてしまっていたのだ。


「お風呂に入りたいですわーー!!」


 もう何度目にもなるだろう。少女は先刻から繰り返し叫んでいる。

 しかしそれに応えるものはいない。ただ沈黙だけが帰ってくる。

 少女は小さくため息を吐くと、その瞳を馬車をひく黒い馬に向けた。


「ねぇマキリ。わたくしがこんなにも懇願しているのだから、そろそろ応えても良いとは思わない?」


 その馬──マキリは答えない。

 下手に返事をすると面倒なことになる。そうわかっているから。

 マキリは聞こえないふりをしてその身を馬の役に徹していた。


「マキリ、聞こえているのでしょう?」


 少女は目の前を揺らぐ馬の尻尾を掴むと、強く引っ張る。

 無惨にも艶のある毛が数本抜けてしまった。

 勿論少女はそんなことに構いはしない。


『あいたたた……何ということをするんですか。アンジェリカ』

「あなたが人の話を聞かないからよ」


 少女──アンジェリカは目に見えて不機嫌だ。

 馬車での旅がお気に召さないようだった。


『アンジェリカ。馬車にお風呂はつけれませんよ』

「そんなことはわかっているわ。そもそも何なの、この馬車は」

『郷に入っては郷に従えという言葉があるでしょう?』

「知らないわ」


 マキリはアンジェリカの知らない言葉を使う。

 知識をひけらかしているわけではないのだろう。マキリとはそういう「モノ」なのだ。

 

「あなたがそのようなものに従う必要があるのかしら」

『不必要な混乱といさかいを避けるためには必要ですよ。アンジェリカ』

「あらそう。それじゃあもう一つききたいことがあるのだけれど」

『何か?』

「あなた……どうして馬なの?」

『……』

「馬が喋るのは不必要な混乱といさかいを起こすのではなくって?」


 短い沈黙の後、マキリは当然のことだとばかりに答えた。


『馬車を動かすには馬が必要でしょう?』


 マキリがその長い首を曲げ、御者台のほうにと向けてみせた。

 そのつぶらな瞳は「一体何を言っているのか?」とでも言いたげだ。


「答えになっていないわ」

『馬はお気に召さないですか?』

「かわいくないわ」


 アンジェリカはプイと顔をそむけてしまう。

 その動作はなんとも少女らしく愛らしかったが、それを見るものがマキリしかいない事が悔やまれる。


「わたしはいいと思うけれど」


 荷台から姿を表したのはアンジェリカによく似た少女だった。

 黒を基調としたゴシックな衣装は白いアンジェリカと並ぶと強いコントラストを生み出している。


「姉さまは趣味が悪いですわ」

「そう? なんだか可愛らしいじゃない」

『よくわかっておられますね。アリアンナ』

「それに、マキリがこんな姿になっているというだけで愉快だわ」

『……前言を撤回しますよ。アリアンナ』

「やっぱり趣味が悪いですわ」


 非難する二人をよそにアリアンナは涼しい顔で紅茶などを飲んでいる。

 その顔に少なからずしてやったりという色が見えるのは気のせいではないのだろう。


「それで、まだなの? わたくしもう飽きてしまいましたわ」


 お風呂は諦めたのだろうか。もしくはただの暇つぶしの戯言だったのか。

 マキリはやれやれといった調子で答えた。


『もう見えてくる頃ですよ。アンジェリカ』


 マキリが少し歩調を速めた。

 次第に新緑の良い香りに混じって何かが燃えたような、くすぶっているような匂いがただよい始める。


「あれね」

「そのようですわ」


 三人の前に横倒しになった馬車の姿が見えた。

 周囲の木々は燃えカスになり、地面には草の一本も生えていない。

 元は豪奢な飾り立てがされていただろう馬車は損傷し、今は無残な焼け跡を残しているだけだ。


「争いでしょうか」

「事故ではなさそうね」

『どうやら暗殺のようですよ』


 そう。──そう返す二人とも、その言葉に興味はないようだ。


「生きている者はいるのかしら」

「いそうにないわね」


 そう言って二人はわらう。


「では、いつものように」

「えぇ、いつものように」


 愛らしさも美しさも消え失せた酷薄な笑顔だった。

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