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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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京都でぶらり一人旅

 五月に入り、人々がゴールデンウィークだと浮かれる中、晴れ渡る空を横目にせっせせっせと働いた。

 そして人々が仕事に戻っていった五月後半、ようやっと私は二連休を作って一人旅に出かけることができた。


 さすがは京都だけあって、こんな何もないド平日でも観光客の足は絶えない。

 外国人や修学旅行生、年配の夫婦旅行者に加えて普通の観光客もけっこういるから不思議だ。

 お前ら仕事はどうした!

 ……って、私もか。

 しかしそうは言っても、さすがに休日ほどの人込みも無い。

 神社仏閣の拝観もあまり待たずにスルスル入れる。

 こういう時は、シフト休みで良かったなぁとつくづく思う。無駄な待ち時間が無いからたった二日でもたっぷり回れるのが嬉しい。

 ただし、シフト制の仕事で連休を取ると、その他の週の休みを持ってきたりするわけで、その他の週は死相を浮かべながら働く事になるのだが。



 一日目の予定は稲荷大社だ。

 有名な千本鳥居は不思議な空気を醸し出しており、心がときめく。

 鳥居群もそうだけど、アーチを潜るのって何でこんなにワクワクするんだろう?

 ここまで連なっていると壁でも良いようなもんだが、ただの壁が続いているのではこう胸は高鳴らないと思う。隙間が空いているのがポイントなのだろう。そういえば、公園の遊具の、骨組みだけのトンネルとかも心踊るもんね。

 こういうのって何で言うのかな?

 チラリズム?

 ……いや、何か違う気がする。


 アホな事をつらつらと考えながら奧に進むと、鳥居が左右に別れているところに出た。

 何故か人々はここで折り返して帰っていく。

 あれ?何で皆先に進まないのかな?

 あきたのかな。こんな幻想的なのに?

 なんて勿体ない。

 私は帰っていく人々を尻目に、意気揚々と左の道に踏み出した。



 はぁ……はぁ……はぁ……



 三十分後、私は黙々と山道を歩いていた。


 遠いな、おい!


 私は後悔していた。なんであのとき引き返さなかったのかと。

 確かに、せっかく来たのだから全てをこの目に焼き付けなければ、とは思った。

 楽しいかって言われると、実は意外と楽しい。

 しかし!

 運動不足の脚が、肺が、休息を求めている!



 はぁ……はぁ……はぁ……



 だいたい、今や走ろうとすると記憶に有るように脚が動かせず、その誤差で脚がもつれて転びかけるお年頃なのだ。

 たち仕事なので立つのは得意だが、歩くのは……辛い……



 朝の早いうちに来たのに、結局稲荷大社を出た頃にはお昼になっていた。私は近くの食事処で休憩しながら次のプランをたてる。

 私のプランはほぼノープランだ。

 一応、『一日目・稲荷大社。二日目・壬生寺』

 としているが、後の予定など何もなかった。

  ご飯休憩をしながら旅行雑誌を眺める。

 次はどこにいこうかなぁ。

 一応ノープランながらも行きたい候補はいくつかある。

 行った事あるけどまた行きたい所か、行った事ない所か。

 行った事ないところがいいけど、そうなると鞍馬寺なんだよねー。

 遠いよねー。

 でも……。

 せっかく来たのだ。いっちゃおっかな。

 うん、よし。行こう!



 私は昼食をささっと食べると元気が湧いてきて、また意気揚々と出掛けていった。




 はぁ……はぁ……はぁ……

 ひぃ……ひぃ……ひぃ……



 私は再び山の中にいた。

 私は気付くべきだったのだ。地図にある鞍馬寺が山の中に有ることに。

 というか、途中ロープウェイが有ったんだから使えば良かったのに、またも『せっかく来たのだから鞍馬寺の全てをこの目に焼き付けなければ』などとアホな事を考えたせいで、すっかり山登りに。



 はぁ……はぁ……はぁ……

 ひぃ……ひぃ……ひぃ……




 てか、高いな!

 もはや喉はカラカラ、肺は破れんばかりに痛い。

 水……、水をくれ……!

 しかしここまで来て止める訳にもいかず、生まれたての小鹿のように震える足を叱咤しつつ一歩一歩登り続ける。

 ようやく上の方まで来ると、お茶屋が見えた。

 あと少しだが、我慢できずに私はお茶屋に転がり込む。


 気力で窓際に行くと、出てきたお水をイッキ飲みした。


 っっっはーーーーーーーぁ!生き返るぅーーーーーっ!!


 はあはあときれる息を整えながらメニューを見ると、『冷やしあめ』なる文言が目についた。

 これ、聞いたことある。

 関西では一般的な飲み物だとテレビでいっていた。

 何か甘ったるそうで、このクソ暑くて喉からからの状態では、あんまり飲みたくないイメージだなぁ。

 などと思いながら、しかしまる子との『新商品仲間』としては変わったものは飲んでみたい気もする。

 これは別に新商品ではないけど、ご当地変わりだねは話題作りになるだろう。

 私は思いきって『冷やしあめ』を注文した。

 ほどなくして出てきた冷やしあめはうっすら黄金色の飲み物だった。

 よく冷えているようで、グラスが汗をかいている。

 私はストローに口をつけると一口すすった。


 えっ!なにこれ!


 冷やしあめは、『あめ』という言葉から受ける予想に反してスッキリとした飲み心地だった。生姜の風味が効いている。

 甘味はしっかりあるが甘ったるくはなく、疲れた体に元気が湧いてくるのが分かる。

 いつしか上がっていた息もすっかり落ち着いていた。


 これはまる子に教えてあげなければ、だわ。


 私は土産話を1つ心の中で追加すると、元気になった足取りで鞍馬寺詣でを完遂した。





 はぁ……はぁ……はぁ……

 ひぃ……ひぃ……ひぃ……

 ふぅ……ふぅ……ふぅ……




 私はまたも山の中を歩いていた。

 なぜこうなったのか。

 ただ私は鞍馬寺から貴船神社まで歩いていけるなら、それも良いかな、と思っただけなのだ。

 できれば鞍馬寺から貴船神社までの道のりをこの目に焼き付けたいと思っただけだ。

 それがまさか、こんな心臓やぶりの登山になるなんて。

 そもそも今回は完全に油断したのだ。

 高齢の女性群が「ほほほ」と元気に笑いながら道を進んで行ったので、意外と近いのだと錯覚した。

 私の大分前を意気揚々と進んでいた彼女たちは、今や私の少し後ろを歩いている。

 しかし口だけはやたらと元気なようで、「いやーっ、思ったより大変な道だわぁ」などと言い合っては笑っている。

 元気なのもあるけど、喋らないとやってられないのかもしれない。

 しかし、よく見ると変な団体だ。

 七十才くらいから二十代くらいの人も実は混ざっていた。

 何の団体だろう。話を聞く限り娘という雰囲気でもないけど。

 そんな事をぼんやりと考えながら歩いていると、少し開けたところに出た。

 これはあれだ。

 有名なナントカって人がここを通ったとか言うアレだ。

 うん。全く覚えてないや。

 せっかく来たのに勿体ないけど、私はそれどころじゃなかった。

 途中で買って鞄に忍ばせたペットボトルを取りだし、口に含む。

 っぷはぁッ!はぁっ、はぁっ……

 息を整えながら、今どのくらいだろうかと思う。

 するといつの間にか横に来ていた先程の団体の一人と目が合う。

「こんにちは」

「こんにちはぁ。お一人?」

 私が癖で営業スマイルをすると、上品な雰囲気の六十代くらいの女性が話しかけてきた。

「私たちは会社の友達で旅行なのよ」

「へぇ、いいですねぇ」

 なるほど、だからの年の差か。

 するとよこから五十代くらいの女性が元気に会話に入ってきた。

「いやあ、まさかまさか、こんなに大変な道だなんて思わなかったから、参ったわぁー」

「ほんと、ほんと!」

 回りの人たちもきゃあきゃあと笑い合う。

 そのまま少しの間女子トークに花を咲かせていたが、他の登山客(?)が通りすぎていくのを見ると、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 どっこいしょ、と私が立ち上がり、「それじゃ」と言って先に行こうとすると、休んでいた女性軍団も一緒に腰をあげた。

 結局貴船神社までの道を私は彼女らときゃぴきゃぴと話ながら進むことになった。

 苦楽を共にしているからか、コミュニケーションが苦手な私もいつのまにかな和やかに話に混ざっていて、無事貴船神社にたどり着いた時には皆で軽く万歳をして喜びあった。


 貴船神社をお参りしてふと見ると、実はまだ上の方に社殿があると看板が出ていた。

 上のほう……

 ここまで来たら、見に行くべき?

 しかし辺りはすでに、少し日が傾き始めている。

 私はその看板を見なかった事にして山を降りた。





 宿に選んだのは宿坊だった。

 とにかく安い部屋をとお願いしたら、なんとお堂のすぐ横の部屋があてがわれた。

 お堂と私の部屋の間に仕切りなどはなく、部屋を出ると真っ暗でだだっ広いお堂の奧に大きな仏像の輪郭が見えた。

「トイレはお堂をぐるッと回り込んで、丁度仏像の裏の辺りです」と言われたので、絶対に夜中にトイレに行かないように水分を控えることを決意した。



 広々とした桧のお風呂にゆったりと浸かり、疲れをとって部屋に戻ると、あとは泥のように眠った。






 次の日は前日の疲れはどこへやら、爽やかに目が覚めた。

 私は予定通り壬生寺と新撰組縁の場所を観光して回った。

 私は新撰組に関しては、にわかと言うのもおこがましい程全く詳しくはない。漫画を読んで、その漫画の影響で何冊か本を読んだくらいだ。

 しかし!妄想力なら誰にも負けはしない!

 私の目には他の人には見えない土方さんや沖田さんが駆け回っているのが見えていた。

 ああ、なんて安上がりで有意義なんだろう。

 私は心の中で第三の目をうっとりと細めるのだった。





 こうして私のご褒美旅行は大満足で幕を閉じた。

 途中でけっこう食べていたので、体重が増えたんじゃないかと言う心配は杞憂に終わった。

 むしろ少し減っていた。

 そういえばやたらと山を歩いたもんなぁ。

 途中、何のブートキャンプに紛れ込んだかと思ったわ。

 ああ、でも本当に楽しかった。

 お風呂も普通に共同浴場に入れたし。ちょっと恥ずかしかったけど。

 太ってからはすっかり引っ込み思案になっていたけど、また旅行に行こうと思えるようになった。

 私は痩せたことによって、目の前に『できること』が広がったのを感じた。

 



 次の日、朝起きるとやたらと身体中がきしんだ。

 え?なにこれ?

 も、もしかして……、筋肉痛!?

 え、でも昨日は平気だったのに?


 私は軋む体に鞭打って階下に降りると、母さんに湿布を貼ってもらった。

 母さんは笑いながら

「年とると、だんだん筋肉痛が襲ってくるのがおそくなるのよねー」

 と言った。


 私は朝から胸に筋肉痛以外の衝撃をうけた。

 悲しかったので職場でネタにして元をとることにした。

 冥王は会って早々「連休貰ったんだから、当然皆に『迷惑かけました』って言ってお土産配って廻るべきでしょ!」と怪光線を出しながら説教を開始したが、私がロボットのような動きで筋肉痛ネタを披露すると、笑って森へ去っていった。

 まる子にはお土産で冷やしあめをあげた。

 二人で冷やして休憩時間に飲んでみると、美味しいは美味しかったが、あのときの様な神がかった味には感じなかった。

 おそらくあれは足で登った者のみが味わえる味なのだろう。でも喜んでくれたので良しとする。





 次のご褒美旅行は誰かを誘っていくのも良いかな。

 コミュニケーションを心配していたけど、知らない人達ともあんなに楽しく話せたのだ。

 きっと知り合いと行けばもっと楽しい旅行ができるだろう。


 そう思うと わくわくとして、また頑張ろうと思えるのだった。




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