隠れ家とご褒美
カロリー制限をしてから2ヶ月がたった。
スゴいことになっている。
記録!
115キロ!!
ははははは。もう可笑しくて仕方がない。
私はキチンと減り始めるとがぜんやる気になった。
以前は「もう少し痩せたら、ちょっと食べちゃおっかな」なんて思っていたけど、こうも素直に結果が出ると「今日もう少し頑張ったら、明日の朝にはまた減っちゃってるかも?!ぐふふ」となるので、食べたい気持ちがない訳ではないが、今のところ2000カロリーに収まっている。
もうひとつ変わったのは、会社でお菓子を貰っても、食べなくもなった事だろうか。
何だかだんだん、いかに周りに気づかれずに痩せるかに懲り始めたのだ。
痩せたとバレたらきっと妨害されるという持論のもと今まではその場で食べていたが、今は「ありがとぉ~~!帰ってから食べるわーーっ!」と言って持って帰って母にあげることにした。
欲しくもないお菓子のせいで、せっかくのダイエットウェーブを逃すなんて、とんでもない。
今まさに私はダイエットというゲームを楽しんでいた。
五月になって気候がおでかけ向きになった。
私はここ最近の休日はできるだけお散歩に費やしている。
正直面倒くさいと思わないでもないが、明日の体重計の針を動かすためにはじっとしてなんていられない。
それに、体重が減りはじめてから恐ろしい事に気がついた。
私の体のあちこちに皮膚のひび割れの様なものが見受けられるのだ。
これ、母さんのお腹にあるやつに似ている....。
子供を生むときに皮膚が急激に延びたから、ヒビが入ったのだと言っていた。
そして生んでから27年たってもそのヒビは消えていない。
私はゾッとした。
身体中にできたこのヒビは、痩せても消えないのじゃないかと。
そこでバイブルのとにかく巨デブだった人のものを読み返してみた。
すると、有ることに気がついたのだ。
運動して痩せた人には、急激に痩せたときにできる皮膚のたるみが見られないのだ。
確かに痩せるのは大事だ。
運動は瑠璃の言う、続けられないダイエットかもしれない。
でも、できれば綺麗に痩せたい。
私の目標はあの夏の日の白いスカートの女性だ。
彼女の二の腕は余った皮でたるんでなんかいなかった。
そこで、とにかく80キロくらいまで痩せるのを目安にウォーキングを開始することにした。
と言っても所詮は100キロ越え。
激しくはできないし、あまり歩くと足の付け根や腰が神経を圧迫するようで電気が走ったように激しく痛む。
あくまで補助程度の楽しめるウォーキングを目指している。つまりは、今までと変わらないって事だ。
いいんだ。人間そう簡単に変われる訳じゃない。
こうなったらいあなぁ、という緩い目標を立てて、そこに向かって調整していけば良いんだから。
意識しないでやるより、した法がいいに決まってるんだから。
てくてくと新緑の下を歩いて、古民家の内の一軒に入る。
「いらっしゃいませぇ」
出迎えてくれたのは60は過ぎているであろう男性だ。
「二階にどうぞ」
そう言われて馴れた調子で靴を脱いで階段を昇る。
ここは古民家を改装したカフェだ。
おそらく定年退職したのであろう夫婦が経営している。
近年雑誌に取り上げられていた「隠れ家のようなカフェ」そのもので、思いっきり古い住宅街のど真ん中にある。
外観も溶け込みすぎていて、パッと見た感じではここがカフェだなんて気がつかない。
金属の一枚板をくり貫いたお洒落な看板は、お宅のしっとりとした中庭の雰囲気になじんで、それが看板だとは気づかせないさりげなさだ。
しかし入ってみると中はモダンな作りになっている。
窓からは手入れされたご主人自慢の庭を眺め、そこから吹く爽やかな風に癒される。
濃いコーヒーが店主である旦那さんの自慢の逸品だか、私はコーヒーは苦手なのでやはり紅茶を注文してしまう。
紅茶は奥さんが作っているらしく、これがとにかく濃い。紅茶まで濃くする事ないのに とは思うが、これがミルクをたっぷり入れると、イギリスの硬水で淹れた紅茶を連想させてちょっと楽しい。
地下熱を取り入れているという店内は、いつでもちょっと涼しいので、ウォーキングあとの体には丁度良い。
板間にちょこんと置かれた古い机の席に腰を下ろして窓の外を眺めながら、私はここのお店を発見した事をあらためて幸運に思う。
それは2週間くらい前の事だ。
いつものように車を運転するのではなく、たまには近所を散策してみようと思い立った。
最終目標を少し離れたらコンビニに設定して、お気に入りの日傘をさして意気揚々と出発した。
その日は五月にしては気温が高く、しばらく歩いた私は直ぐにうんざりした。
たかがコンビニまでと思っていたが、歩いてみると思った以上に距離があり、なかなかたどり着かない。
それでもまだ見慣れない景色などを発見するのは楽しかったので、思ったより時間はかかったものの何とかコンビニにはたどり着いた。
しかし、そこでペットボトルのお茶を買い、帰り道を歩き始めると、私のイヤイヤは頂点に達した。
今すぐタクシーを呼んで家に帰りたい。
足が重だるい。
歩いても歩いても景色は進まない。
体からむわっと熱が上がってくる。
せめてどこかに座れないだろうか。
私は鉛のように感じる体をだらんだらんと動かしながら、腰を下ろす場所を探して辺りを見回した。
そして、その看板の文字を見つけたのだ。
『トマリギ』
その看板の文字を見たとき、以前長谷川が行ってみたいと言っていたカフェがそういう名前だった事をふと思い出した。
私の家の近くなので聞かれたのだ。
しかし、長谷川は一度近くに来たとき探したけれど見付けられなかったと言っており、私もそんなお店無いけどなぁとその時は答えた。
雑誌に乗っている地図はザックリしており、道が違う可能性があった。
その時はネット上にも載っていなかったので、その話はそれでおしまいになったのだ。
こんな所にあったんだ....!
たしか行きでも見たはずだが、全く気がつかなかった。
お店やる気が有るのかと問いたくなるほどの民家っぷりだ。
私は恐る恐る中庭に入っていった。
実は本当にただの民家で、不法侵入として怒られるんじゃないかとビクビクしていたが、店舗として使っている建物の入り口前に立つと、なるほどお洒落なカフェであった。
あれ以来私は近所のウォーキングをした際は必ず寄るようになった。
何度か来て気がついたのだが、意外とお客さんが来ている。
個人経営らしく友人知人が多い様だが、一般の人もけっこう入っており、休日やお昼などは満席になっていることもあった。
今日も数組はいるものの、みんないちように寛いでおり穏やかな雰囲気が流れている。
私は外の景色を堪能したあと手帳を取り出すと、恒例の一人会議に移った。
今日の議題はモチベーションアップ再び、だ。
今のところ順調にいっているとは言え、いつまた暴走するか分からないのが私の恐いところだ。
セーブ機能はたくさんあるに越したことはあるまい。
今回は『ごほうび』について考えてみようと思う。
よく、ご褒美を決めて頑張るとある。
なので私もご褒美を設定してみようと思う。
しかし、ここで安易にご褒美を決めるのは宜しくない。
まずは、何故ご褒美を決めるのが有効なのか、ということを考えてみたいと思う。
なぜなら、ただご褒美を決めたくらいじゃ頑張れなかったという苦い経験が有るからだ。
意識確認は大事だ。
なぜ、ご褒美を設定するとうまくいくのか。
....目の前にエサがぶら下がっているから?
ですよねー。
でも待って。この間買ったバイブルの作者は、「ご褒美が食べ物(痩せたらケーキバイキングに行くとか)では痩せない。自分が素敵になる為のものでなくては」と言っていた。
意識の問題?
うーん。
うーーーーーーーん。
そうだ、試しに書いてみるか。
私は鞄をまさぐるとルーズリーフの束を取り出した。
良かった、鞄にルーズリーフ入れといて。
でもこれだいぶ嵩ばるんだけどね。
おかげでまた鞄が一段と重たくなってしまった。
でもこういう時に無いと不便だもんね。
仕方がないのかなぁ。
他の人はどうしてるのかなぁ。
今度本屋で調べてみるかぁー。
ルーズリーフをイチマイ取り、左から体重、ご褒美と欄を作っていく。
今が115キロだから、五キロごと として110、105、100、……と。
そうだな、まず110キロのご褒美はぁ。
.....。
何だろう?
110って私的には凄く痩せたんだろうけど、外見がスーパー巨デブのままだから、110キロになったからってお洒落する服もまだ着れないし、旅行とかは恥ずかしいし、化粧とかしたらオカメになっちゃう。
えー、いきなり難題だなぁ。
できればお洒落系がいいとは思うんだけどねー。
お洒落....。サイズ関係なくお洒落....。
あっ!
私は110キロの横にペンを走らせる。
『揺れるピアスを買う』
うん、いい。
憧れを叶えて、やる気も上がる。
そしてさりげない。たぶん。
よーし、この調子でドンドン書くぞー!
110 揺れるピアス (揺れるのが可愛いらしい)
105 新しいズボン (またずれが激しいから)
100 新しい下着 (合ってなくて痛い)
95 髪を切りに行く (椅子が壊れて行けない)
90 脇脱毛 (痩せきった時威力発揮)
85 新しい服を買う (そろそろ選べる?)
80 旅行に行く (まだ温泉はNG)
75 水着を買う (運動の種類UP)
70 前の店舗の人に会いに行く(自慢!)
65 温泉旅行に行く (大型銭湯とかで安く旅行)
60 ダイビングに行く(一度行ってみたかった)
55 タイトな服を買う(痩せなきゃできない!)
50 憧れの白いスカートを履いてカフェへ!
こんな感じかな?
やだ、考えている間にドンドンテンション上がる!
今まで太っていてできなかったことができるようになっていくんだから、それは嬉しいだろう。
そして、書いていく過程わたしは気がついた。
『自分にご褒美』は、『小さな目標』だ。
いきなり120キロの私か50キロになるぞ!と言ったところで、道のりが遠すぎてへたる率が高い。
だから間に『ご褒美』という名の通過点をいくつか儲けるのだ。
あと五キロ、あと五キロと思いながら、痩せていくということなのだろう。
なるほど、納得だ。
私はルーズリーフのご褒美を手帳に書き移した。
よし、ちょくちょく見るようにしよう。
この調子なら最初のご褒美もすぐだなぁ。
楽しみだ。
私は意気揚々と、すっかり元気になった足を動かして家路についた。