茶碗
スッと伸びたスタイルに、繊細な物腰。
白に赤みのさしたその面。
私はついに出会ってしまった!
「赤富士?」
「そう!見て~、この美しいフォルム。
はぁ~、これを見つけちゃったらもう他の茶碗なんて眼に入らなかったよー。最高じゃない?」
私はうっとりしながら買ったばかりの茶碗をたっぷりつけた洗剤でしっかり洗う。
「赤富士は縁起がいいって言うしね。」
瑠璃が去年作った梅酒をお湯割りにしながら、あまり興味無さそうに言うけど、私のテンションはそんなことじゃあ留まったりしない。
私はシュンシュンと100度に沸騰させた残りのお湯を、ばーっと泡まみれの富士山型茶碗に回しかける。
以前はちゃんと煮ていたが、最近はこの簡易薬落としが私の主流だ。
ホンの少しずつ水で熱を冷まし、綺麗にすすいで布巾で水気を拭うと、そっと茶碗をひっくり返す。
私が仕事の中抜け時間を潰して探し回った雑貨屋で見つけたこの茶碗は、なんとひっくり返すと富士山になるのだ!
「そうなの?まあ、確かにこの茶碗じたいクリティカルヒットで当たりだしね!見てこれ、富士山!
ああもう、これ考えた人、センス良すぎっ!」
「ふーん、まあ確かに面白いね。青があったら欲しかったかも。」
「でしょー!」
ひっくり返した富士山茶碗を瑠璃にぐいぐい見せたら、最初は興味無さそうだった瑠璃も納得したようだ。
よし、あと一押ししておこう。
「これちょっと括れてるからあんまり入らないかと思ったけど、薄いから意外と入るし、そもそもどうせおかわりするしねー。」
「ふーん。」
よし、『ダイエットの為じゃないよアピール』完了。これでいちいち突っかかって来ないだろう。....来ないと良いな。
しかし、この茶碗(本当は茶碗じゃなくて小鉢って書いてあったけど)は本当に買いだったわー。
これにご飯を入れると上げ底状態になるので、他人の目は勿論、自分でもいっぱい食べている気になる。
思ったよりは入るっていうのも本当だけど、2杯食べても前の茶碗の大盛り一杯くらいだ。すばらしい!
うーん、これは本当に私にとっての縁起物なのかもしれない。ハカイダーの母に壊されないようにお祈りしておこう。
食器棚に入れて柏手を打ち、どこで聞いたか忘れたけど柏手繋がりで、うっすら記憶にある呪文?を唱えておくことにした。
「マガレマガレマガレ。この手は我が手にあらず、ちはやぶる神の手なり。もろもろ禍事罪穢れ、この柏手をききてマガレ!調伏!!」
ん?調伏?
「ちょっと止めてよ!何の呪い!?」
瑠璃が嫌そうに睨んできた。
失礼な。呪いじゃないよ、たぶん!
その夜、私は布団に寝っころがってポテチをバリバリ噛み砕きつつ、手帳のウィークリーページに今日食べたものを書いていった。
朝....生姜紅茶
昼....ご飯を汁椀一杯、エビフライ1匹、コロッケ1個、酢の物少々、漬物少々、焼きビーフン少々、目玉焼き1個。
夕....ご飯を汁椀一杯、豚のしょうが焼き、漬物少々、マカロニサラダ少々。
夜....エビグラタン、ジャンボシュークリーム、ロールケーキ、プリン、ポテチ3袋、柿の種、フライドチキン、唐揚げ、オレンジジュース。
これをザックリとカロリーに換算すると、
朝....80
昼....800
夕....560
夜....4500
4500、だと....!?
たしかに、夜以外はそんなに食べ過ぎていないようだ。
でも、夜だけで成人女性の1日の摂取量を3倍以上とっている!?太って当たり前でしょこれ!
え、おかしいな。いつの間にこんなに食べるようになってたのかな??
以前カロリー計算をしていた時は1000いくかどうかだったはずなのに、いつの間にこんな....。
それに、こんなに食べてるのに、実は私には全く満足感が無い。
どうなってるんだ、私は!
どうなるんだ、私は....!
頭の中をぐるぐるさせながら、手元のポテチを見る。堅あげがお気に入りのポテチは残り4分の1になっていた。
今日はもう、カロリー計算に含んであるし、明日食べると明日のカロリーまで凄い数値になりそうだ。
私は不安に掻き立てられるように、ポテチの袋に口をつけ、ザラザラと口の中にポテチを流し込むとバリバリと咀嚼し飲み込んでいった。
ポテチを飲むように食べ尽くすと、もう何も考えたくなくて布団を被って、恐怖に震えながら眠りについた。
私はこんなになっても、夜の買い食いを止めたくないと思っていた。そんな自分が、何よりも恐ろしかった。