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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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作業着の更新とアイス

 八月に入り、夏の暑さも最高潮を迎えていた。

 私の体重はついに69キロを記録した。

 服は3Lが余裕で入るサイズになった。

 さすがに今まで着ていた会社の制服はガボガボにになったので、新しい制服を貰った。

 以前の制服は特注品だったので、与えられた二枚を刷りきれていてもヘビーローテーションして無理矢理着ていたのだが、今回は想定の範囲内のサイズらしく予備のものをサクッと貰えた。

 私は既製品が着れるって素晴らしい、と感動ひとしきりだった。

 今まで着ていた制服はもはやボロボロの上、着るサイズの人間がいないので処分していいと言われたので、「ありがとう」とお礼を言ってごみに出した。

 サイズの合った服を着た鏡の中の私は、何だかぐっと小さくなったように見えた。


 この頃には靴もボロボロになっていたので、合わせて注文した。

 実は足のサイズも小さくなったようで、今までは男物の26,5でなければ入らなかった靴が、25で十分になっていた。

 入る靴がなくて困っていた私は思わぬサイズダウンに喜び勇んで、休日に靴を買いに行ったりした。

 足がと言うかふくらはぎが小さくなってとにかく助かったのは、長靴が穿けるようになったと言う事だった。

 今までは長靴がふくらはぎに引っ掛かって履けず、普通の作業靴で厨房の床掃除をしていたので、私だけいつも靴がびしょびしょになっていた。

 お陰で乾かすのも一苦労だったのだが、長靴が履けると分かってからはもう靴が濡れる事もなく快適な掃除ができるようになった。

 長靴がこんなに便利な履き物だったとは……。開発した人は天才だ。




 制服に合わせて中に着ていた黒のTシャツや黒の作業ズボンも新調した。

 ご褒美で普段着の服は旅行前に新調したが、作業着は勿体無いので放置していたのだ。

 巨デブだった頃に比べて、ここまで痩せると男物であればそれらしい服は安くていくらでも手に入る。なんてお財布に優しいんだろう。


 ここまで痩せても体臭の強い私の臭いは変わらなかったが、服一枚辺りの値段が断然安いので、脇が汗でコーティングされたようになり臭いが取れなくなったら、パッと買い換える事ができるようになった。

 お陰で私の全体的な清潔感はぐっと上がったように見えた。





 食事は相変わらずバランスを考えて野菜中心でとるようにしている。

 すっかりなれて、常に常備菜が冷蔵庫にあるようになった。

 常備菜を作る腕前も大分上がった。

 と言っても、なにも料理本を片手に練習しまくったとかではない。

 お店で野菜を買うついでに『○○の素』を買い漁るのだ。

 何かしら野菜を入れればすぐできる、というやつだ。

 馴れてくるとそれを違う有り合わせの野菜で作るようになる。そうすれば種類は無限大だった。

 もちろん自分で一から作れるにこしたことは無いのだろうが、残念ながら私にはそこまでの気力が無かった。

 何よりも私に大切なのは料理の腕を上げることではなく、野菜生活を続けることだった。

 それでも少しずつは自力のメニューも増えてきて、常備菜も安定感が出ている。

 製作にかかる時間もずいぶんと減ってきた。

 馴れって大事だ。




 そんな順調な私だが、最近考えていることがある。

 それは「そろそろポテチを食べてみてもいいんじゃないか?」という事だ。

 今は栄養管理を始めた時ほど「今すぐポテチを食わなきゃ!」感は襲ってこなくなった。

 だから今なら少量のポテチをたまに楽しむ……という事ができるようになったなっているのではないかと思うのだ。

 依存性だったとは言え、あんなに大好きだったポテチだ。

 人生でもう二度と食べられないというのは悲しい。

 できればポテチとも上手に付き合っていきたいのだ。

 目標は「二ヶ月に一度で満足」だ。

 これは長谷川に最後にポテチを食べたのはいつかを聞いたときの答えが「二ヶ月くらい前かなぁ」と言っていたのから採用した。


 でもやはりポテチに手を出すのは不安だ。

 私の事だ。一度手を出したら最後、ポテチ解禁になってまた以前のポテチ地獄に陥るのではないか?

 可能性はかなり高いように思う。

 しかしこのままポテチを避けていて、うっかり何かの加減で、……例えばメニューの試作とか、例えばよそにお呼ばれしたときに出されたりして食べてしまったら、不意の事だけによりいっそう簡単にリバウンドまっしぐらになってしまうかもしれない。

 私はもうリバウンドしない、という安心を得るためにも、ポテチ試験はしておきたい気がする。

 ……しかし、もしかしたらそう考えている自分は単にまだポテチ依存性で、ポテチを食べる口実をひねり出しているだけなのかもしれない。


 考えはいつも堂々巡りだ。

 とりあえずまだ怖いので私のポテチを食べる日はもう少し先の事になりそうだ。






 いつも通り中抜けの時間にカフェ行った私を見たお兄さんは「いらっしゃいませー」と言ったあと、軽く目を瞬いた。

「あれ、なんか今日雰囲気違いますね」

「そうですか?」

「何だろう?……また少し痩せました?」

 ああ、そういえば作業服変えたんだっけ。

 来る前のランチタイムが忙しすぎて忘れていた。

「そうですか?最近忙しくてバタバタしてたからかな」

 私は無難に返しておく。

 しかし嬉しさで緩みそうになる頬を必死に抑えたせいできつい顔になってしまった。

 こういう時は素直に「嬉しい、ありがとう」と言えるのが可愛い反応なのかも知れないが、照れてしまって私にはなかなか難しい。

 修行が足りんな。



 しばらくしてお兄さんがいつものミルクティーを運んできた。

 一緒に小さな器に盛られたアイスクリームが置かれる。

「え?」

 私が思わず顔を上げると、お兄さんがおどけた顔で笑った。

「お疲れさまの佐川さんに」

 ええぇ?

「あ、ありがとうございます……」

 私はビックリして固まってしまった。

 しまった、気を使わせたか。

 私はこういうサプライズの優しさに弱いんだよー。


 ……ん?


「あれ、私の名前……?」

 何で知ってるんだろう?

「あ、やっぱり気が付いてなかったんすね~。

 俺この間佐川さんの働いてるお店に食べに行ったんですよ。

 その時、何度か店内ですれ違たんです」

「えっ、あっ、そうなんですか?

 ごめんなさい、私、全然気が付かなかった……」

「いえいえ、忙しそうだったから」

 お兄さんはニッコリと笑うと、「ごゆっくり」と言って戻っていった。

 私はお兄さんが置いていったアイスクリームをスプーンですくってそっと口に含んだ。

 するりと舌の上で溶けたそれは、暑く火照った体に心地よく染み渡っていった。







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