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私の羽化する日  作者: 月影 咲良
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栄養指導

 カロリー制限を始めて4ヶ月がたった。


 ここまで順調に減っていた体重は先月の109キロから変わっていない。

 これまでの勢いはどこへやら、私はダイエット方法について少し悩んでいた。


 このまま行ってもいいものだろうか。


 べつにこれは停滞期というわけではない。

 最近やはりと言うか戻ってきた店長に仕事を振られまくって、更に自分時間が無くなっている。

 長谷川も独身者であるにもかかわらず私にばかり仕事を振ってくるのは、店長より長谷川の方が口が立つせいで下手な事を言うとやり負かされるからの様だ。いい迷惑だ。

 おかげで運動する気力を失い、ここ一月位はすっかり散歩もダンスもご無沙汰だ。

 やらなければという気持ちと、やりたくないという気持ちがせめぎ合い、うだうだと悩むばかり。

 サクッとやってしまえば良いようなものだが、だだっ子のようにどうしてもやりたくないと思ってしまって、そう思ってしまうともう一ミリも動けない。

 そのくせ恐怖感だけはしっかり私を苦しめる。


 運動をやめてると体重がまた戻ってしまうんじゃないか?

 いや、そもそもやめたら戻ってしまうようなもの、やはりダイエットとしては失策なのではないか?

 ならば運動を辞めてカロリーをもっと減らすべきか?

 そもそもバイブルは運動ではなく、基礎代謝ギリギリまで摂取カロリーを押さえるようにと言っている。

 1200キロカロリーまで押さえるようにする?

 しかし、1200は....

 未だ2500にするのがやっとの日々だ。

 それでも今のところは増えていないし、このままでもいずれ少しずつは減っていくような気もする。

 しかし、たまにコンビニで買い食いをして、ガッ!といきそうにもなる。

 というか、いきたい。すごくガツガツしたい。


 ああ、なんて悩ましい。





 今年は梅雨もさっさと明けて、七月も半ばの今朝も朝から寝苦しさに目が覚めた。

 時計を見れば八時を指しており、気温はぐんぐん上がっていることを肌で感じる。

 私は首に張り付く髪をかき上げて太めの黒いゴムでぎゅっとまとめる。

 ああ、今日も暑い一日になりそうだ。



 階下に降りる母がのんびりとテレビを見ていた。

「母さん、今日はお休みなの?」

 私が声をかけると、「会社の休み!」と元気な声が返ってくる。

 ふうん、と言いつつ冷蔵庫から冷え冷えの麦茶を取りだすと、グラスに注ぐ。ぐっとあおると冷房のせいでカサカサに乾いていた喉をひんやりと潤してくれる。

 はあ、と息をついて ふとテーブルを見ると、またも山のような天ぷらが鎮座していた。

「......母さん、朝から天ぷら作ったの?」

 私が頬をひきつらせながら聞くと、母さんは自慢気な顔で肯定した。

「おう!お母さんもやるときはやるのよっ」

「....そう。すごいな」

 母のあまりにも誇らしげな様子に、とてもじゃないが文句など言えなくなる。

 褒めて褒めてと訴えるオーラに負けて、私は何とか笑顔をひねくり出した。

 カロリー制限を始めてから何だかんだと食べるのを誤魔化していたが、期待たっぷりに見つめられるとどうにも逃げようがない。

 仕方なくいくつか皿にとりわけ、食べる。

 うまい。

「あー、うまいわー」

「でしょう!」

 うん、うまい。庭で採れたのかな?

 茄子の天ぷらは最高だ。

 夏は野菜の宝庫だよね。

 ああ、うまいなぁ。


 モリモリモリモリと食べ、そのうち小皿に取り分けるのも忘れ、いつしか私は久々にカロリー上限を軽く突破していた。


 しまったな、こんだけ食べるとまた食欲に火がついてしまいそうな気がする。

 何度か乗り越えた事があるとはいえ、私の事だ。心配だ。

 というか、今もうすでに「もっと食べたい病」が発生している。

 何とかしなければ。

 何とかしなければ。

 何とか......



「そういえば胡桃、アンタそろそろ病院に行かなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

 私が悶々としていると、母がテレビから顔を離してこちらを見て言った。

「病院?」

 何かあったっけ?

「ほら、去年子宮筋腫?で病院かかったとき、来年また診させてくれって言われてたでしょう。

 アンタが絶対忘れるって言うから、お母さんカレンダーに書いといたのよ」

「あー、あったねぇ。婦人科ねー」

 そうだった。すっかり忘れていた。

 一年後との定期検診を受けるように言われたんだった。

 というか、わざと忘れていた部分もあったり....

 だって行きたくないんだもん。


 婦人科の検診は恥ずかしくてたまらない。

 何度かやるうちに段々どうでもよくなってくるとはいえ、できればかかりたくないと思ってしまうのは無理はないと思う。

 あれねー、大腸検査みたいに紙パンツとか履かしてくれないかなぁ。必要なところだけ開けとけばいいと思うんだけどなぁ。

 なんてブツブツ言っていると、母のお叱りが飛んできた。

「ちゃんと行きなさいよ!なんなら母さんが付いていってあげようか?」


 ごめんなさい。今日行ってきます。

 私が丁重に同行をお断りすると、母はちょっとつまらなそうにしたあと、この炎天下の中を庭の草むしりに出ていった。

 あの世代の人ってなんであんなに元気なんだろう....

 私はさっきとは逆に、水分をこまめにとって、1

 1時から3時は家で休むことを強く言い聞かせる。


「ちゃんと熱中症に気を付けてよ!?」

 私が口を酸っぱくして言うと、ハイハイとおざなりな返事が返ってきた。

 まったくもう。大丈夫かな、ホントに。




 電話をして予約を取ろうとすると、担当医の指示でついでに検査を諸々受けることになった。

 当日は絶食が望ましいとのことで、私はその一週間後にある休みを指定した。





「佐川さーん、どうぞー」


 一週間後、腹をくくって病院に行き、中待ち合いで待っていると、先生から声がかかった。

 私は中に入るとサクッと問診をしてサクッと診察をしてもらった。

 婦人科で男性医師に診てもらうのって初めは何か嫌だと思ってしまうけど、この年まで、やれ膝が痛い腰が痛い、腹が痛い頭が痛い目がおかしいとあちこちの医者にかかった結果、今は性別よりも年齢よりも腕だと納得してしまった。

 羞恥心じゃあ病気は治せないのだから。


 だいたい先生だって恥じらわれたら困るだろう。忙しいだろうし。

 どうせアレだ。先生にしてみれば獣医さんが家畜の直腸検査をするのと同じだ、きっと。



 婦人科の診察は特に問題なく終わったが、脂肪肝の件で内科に回された。

 尿や血液検査、腹部のエコーを受けた後診察室に行く。

「やっぱり脂肪肝だねぇ。

 それからちょっと尿に糖が交ざってるね」

 通された診察室で先生の口から、衝撃の内容が飛び出した。

 え、私大分痩せたのに、糖尿の気があるの?!


 ショックを受けながら、私は最近のダイエットについて少し話した。

 カロリー制限を我流でしてみていること。

 運動ができなくてちょっと心配になってきたこと。

 時々無性に食べたくなって、たまに食べまくってしまった後などは特に不安なこと。

 先生が優しくウンウンと聞いてくれるから、ついつい色々としゃべってしまう。

 すると先生は「頑張ってるね」と優しくねぎらってくれた後、私に向かって提案した。

「ねえ、佐川さん。

 栄養指導を受けてみない?

 佐川さんも、このまま帰っても不安でしょう。

 せっかく頑張っているんだから、正しく習って体に良いように減量してほしいな」


 なんということだろう。

 先生が仏に見えた。

 私が「お願いします」と言うと、先生はすぐに予約を取ると言ってくれた。

 本来なら食べたものを三日分は書いてこなければならないらしく当日は厳しいのだが、私が食事記録をつけていることと、仕事の都合がつきにくい事を理由にすぐに受けさせてもらえた。



 栄養指導室は病棟の奥の方にあった。

 じめっとした雰囲気で、窓があるのにやたら暗くかんじる。

 何だか空気も淀んでいて、じっとりと暑い。

 栄養指導の担当は若い女の人で、無邪気な顔で私の渡した食事記録を見る。

「お菓子が多いですねー」

「そうですね。我慢するようにはしているんですが...

 時々ガバッと買い込んじゃって」

「ふんふん、なるほどー」

 栄養士さんはメモを見ながら、いくつか質問をしてきた。

 そうして私のだいたいの食生活を聞いた後、食べる物の指導に移った。

「ご飯少ないですねー。

 わざと減らしてます?」

「はい、すぐお代わりして食べ過ぎちゃうので」

「なるほどー。でもあなたの場合は200グラム。これだけ一食にとってほしいんです」

 栄養士さんは私にご飯のレプリカののった茶碗を示して言った。

「食べる量が少ないから満腹を感じられなくて、ご飯の後食べちゃうんじゃないですか?」

 そう....かなぁ。

 いやでも、普通のご飯茶碗で三杯食べた後でもまだ掻き込みたい感に襲われるけどなぁ。

 私が渋っていると、栄養士さんはA4用紙に栄養別に食べ物の絵が描かれた『食品グループ』表を私に見せて、さらに言いつのった。

「この表にあるものをしっかり取らないと、代謝が下がってしまうんです。

 だから、まずはこの表にあるものをしっかり食べましょうね」


 あー、栄養バランスかぁ。

 でもウチ、瑠璃がドカンと一品料理派だからなぁ。

 チマチマ副菜を準備するなんて、ヘドが出る!と言いきっているし、母もそんな瑠璃に言いくるめられてるから、品数を増やすのは難しいだろうなぁ。

 でも家庭の問題を言ってもなぁ。

 でもなぁ。


「見たところフルーツは食べてないみたいですね。

 嫌いですか?」

「あ、いえ。

 妹が嫌いなので買ってくると文句を言うんですよ」

 あ、言っちゃった。

「ええ、そうなんですか!

 でも、食べた方が良いので、一日にこの表に載ってる、この150gだけでいいので食べるようにしてくださいね」

「はぁ....」

 瑠璃を何とかごまかさなきゃなぁ。はぁ。


「それから、乳製品。これも取っていないですね。

 これも200ccはとってください」

「はい....」

 あー、乳製品は日本人の体には合わないから食べるのはバカだって散々瑠璃が言ってたから、買ってないんだよねー。

 まあ、散々乳製品健康説をバカにしておきながら、ヨーグルトは好きらしくてバカバカ買って食べてるみたいだけど。いはく、食べたいから食べるのはOKらしい。なんじゃそら。



 私は食品グループ表を眺めながら、瑠璃のバーカバーカ!と心中で毒づいた。

 しかし、途中でふとあることに気がついた。

 この食品グループ表、80キロカロリー単位で書いてある!


 いろんな本を読んで計算しやすいからと選んだ80キロカロリー一単位計算だが、公式採用だったのか。



「タンパク質はこの中から五個選んで食べてくださいね」

 栄養士さんはそう言うと、私の目の前に模型を五個置いた。

 それぞれ、卵・豆腐・納豆・肉・魚だ。

「代謝を上げるためにはバランスよく食べてください」

 ふむふむ、なるほど。

 つまりはバランスよく色々と食べないと、代謝は上がらない、という事か。




「糖尿病になったら目が見えなくなったりと色々大変です。

 佐川さんはまだ数値もそんなに高くないし、頑張れば体重も落とせますよ!

 まずは食べてるおやつを少しだけ減らす事から始めましょう。

 次は二ヶ月後に予約を取っておきますので、それまでには一キロは落としてきてくださいね」

 運動や野菜の摂取量等の指導も受けた後、栄養士さんはニッコリと笑って言った。

「なかなか、一人じゃ続けられないかもしれないですが、佐川さんのことは、これから私がしっかり見てますからね!」

「は....はい」


 栄養士さんは最後の別れ際まで「見てますよ!」を繰り返した。

 怖い。

 そして、一目があるとチキンの私はサボれない!


私は半信半疑ながらも、栄養士さんの言いつけ通りの食生活をすることを決意した。





 家に帰ったら瑠璃と母がテレビを見ながら煎餅をボリボリ食べていた。

 うーん、何て言うかなぁ。


「おかえりー。どうだった?病院」

 母に聞かれ、瑠璃もさして興味ない様子で私を見た。


「私、糖尿病になりかけだって言われた」

 私は意を決してそう告げた。

 母と瑠璃は酷くビックリしたようだ。

「ええ!?」と声をあげる。

「今ならまだ戻れるみたいだから、栄養指導受けてきた。これからはその通りになるように管理するから、お母さんのご飯はあんまり食べられないから」「そう....仕方ないね」

 私が宣言すると、母は少しガッカリしたように言った。

 ゴメンね、母さん。

 普段は医者の言うことにすら「あいつらは何にも分かっちゃいない」と上から目線で文句をたれている瑠璃も、何かしら糖尿の危険についてウンチクを言った以外は何も言っては来なかった。

 はれて私は自分の食べるものを全て、自分で管理する権利を手に入れたのだった。




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