わたしたちは魔女だもの③
◇
俺はこの広い砂漠を旅する隊商の一人だった。
オアシスとオアシスを繋ぎ、様々な物資を手に入れては売る。
俺が生まれるずっと前から、俺の一族と仲間たちはそれを繰り返してきていた。
馴染みのオアシスを後にして次に向かう。
砂漠の移動は夜に行われる。無駄に体力を消耗しないための知恵の一つだ。
星明かりとコンパスがあれば迷うようなことはしない。代々使われてきた地図にも誤りはない。
砂嵐のような天災や砂漠に棲み人を襲う荒くれに遭うこともあった。しかしそういった困難にも負けたことは無かった。
もっとも、百人を数える大隊商を襲うようなものも少ない。
そのような油断が悪なのだと今となってはわかる。
その夜は、そういう日だった。
大規模な砂嵐に襲われた我々が、本来であればその場に留まりやり過ごすべきであるのを怠り、無理に進んでしまった。
しかし砂塵のために方角がわからず、本来のルートから外れて荒くれの根城に不用意に近づいてしまった。
すぐに逃げ出せば良いのに、愚かな事にそれを迎え撃ってしまった。
「その結果が、今の俺です」
独白を終えた俺は改めて二人の魔女を見る。
果たして気まぐれな魔女は俺を助けてくれるだろうか。
俺を拾ったくらいなのだからそれくらいはしてくれるだろう。というのは俺の思い上がりだろうか。
「俺は家族の仇を討ちたい。魔女様の力で、俺を助けてください」
俺の懇願をよそに二人は何も言わない。ただ目の前の紅茶を口に運ぶだけだ。
長い沈黙が流れる。
言葉が足りなかったのだろうか。もっと懇願すべきだろうか。
ひざまずき靴を舐めろと言われれば舐めるだろう。一生を奴隷として仕えろと捧げろと言われれば喜んでこの身を差し出すだろう。
もはやそれほどに覚悟が決まっているのに、目の前の魔女は何も言ってくれない。
「あの……」
「明日にしましょう。夜更かしはお肌に悪いの」
そう言ってアリアンナは席を立ってしまう。
次いでアンジェリカも広間を出てしまい、マキリにいたってはいつの間にか姿を消している。
一人残されてしまった。
やはり思い上がりだったのだろうか。俺には魔女の考えなどわかりようもない。
とにかく明日また懇願してみよう。
「父さん、母さん。待っていてくれ……」
部屋に戻りながら今は無き家族に誓う。魔女の心を動かしてみせる。
翌朝、広間に顔を出した俺を待ちかねたかのようにアリアンナが声をあげた。
「さぁステン、行くわよ」
行く? 行くとは何のコトだろうか。
突然のことに頭が働かない。
俺の顔を見ながら言っているのだから俺に向かっていっているのは違いないのだが……。
「姉さま、ステン様が困っていますわ」
姉の言葉足らずをアンジェリカが諌めた。
「ん、そうね。マキリ」
『アリアンナはあなたの手伝いをすると言っていますよ。ステン』
言葉の足りないアリアンナに代わってマキリが答える。
その声は部屋の四方から聞こえた。
「おぉ……ありがとうございます! 魔女様……」
なんということだ、俺の言葉はしっかりと魔女に届いていたのだ。
「構わないわ。わたしたちが決めたことだから」
「そうですわ。わたくしたちのためでもありますから」
アンジェリカの言葉には何か引っかかるものを感じた。しかしそんなことは些細なものだ。
両親の仇が討てる。仲間の無念を晴らしてやれる。
そう考えるだけで俺の心に多幸感が芽吹く。
気まぐれな魔女に感謝する。
しかしその一方で気がかりなこともあった。
「手伝ってもらえるのはありがたいのですが、情けない事に俺にはとうの場所がわかりません……」
『既に見つけてありますよ。ステン。』
俺の心配事は杞憂だったらしい。さすがは魔女というところか。
「何から何まで、なんと言えばいいのか……。それに、俺には何もお返しするものがありません」
「わたしは構わないと言ったわ」
「ありがとうございます……」
アリアンナがその顔を少ししかめさせる。
何度も同じことを言わせるなということだろうか。
しかし俺には感謝する以外に返せるものがないのだ。
アリアンナの隣でアンジェリカがクスクスと笑う。
俺とのやりとりが面白かったのだろうか。わからない。
「それで魔女様。いつ頃到着しますか?」
『もうまもなくですよ。ステン』
「あら、早いのね」
『この砂漠を真っ直ぐと進むだけですから』
「姉さま、ステンさま。支度をしましょう」
そう言ってアンジェリカが手渡してきたのは無骨で明確な殺意を感じさせる銃だった。
それも熊でも倒すつもりだと言わんばかりに大口径だ。
「あの……」
「いかがされました? あら、それよりこちらの方がお好みでしたか?」
アンジェリカが手に持ったライフル銃を構える。
重心の歪みなどを確認しているのだろうか。非常に手慣れており胴に入っている。
いや、そうではない。そうではないのだが……。
「まさか、銃を持ったことが無いなどと言うのではないでしょうね」
アリアンナは中折式ショットガンの動作を確認していた。
不備があってはよくないのだろう。
いや、そういうことを言いたいのではなく……。
『こちらを使われますか?ステン』
ロボットの姿になったマキリが取り出したのは信頼性が売りの自動小銃だった。
簡易で余裕のある構造は多少乱暴に扱っても不具合が起こらず、愛用者が多い。世界中で使われている名銃だ。
「いや、そうじゃなくて」
思いがけず出た言葉に三人の動きが止まる。
「どうされたのですか? お気に召されませんでしたか?」
「のんびりしていると到着してしまうわ」
『アリアンナの言うとおり、あまり時間はありませんよ。ステン』
三人の言葉には幾分か批難の色が混ざっている。
「その……魔女様も銃を使うのだなと思いまして」
俺の言葉にアリアンナは顔を背けアンジェリカは笑い、マキリ嘆息した──ようにみえる。
「まさか、わたしたちが魔法でも使うと思ったのかしら?」
そう言ったアリアンナの肩は小刻みに震えている。
おそらく笑っているのだろう。顔は見えないが声に嘲るような調子が含まれている。
「違うのですか? あなたがたは魔女だと……」
「それは皆さまがそう呼んでおられるだけですわ。わたしたちがそう名乗ったことはありません」
「マキリの魔女は不死だとも聞いたことがありますが……」
「人よりも少し長生きなだけよ。ほんの少しだけね」
おとぎ話の存在が、よくもほんの少しなどと言えたものだ――という言葉は、胸にしまいこんだ。
魔女とはきっと、そう言うものだろうと思うことにする。
「そうですか……」
『さぁ、もうまもなくですよ』