わたしたちは魔女だもの④
◇
そこは、この砂漠に点在するオアシスの一つだった。
湧き出る泉と周囲を囲む岩塊により人の居住が可能となっている。
居住可能な土地が少ないこの地域では非常に貴重だ。
何かの間違いで個人の手に渡ればそれだけで何世代にも渡って遊んで暮らしていけるだろう。
しかし今は砂漠に潜む荒くれたちの巣窟だ。こういう場所であるからやりたい放題をしているのだろう。
そんな宝物ともいえるオアシスの一部が瓦礫に埋もれてしまっている。
マキリのその巨体が走ってきた勢いそのままに突っ込んだからだ。
「マキリ、次に同じことをする場合は事前に言ってちょうだい」
『かしこまりました。アリアンナ』
よろよろと立ち上がるアリアンナの不満をマキリは皮肉混じりに受け流した。
このロボットは随分といい性格をしている。
「ステンさま。重いです……」
姿の見えなかったアンジェリカの声は俺の体の下から聞こえた。
衝撃の弾みで押し倒す形になったらしい。俺の体重につぶされて動けなくなっている。
「あなた、そんな趣味があったの」
『まったく、人は見かけによりませんね。ステン』
頭の上から非難の言葉が降りてくる。
とんでもない。そんなことがあるはずがない。
「ステンさま。もう少し時間と場所を選んでいただきたいですわ」
顔の下のこの娘は何を言ってくれるのか。
三人の言葉を無視して立ち上がる。
体中にアンジェリカの香りがまとわりついているが、気にしない。気にしない。
「さぁ、行きましょう」
アクシデントなど何も無かった。そう主張するようにおおげさに銃を構えてみせた。
わざとらしすぎただろうか。いや、俺は仇討ちにきたのだ、おかしくなんてない。
『では降りましょうか。外には大勢集まってきていますよ。ステン』
「大勢……」
気勢を張った俺の心をマキリ言うの現実が折りかかる。
当然だ、百人からの隊商が全滅したのだった。たった四人で何をするというのか。
魔女に出会った幸運から現実を忘れていたのかもしれない。
しかし、当の魔女はそんなことは気にしたそぶりを見せない。
「わたしたちが片付けるから、あなたは後からのんびり来るといいわ」
「こちらでお茶でも飲んでいてくださりませ」
双子の言葉は嘲るわけではなく、それが当然と言わんばかりだった。
そして俺が何か言い返す前に──いつの間にか現れていた──階段を降り、外に出た。
そこからは先は一方的な殺戮ショーだった。
アリアンナが放つ散弾はあっという間に周囲に肉塊の花道を作った。
アンジェリカの構える狙撃銃はアンジェリカの撃ちもらしを確実に、一射一殺で仕留ていく。
はじめ少女を侮っていた荒くれどもは尋常でない二人の様子に散り散りに逃げ出し、隠れ反撃の機会をうかがっている。
しかし、そうした者をマキリ見逃さず、縦横に動いて炙り出していた。
美しいオアシスが血と死体で埋め尽くされるのにそう長い時間はかからなかった。
「出てきていいわよ、ステン」
あまりの出来事に呆気に取られていた俺はアリアンナの言葉で我に返る。
あらかた片付けた三人がオアシス唯一の建物の前で立ち止まっていた。
その体には傷の一つついていない。
ここに荒くれどもの首魁がいる。言葉には出さなかったが、そう伝わってきた。
急いでマキリ──の車両の方──を出て三人に追いつく。
「ここに……」
重厚な作りの扉に手をかける。
この扉の向こうに親の仇がいる。
拳銃を握る手に力が入る。
三人の視線を受けながら、重厚な作りの扉を開き中を伺おうと――
バンッ!!
一層大きい発砲音が響き、俺のからだの真んなかにアナ、アナナ穴がが……。
つづいてなんかイもおとがとんでき多。そへにあわセておらのからたがみぎへミギへとおどつてまわってとうトううこか無くなつてしまぃました。トさ。
「全く、ふざけたことしてくれやがって。おいお前ら――ん?」
のブといぉとこのこえがきこえる。首魁の声だろうか。
「お、おい!」
ざわつく声だ。
「どうなってんだ!!」「撃て! 撃て!」「てめぇ動くな! 動くなってんだ!」
恐怖の入り混じった声と発砲音。
それが死体となった俺に向けられる。
「え?」
起き上がった俺の後ろで、魔女の瞳が妖しく輝いていた。
◇
「ほら姉さま。わたくしの言ったとおりでしょう?」
アンジェリカの足元に人間の死体が転がっていた。
砂漠の熱で水分は失われており、干上がってしまっている。
「そうねアンジェリカ。よく見つけたわ」
一見して衝撃的なモノだが、アリアンナに動揺した様子はない。
『どうしますか、アリアンナ』
マキリがそのカメラアイをくるくると回す。
わかりきっている双子の言葉を待っている。
「勿論、いつも通りよ」
『かしこまりました』
そう答えたマキリの体から黒い霧のようなものが吹き出した。
それは足元に転がる死体に取り付き、体内へと入っていく。
霧の動きに合わせて死体が死体でなくなっていく。
干からびた体に水分が戻り、血液が循環する。
見開かれた眼孔に瞳の形が復元された。
三人は人間としての機能を取り戻したステンを拾い上げ、車両へと引き上げていった。
◇
「え?」
俺は自分の体に起こった異変がわからなかった。
確かに今死んだのだ。体中を撃たれた。
現にもともとボロだった服の至るところに穴が開いている。というより今も新しい穴が開き続けている。
「何をしているのステン。貴方の仇は目の前よ」
後ろから魔女の声が聞こえる。
そうだ。俺の仲間の、家族の仇がいる。
魔女の声に導かれるように銃を構えた。これまで持ったこともないような大口径の銃だ。
それを目前の男に向ける。
男は既に半狂乱を起こしており、空となった拳銃の引き金をなんどもなんども引いていた。
そして俺は引き金を引いた。
建物の中に既に動くものはいない。
俺と三人の魔女以外は。
「俺は、既に死んでいたんだな」
自分の言葉ながら、妙な言葉だった。
俺の体から黒い霧のようなものが漏れ出ている。
おそらくこれが俺を動かしていたのだろう。
「そうよ。気分はどう?」
気分? 不思議だ。不思議な気分ではあったが、俺の心は落ち着いていた。
死を受け入れたなどということではないが、そもそも不思議なことがありすぎたのだ。
「俺は……これからどうなる?」
「ステンさま。人は死ぬものですわ」
「そっか……そうだな」
アンジェリカの言葉が実感として理解できる。
自分の体であるにもかかわらず徐々に自由が効かなくなってきている。
多分、また動かなくなるのだろう。
「アリアンナ、アンジェリカ、マキリ。ありがとう」
本心からの言葉だ。
ただ死んでいるだけだったはずの俺が家族の仇を討てたのだ。
これほど幸福な死もないだろう。
「構わないわ。わたしたちが決めたことだから」
「そうですわ。わたくしたちのためでもありますから」
先程も聞いた言葉だ。
あの時はわからなかったが今であればわかる。
すでに恐怖は無い。ただ感謝の念があるだけだ。
ありがとう──後に残ったのはひとつの干からびた死体だった。